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(7)2018年 資料分析班

小説「大村前奏曲(プレリュード)」序章 Vol.7

※科学技術に関する内容はあくまでもフィクションです。
なんら現在の技術を否定するものではありません。

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 配属されて十日ほどしてからのこと。
「もうここの務めにも慣れて来たかね? んなはずないな。」
「仕事と言っても資料を見て時間をつぶしているだけですからね。何かの役に立つんですかね。」
「紙だけはたっぷりある。何でも気になったものは目を通しておきなさい。それで役に立たないことなど何もない。」
「君の配転の話だが、夏まで伸びたようだ。相も変わらず上は頭が硬い。入省したばかりのキャリアがたった一か月で出向だなどと前例がないそうだ。前例がないことはしないのが官僚のルールだからな。まあ良い、少し延びただけだ。私のシナリオに変更はない。」
 って、こっちが聞きたいのはそのシナリオだっつうのに。
「ところで唐突な質問だ。昨今科学技術という言葉をよく耳にする。この頃は間に点『・』をを打って区別する様だが、君はその科学と技術をうまく説明できるか。」
「科学というのは理論やその中で生じた疑問を純粋な心を持って解き明かす。またはその努力のことだと考えています。仮にその結果間違いが見つかったとしても無限にあるアプローチの一つを消せることになります。また技術というのは科学を基盤にそれを産業や人々の生活に反映できる、いわばカタチにしたものだと理解しています。」
「優等生の答えだな。さすがキャリア、遠からずかも。とは言っても私もよくは解っていない。私が自信を持って言えることは一つだけだ。人々のモノや現象を知りたい探究心は信じて良い。だが問題はその結果、何が生まれるかだ。こう言えば今、君の頭にはいくつもの人類が生み出した負の遺産が思い浮かんでいるだろう。これからの人工知能や仮想通貨も果たしてどうなのだ。ターミネーターの世界が現実に来ないなどと誰が保障できる。そこまでいかなくとも身近なところで言えばドライバーの意思に反して自動運転が勝手にあおりを始めることだって有り得る。」
「何をおっしゃろうとしているのかよく理解できません。」
「全てが諸刃の剣ということだ、私自身も含めて。だがもう過去は変えられない。希望を託せるのは未来だけだ。」
 デジタルとは無縁な一佐のことだ。これから先の電子化社会に不安を持っているのだろう。私も同じ疑問を持たないことはない。菌、ウィルスに至るまで今までのこの地球上の生き物は全て炭素生命体である。だが人類のそれこそ科学と技術の進歩のせいで新たな生命体が世界に生まれようとしている。安直に言えばケイ素生命体と言えるのかも知れない。前に科学番組で地球の方が本当は稀で宇宙の生命体の主流はケイ素かも知れないとどこかの学者が言っているのを聞いたこともある。高校時代の地学の教師もケイ素生命体は必ず存在すると信じていた。確かに化学結合だけを考えれば可能な気がする。ただまもなく自然発生ではない人類が創り出した新たな生命体はその産みの親のコントロールから離れようとしている。自立した生命体がこの環境破壊を繰り返す人類のことをどう考えるのか。私には予測がつかない。開発者たちは十分コントロールできると思っているのだろうが「意思を持たせる」のであろう。ということは人類の手を離れるということで間違いはない。
 もとより人類は自然、というより他の生命を冒涜してきた。ケイ素の話を踏まえれば岩石やマグマだってそれに含まれる。「喰う、喰われる」「害を及ぼすものは退治する」の関係でいえば人類は科学・技術のおかけで生き延びてきた。私は無宗教だがそこには感謝や尊敬、恐れや追悼の念があっておかしくない。それが自然崇拝というものだろう。少なくともここ近年までの人類はそれを持ち続けてきた筈だ。虫を恐がる人でも仕方なく「ごめんなさい」といって蚊やゴキブリを殺す。当たり前のように食事に感謝する。そんなことすら現代人は出来ないのだ。ましてやコンピューターネットワークやAIなど、ちやほや持て囃しながらもただの便利な道具としか思っていない。はやぶさの帰還でもそうだ。無人で通信の途絶えた機体が自分の意志で帰ってきたといって国中がお祭り騒ぎだった。技術を称賛する声もあった。が、彼の身になってみればただ自分の与えられた任務を果たしただけだ。自分の命と引き替えに。
「そういえば一佐の目標って、未だ・・・。」
 答える気は無いようだ。
「一度浜松へ行ってくれ。私の同期の技官が居る。少し話を聞いてこい。」
 入隊して初任地の滋賀の空自高島分駐で一緒だったらしい。そこにどんな装備が配置されていて現在はどんな役割を担っているのかなどキャリアで新入りの私には知る由もない。いや、キャリアだからこそ判らない。縦割りで他の部署に関する情報は人脈でもない限り殆ど入って来ない。研修に教官補佐で来ていた先輩が食事会で愚痴のようにボヤいていた。
「では明日にでも。用意があるので今日は定時で失礼します。」
「ああ、休暇扱いで構わない。ゆっくり行ってこい。」
 ここにいる限り休暇だけは有給の範囲で自由に取らせて貰える。私が部屋を出るとき、一佐は何かつぶやいていたが私には聞き取れなかった。


(続く)




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