【ショートショート】治安
「父さん、母さん、ごめんよ。僕が出かけたいと言ったばかりに・・・・・・」
少年は申し訳なさそうに声を震わせた。
「いいんだ、気にするな。お前は悪くない」
側にいる父親は息子を励まし、隣にいる母親も大きくうなずく。
少年家族は悪い奴らに捕まってしまった。
治安が良くない地域に生まれた少年は、今まで出かけることもなく、ひっそりと身を潜めて過ごしてきた。付き合いも最小限、小さな世界で生きてきた。
しかし、誕生日を控えた少年はどうしても家族で出かけてみたいと思った。つい最近、少年は隣に住む友達から初めて家族と出かけて楽しかったと聞き、うらやましかったのだ。
父さんと母さんになんて言えばいいだろう・・・・・・
少年は何日かそんなことを思い、言い出せずにいたが、そのうち言い出しにくい気持ちよりも家族で出かけてみたい気持ちの方が勝るようになり、その感情の勢いに任せて両親に気持ちを伝えた。
最初はいい顔をしなかった父親と母親だったが、少年は諦めなかった。こんなことは初めてだった。普段は聞き分けもよく、親を困らせたことなど一度もなかった少年が熱心に説得を続ける姿に、両親もだんだんと心を動かされた。
父親と母親は少年の希望を叶えるべく、近所の人から情報を集め、割と治安がよいと言われているエリアへと出かけしてみることにした。
それを聞いた少年は走り回って大喜びした。
家族揃っての初めてのお出かけに少年の心は躍った。治安がよいと噂になっているだけあり、大混雑であった。
今まで見たこともないキラキラと輝く世界を目の前にし、視界は澄み渡り、少年は興奮気味に流れる景色を見て回る。そんな中でも両親が細心の注意を払っていたのは言うまでもない。
しかし、捕まってしまったのだ。
もうここまでだ・・・・・・と少年は天を見上げた。
遠くの方からは威勢の良い声が響き渡る。
「今日は大漁だな!」
「そうですね! いい場所に網が張れたようですね!」
少年たち家族の憂いをよそに、人間は実に楽しそうに漁に励んでいる。
「なんて嫌な世の中なんだ・・・・・・」
ポツリとつぶやいた少年は、なんとも切なげに父親と母親を見つめ、ヒレをバタバタさせた。
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