前夜
季節がとたんに逆さに走り出した。大切な菓子箱をひっくり返して宝石が散らばった。このせわしい街に吹く木枯らしが私たちのコートを揺らして、電車は行きつ戻りつ頭上を駆けてゆく。故郷がわだかまって暖炉のように燃え上がり、都会は少しばかり淋しさという言葉を忘れかけていた。
鼻をくすぐるスパイスの香り。笑い話の交わされる広いテーブル。あっというまに回った時計の針が、私たちをせき立てた。やがて狭い部屋はハミングに曇り、ささやかなジェラシーと憧憬とが、長い廊下にシルエットを縁どった。
明日、私たちは永遠になる。遥かな優しさと喜びとに包まれながら、窓辺には陽射しが落ちる。ああ、あっという間。あるいは、遅すぎたかのような。いずれにしても明日で終わり。そうして始まり。いつか思い出される刹那の一日があるとしたら、この時計の針がそっと頭を垂れたとき、この胸の高鳴りはいずれスポットライトになるのだろう。
ネオンに溶けていった彼らの面影が、私にとってはたまらなく嬉しかった。蜃気楼のように触れられなかったノスタルジアが、今はすぐそばで微笑んでいる。
あなたが今、どんなことを思いながらこの夜を過ごしているのか、私にはわからない。けれどひとつだけ言えることは、もう、じゅうぶんやりきったということ。だからもう、あとはシーツにくるまって、朝明けを待つのみだ。こんなに故郷が充満した部屋の中で、淋しさに耐えかねた私の心が満たされていく中で、それでもその隙間を縫って、あなたのことがやはり思い出される。遠い日に実った小さな果実が今、恋という名前だったことを知り、私は何も思わず机上のハイボールを飲み干して、そのこがね色に染まりながら、そっと目を閉じるのだ。
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