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喉毛


大学生の頃、友人が「喉毛」と言った時のことは忘れない。
未だかつて聞いたことはあるだろうか、「のどげ」
絶妙に語感が悪い感じも相まって気味の悪さを放っている。

「あたし喉毛生えてるんだよね」と言われた時は、「ネッシー見たんだよね」と言われた時くらい目を輝かせた。
未確認物体すぎる喉毛が今目の前にあるというのだから。
そもそもスマホケースはマッキーでANNASUIと雑に手書きしたやつを使っている、奇人的感性がある友人自体にも未確認生命体的な魅力を感じていたので、そんな彼女に喉毛があるとは鬼に金棒である。

彼女が顎を上げ、喉を見せてくれると、喉仏のあたりに何かを確認した。
到底産毛とは思えない黒々とした毛が、バーコードよろしく横に数本生えている。
私は、毛をバーコードって例えるのは頭だけじゃないんだと思った。

これはやはり、お店の候補を食べログじゃなくてGoogleマップで送ってくるような新しい発見をくれる彼女だからこその毛ではないか。
神秘的にも見えた喉毛は、選ばれし奇人の証のようだ。
尊敬の眼差しで見つめた大学1年生の昼のことは今もいい思い出である。


あれから、喉毛というワードは一生聞かないと思っていた。あれは彼女にしかない特別な個性だから。
しかし数年前に、もう一度聞くことになった。
自身の体に生えていることに気がついて、驚いた拍子に出た独り言だった。
「喉毛だ…!」
私が言っていた。

鏡の前の自分を見ていた時にふと喉の黒い線に気がついた。
確かに全身剛毛ではあるけれど(授業中、エアコンの風で腕の毛全てが稲穂みたいに揺れてた)まさか私にも喉に毛が生えるなんて。
友人の喉毛には尊敬したが、私は自分の毛深さにコンプレックスがあるので、喉にあるバーコードをこれまでいろんな人に見せていたのかと思うと急に恥ずかしくなった。

見つけた瞬間剃ろうと思い、T字の剃刀を持ち出すも、喉を軽く押し当てただけでえずく。
メンタル湯葉の私はすぐに心折れ、その日は剃るのをやめた。

あれから鏡に映るたびにもう一度チャレンジしようかと迷い、結局怖くてやめる日々。
毎日見ては表面を触ったり一本摘んでみたりをしているうちに、やはり不思議と愛着は湧いてくる。
なんか喉毛たちが可愛いなと思うようになり、表面を「触る」から「撫でる」ようになっていた。
愛用のぬいぐるみを可愛がるように、私は喉毛を可愛がった。おはようとか話しかけたりした。私の中では、私の喉毛は生きている。VIVAN。

そんなこんなで今でも元気に私の喉で暮らしている喉毛。
見上げるたびに周りにさりげなく披露し、ドン引きされていると思うと涙が出る。
もし私の喉毛ちゃんを見た時は、初めましてと優しい目をこの子に送って欲しいです。

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