時は金なり
お金で幸せは買えないなんて事を言う奴が居るが僕はそうは思わない。お金がないと幸せにはなれないんだ。
僕は今まさに金が無い。
大学を卒業し就職活動に失敗した僕はアルバイトをしながら月3万のボロアパートに住み、なんとか命を繋いでいた。
家賃、ガス代、電気代、水道代、食費、携帯代、雑費、税金、気が付けば金は消えてなくなる。
僕は何の為に生きているんだろうか、そう思わない日は無かった。
ある日の事だった。早朝から夕方までのバイトを終えた帰り道。何となくいつもとは違う道で帰っていた。どうせ家に帰ってもやる事は無いし適当に暇でも潰そうそんな考えからだった。
田舎と都会の狭間のようなこの町は嫌いでは無かった。
ひたすらに歩いているとボロい駄菓子屋の様な家の前で老婆が日向ぼっこをしていた。
僕は特に気にする事もなくその横を通り過ぎる。
その時だった。
「お金が欲しくは無いかい?」
その老婆が僕に向かってそう話しかけてきた。
僕は一瞬老婆の方にチラッと目をやったがヤバい人に絡まれたと思い無視をする事にした。
「今なら倍で買い取るよ?」
老婆は続けてそう話しかけてきた。
「倍で買い取る?」
僕は反射的に疑問を口にしてしまっていた。
僕の足は老婆の前で止まっていた。
「あぁ、貴方の寿命を買い取るよ。試しに1日だけでも売ってみないかい?」
老婆は確かにそう言った。
「僕の1日は幾らになるんですか?」
僕は冗談に付き合う様な感覚で老婆に質問した。
「人によって違うんだけどね、貴方の1日はとても高い…1日10万円で買い取ろうじゃないか。」
老婆は僕の目をジッと見つめ何かを見たのかわからないが僕の命に値をつけた。
「言いましたね?じゃあ1年、3650万円で買い取って貰えますか?」
僕は馬鹿にされている、そう思い少し苛ついた声で老婆に詰め寄る。
「あぁ良いよ。振り込みで良いかい?」
老婆はしたり顔で僕の事をジッと見つめる。
僕には今何が起きているのか理解ができなかった。新手の詐欺だろうか、僕は遊ばれている?本当にそんな事があるのか?いろいろな考えが頭を過ぎったが金が貰えるかもしれないと思うと少しの可能性でもかけたくなってしまった。
僕は銀行の口座を老婆に伝え、そして老婆は僕の寿命を1年取った、らしい。ただ僕は老婆と握手を交わしただけでそれで寿命が本当に取られたのかは分からなかった。
2日後。口座には3650万円が振り込まれていた。
僕は家を飛び出し、再び老婆の元へと向かった。
僕がもし60歳で死ぬとして寿命を10年売って3億6500万円を手にして50歳まで生きる。4億あれば遊んで暮らせる。僕の人生は変わる、そう確信した。
僕は息を切らしながらボロい駄菓子屋の様な家の前についた。老婆は相変わらず家の前で日向ぼっこをしている。老婆は僕に気が付きニヤリとした。
「僕の寿命を10年、3億6500万円で買い取ってくれ。」
僕は老婆に言った。
「あぁ良いだろう、キリが悪いから4億にしてあげるよ。」
老婆がニヤリと僕を見つめる。
「それはありがたい、早速頼む。」
僕もニヤリと老婆を見つめる。
握手を交わす。これで僕の人生は変わる。
はずだった。
老婆と握手を交わした途端、貧血に見舞われた時のように立ちくらんだ、寿命を10年取られるの相当な事らしい。けれどこれくらいならば大丈夫…。
…?
視界が暗くなる。
息ができない。
苦しい。
苦しい。
声が出ない。
残りの微かな視界に老婆の満面の笑みが見えた。
騙されたのか?
「あんたみたいな奴の寿命が何で高かったのかわかるかい?あんたの寿命は残り10年と少しだったからだよ。その分1日辺りの金額が高くなっていたんだ。」
老婆が得意げに話しているのが微かに聞こえる。
苦しい。
僕は死ぬのか?
冷静に考えてみれば僕みたいな奴の寿命がそんなに高いはずが無かった、何が裏がある、そう思うのが自然だ。金に目が眩んだんだ。
そうか…僕は死ぬのか。
やっぱりだ。
金が無いと人は幸せにはなれないんだ。
金があれば僕は老婆との取引をする事はなかったしこんな苦しい死に方をする事もなかった。
苦しい。
僕は最後まで何の為に生きていたんだろうか。