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(9)2018年 浜松

小説「大村前奏曲(プレリュード)」序章 Vol.9

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 あの翌日、結局新幹線で浜松に降りたのは午後になってしまった。駅の構内にはピアノを置いたフロアーがあり、ちょうど幼稚園ぐらいの女の子が父親と一緒に遊んでいた。どうやら誰でも弾いていいようだ。音楽に無頓着な私には浜松と言えばギョーザかうなぎしか思い浮かばなかったが、そうか、ここは楽器の街なのだ。とにかく日帰りのつもりだったので急いで空自に向かった。
「私服で来たか。さすが太田の部下だ。気に入った。」
「いえ、一応休暇扱いなもので。」
「その方がいい。こっちも仕事をはなれて気楽に話せる。見せたいものはたった一つしかない。」
 広報の展示スペースのようなところに案内された。
「これを見なさい。」
「旧軍のプロペラですよね。木製だったんですか。素晴らしい仕上げですね。美しい。空力的にも現在のものと遜色ない気がします。」
「この国の技術の誇るべき象徴だよ。刻印をよく見て。」
「えっ、まさか、日本楽器。ってことは?」
「あの会社が戦闘機のプロペラを造ってたんですか?」
「プロペラだけじゃない。その当時この国には鉄が足りなかった。だから他の木製の精密部分も地元の宮大工や木工職人が造り上げた。君、パイプ椅子で申し訳ないが座ってみれば判る。」
 言われるがままに腰かけた。
「その姿勢で足と手を動かしてみたら何か気づかないか?」
 これは、ピアノを弾く姿勢か。それに配属前研修で見た戦闘機の操縦にも似ている。
「浜松は台地と天竜川のせいで米が安定して収穫できない。それでこの街を開いた家康が奨励したのが綿花だった。自ずと機織り産業も始まった。それに逆に天竜川の恵みで木材はいくらでも運んで来れる。多種多様、杉のような柔らかい木から硬いものまで全てだ。ここの気候はその乾燥にも適している。家康の街となったことで寺社仏閣も増えた。そのことで多くの木工職人や宮大工がこの街に集まった。君の今やっている動きもピアノを弾くという前に機織りの動作そのままなのだ。浜松が楽器の街になったのも根元はそこにある。明治に国が輸入したたった一台のオルガンが浜松に来た。だがほんの二か月で壊れてしまった。所詮アメリカ製はそんなものだ。それを医療器具の技師だった山葉寅楠やまはとらぐすが地元の職人の技を結集して蘇らせた。その後山葉は独学で国産ピアノを開発したんだ。」
 話を聞きながら私は仕事を忘れ別のことを考えていた。これはこれで「ブラタモリ」の格好のネタではないか。この春から出ている林田さんも音楽畑らしいし。実際にはこの一年後やはり浜松の回が放送された。
「織機といえばもう一人連想できるだろう。」
「豊田佐吉、ですか?」
「もう解ったろう。自動車も同じだよ。機織りの『ハタ』は機械の『機』だ。」
 先端作業あるところ機織り産業ありということか。京都もそうだし、他にいくつも都市や地域が頭に浮かんだ。
「ちょっとここでクイズだ。日本で最初の企業と言えば?」
「坂本龍馬の海援隊、別名亀山社中ですよね。」
「キャリアの知識もそんなものか。知らなければググっておいたらいい。斑鳩、飛鳥時代から続く企業が一つある。その会社が現在に至るまで建築土木や宮大工の技術を脈々と伝えて来たんだ。」
 この技官は理系人間だからか一佐と違ってデジタルには精通してそうだ。
「学校では習いませんでしたね。」
「学校と言えば君たちはどう習ったか知らないが我々の世代は社会科でこの国の戦後復興、高度成長を支えた基幹産業は加工貿易だと教わった。資源のないこの国は原材料を輸入し工業製品を輸出することで利鞘を稼ぐ。ただそれだけの産業しかないと。技術についても同じだ。外国を真似しているだけとしか教わらなかった。だがそれは完全に間違いだ。この国は太古の昔からずっと技術を蓄え発展させて来たんだよ。無論おおもとは百済だったり中国だったり欧米かも知れない。ただパクリじゃないことはこの国の仏像の顔を見れば一目瞭然。あれほど表情豊かなものが他の仏教国にあるか。それに未だ公表されていないが現にこの国は月へも何度も往復しているし、小惑星探査実験もはやぶさの前から何度も行われている。そのうちこの前のはやぶさは初号機と呼ばれるだろう。ゼロ号機や初期ロットプロトタイプが存在するということだ。私も二十年以上前からのエヴァフリークでね。」
「そっちですか?」
 思わずツッコんでしまったが残念ながらさすがにテレビシリーズの時代は私は見てない。
「君もミサトのファンだと聞いていたからジョークを入れてみた。」
「世界の軍事や宇宙技術などケネディ時代から大して進化しておらん。この国の技術に頼っているのが事実だ。なのにこの国には何もさせてもらえない。ここにあるファントムを見ろ。もう何十年も経つ機体がまだ現役だ。」
「そうそう日帰りだったな。酒でも飲めるかと楽しみにしていたが仕方ない。太田のことも聞きたかったが。あいつのことをくれぐれも頼む。くれぐれもよろしくな。で、少しは参考になったかい。」
 とは言われても、地下室に籠っているよりは面白かったがこの時はその程度だった。




(続く)

※ブラタモリ「浜松」の回の放送前の設定で書いていますが実際にはNHK放送後に内容を参考にして記述したものであることを明示しておきます。

※科学に関する記述はあくまでも著者の個人の考えです。


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