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「邪悪の家」~ クリスティ―・プロジェクト その12

 マイ「クリスティー・プロジェクト」その12は「邪悪の家」(1932年)。これはハヤカワ文庫のタイトルで、新潮文庫、創元推理文庫では「エンド・ハウスの怪事件」としている。別の内容だと思って2種類買っちゃった、という話もよく聞くところで、原題は「Peril at End House」なのに、なんでハヤカワ版はこうなっちゃったんだろう。他社と違えるにしても、せめて「エンド・ハウス」という固有名詞は残せばよかったのに。         なお、このハヤカワ版の翻訳では、ポアロヘイスティングスが「アンタ」とか「オレ」とか言い合っている箇所があるが違和感。二人とも紳士のはずだし、ヘイスティングスはポアロよりも若いこともあって、基本的にポアロには敬語だと思いますが。

 さて、本作であるが、このあたりからクリスティ―の特徴である「読後まで深く印象に残る女性像」が登場し始めるという意味で、記念すべき作品ともいえる。本作では、エンド・ハウスの所有者で命を狙われるニック・バックリ―。登場時から現代的で美しい女性としてポアロたちを魅了するが、友人のフレディからは「天才的なうそつき」と評されたり、彼女の身を案じて駆けつけたポアロたちに感謝するでもなく可愛げのない態度を取ったりと、印象はあまりよくはない。彼女のことが好きで取り巻く男性たちもなぜかあまりまとわりつく様子も見られず、正直のところどこがそんなに良いのか、感情移入のしにくいという珍しいヒロインである。最後の方になるが、彼女は「人々を惹きつけるのに、誰もがやがては"興味をなくす"」といった、なんとも辛辣な評価をされているが、たしかに現実にもそういう人間はいる。何かに偏執的であって実は周囲にさほど関心はない自己愛型パーソナリティーだが、他人への優越意識だけは持っており、それが揺るがされるのは耐えられないという勝手な人物である。ただ、彼女がなぜそこまで「エンド・ハウス」に固執するのか、その理由は十分に語られておらずよくわからなかった。                                ミステリーの構成としてはこれまでの何作かに感じられた無駄がなく、一気呵成に最後まで読ませる作品で楽しめた。

 映像化作品としては、「名探偵ポワロ」シリーズ第11話「エンドハウスの怪事件」(1990年・英国)。冒頭から架空の保養地「セント・ルー」を舞台とし、アガサの故郷の有名ホテル、「インペリアル・ホテル」をモデルにしたと言われる「マジェスティック・ホテル」が出てくることから、どんなところなのか、映像を見るのをとても楽しみにしていた。期待通り、白とアイス・ブルーを基調とした素敵なホテルで、これを見るだけでもこのドラマを視聴する価値はあるといっても過言ではない。                          原作では「黒髪で、いきいきとした小さな顔、すみれの花のようなダーク・ブルーの大きな瞳」と描写されているニック(ポリー・ウォーカー)は、まずはイメージ通りだが、日本語吹替の中村晃子(「虹色の湖」のあの人ね)が、オバサンくさくて全く合っていないために魅力半減である。フレディ(フレデリカ)・ライスは「ものうげな聖母マリア・・顔色は蒼白でやつれているが--不思議な魅力がある・・これほど倦怠感のある人ははじめてだった」とアガサにしては珍しく詳細な描写だが、これもぴったりである。本作品は女性陣の衣装もなかなか凝っていて楽しめた。ニックの従妹のマギーは見事に冴えない女性で、ニックとの対比が際立っていた。             前後編に分かれていていつもよりも少し長めの尺になっているが、飽きさせることなく展開する。原作にはないミス・レモンの参加もあり、最後に重要な役割を果たす。ポアロ・ファミリーが勢ぞろいで、最後に互いにからかい合いながら労をいたわり合うところはなんともほほえましくて、ほのぼのとさせられた。

 さて、アガサ・クリスティーの翻案作品としてアニメ「アガサ・クリスティ―の名探偵ポワロとマープル」という作品がNHKで放映されたのをご存知だろうか(2004年~2005年・全39回)。探偵役のポアロとマープルに加えて、マープルの甥レイモンドの娘の「メイベル」を創設し、助手として参加させている、ファミリー向けの趣向である。その中に、この作品を原案とした「エンドハウス怪事件」(第16話~第18話・2004年)があったので、この機会に観てみることにした(この際だからなんでもやりますわよ、このプロジェクト・笑)。                              山下達郎のさわやかな主題歌に乗ったオープニング。1回は25分なので一般のアニメ番組並みだが、さすがに本作はそれでは収まらないので3回連続となった。ポアロは見事に貫禄のあるおじさん(声・里見浩太朗)、ヘイスティングスはずっと若い青年に。笑ってしまったのは、「ジャップ警部」の「シャープ警部」への変更である。たしかに、日本で製作するもので日本人の蔑称をそのままにすることはないですよね。そういえば、私が最初にポアロ物を読んだ時にも「クリスティ―って日本人が嫌いなのかしら」と感じた記憶がある。                                                    登場人物の容姿はステレオタイプでわかりやすくなっており、ニックはごく普通の美人、マギーは冴えない小娘。いただけないのは声優で、ニックの声を演じた伊東美咲の大根ぶりはあまりにひどく、台無しであった。なお、彼女自身の見かけは、日本で映像化するとしたらニックに合っているかもしれない。                                オーストラリアから移住してきた夫婦のエピソードをカットするなどしてすっきりとした流れの作品となったが、子どもにもわかりやすい分、人間の愛憎関係というすごみは姿を消してしまっている。そもそもなぜ、あまりメジャーでもないこの作品が選ばれたのか。このシリーズには他にも不思議なアニメ化作品があって興味深い。

次は「エッジウェア卿の死」。名作が出てきますね。    (2575字)