連続小説「火球」(3)
何もできないもどかしさが、気力をどんどん蝕み始めていた。
地方に住む両親や親族に電話をかけてみたがつながらなかった。
ラジオの音声は続けた。
「尖閣諸島の魚釣島を200隻を超える国籍不明の武装漁船が包囲しているとの情報が入ってきました。」
「中国海警局の艦船10隻以上が日本の領海内を航行中のようです。一部が海上保安庁の巡視船に攻撃を加えているとの情報があります。」
「中国人民解放軍が、厦門近くの台湾領である金門島に、上陸作戦を開始したもようです。」
「朝鮮半島では韓国軍や北朝鮮軍の目立った動きはありませんが、在韓米軍が活発に活動を開始しているとの情報があります。」
「韓国政府は、韓国軍は今回の事態に何も関与していないし、対応もしていないとの声明を発表しました。」
「韓国政府は、日本領やアメリカ領に着弾したミサイルが、北朝鮮ものかどうを調査中であるとしています。」
「対馬海峡の長崎県対馬周辺を、国籍不明の軍艦が多数航行中との情報が入ってきました。」
「海上自衛隊呉基地から護衛艦が、福岡県の航空自衛隊板付基地から偵察機などが出動し、警戒にあたっている模様です。」
ラジオの音声が国籍不明と繰り返し伝えていることに強い違和感を感じた。
「台湾に無数のミサイルが撃ち込まれたとの情報が入ってきました。台湾軍は迎撃を試みたものの、かなりのミサイルが着弾した模様です。」
「台湾海峡の台中と台南の間に浮かぶポンフー諸島(澎湖諸島、ほうこしょとう)に武装漁船団の乗組員が大挙して上陸を開始したとの情報が入ってきました。」
「漁民に偽装した人民解放軍ではないかとの憶測が飛び交っています。」
「フィリピン海軍がフィリピンのルソン島と台湾島の間にあるルソン海峡に軍艦船を派遣して警戒態勢を強化した模様です。」
スマートフォンの音声通話やメールやインターネットがつながらなくなった。パソコンのメールもインターネットもつながらなくなった。ラジオもいつまで受信できるかわからない。
放射線量を計測する線量計を、地下室に1つ、地上の屋内に1つ、屋外に1つ設置していた。そして携帯用1つと合わせ、合計4つの線量計があった。
屋外の線量計が高い放射線量の値を計測していた。ただちに致死量に達するほどではないが、長く晒されていると危険な被ばく量となる数値だった。地上の建物は気密度は高いものの密閉はされていないから、平常時の大気中の放射線量よりは高い値を示していた。地下シェルター内の放射線量は平常値であった。
防犯カメラのリアルタイム映像から外の様子を伺うが、付近に何も変化は見られない。
遠くの三浦半島方面と横浜方面と都心方面では、広範囲な火災によるとみられる明るい地域が見えたが、そうでない場所は漆黒のように暗く、大規模停電が起きていることが分かる。
いまさらではあるが、東京にはしばらく戻れないことを覚悟した。
シャワーを浴びることにした。温水シャワーが稼働するかどうかを確かめるためだった。電気で急速に温水を作る方式で、長時間かけて水を温める電気式温水器とは違う。使うときにだけ温水を作る装置だ。器具への負担が大きくなるので、温水器には自動停止装置がついていて5分以上連続して使用することはできない。
しばらくぶりに使用したので、初めは少し濁った温水が出たが、その後は色や透明度や匂いや温度に異常はなかった。
シャワーを浴びたら少し気持ちが楽になった。
大型モニターを監視カメラ映像から録画再生画面に切り替え、何度も見返しているお気に入りの映画を再生することにした。監視カメラのリアル映像は小型モニターに表示させた。ラジオの音量を聞こえるか聞こえないかほどの小ささに下げた。ラジオを完全に切るのは不安だった。
ソファーをリクライニングさせて映画を見ているうちに、いつしか眠りに落ちてしまった。
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