見出し画像

桜の言葉

『ここに生まれてここに生きて
僕は此処で四季を見送るのだ。。』


春の陽気
川面を見ては鳥の声をきく

朝日に照らされて
お日さまの歌を唄い

夕暮れの隙間には
オレンジ色の雲を見送る

シリウスの出番がくる紫の夜空
僕は月に願う

あの子が笑うように
明日は笑顔でと願う

しずかに闇が見つめる舞台に
くろねこの歌声と
いつもの犬の哀しき遠吠え
きこえてるあいだに
僕は眠る
眠りにつく

明日の朝も
そのつぎの朝も
あの子が通学するのをみた

春も夏も
秋も冬も

雨の日
風の日
日差しの日
雪の日
凍えても
びしょぬれでも
灼熱の青空も
渇いた風も
春の花咲く今この時も

生まれてそのまま此処で
僕は生きている


最初の記憶にあるのは
挿し木だった頃だ
おじいさんに植えられて
川沿いで根をはる

若葉のころも
ひとり立ちした若木の季節も
青葉を繁らせるようになるまで
ここで生きて
あの子の通学と
おじいさんおばあさんを
毎日みてきた

いつか大樹になる日まで
人々が愛でる桜として花を咲かすことを
夢見ての僕だった

花咲く川沿いに生まれて
生きて人の背丈をはるかに超えた今

僕のもとに集まる
皆が花を見るために

涼しい影をもとめて
葉影の憩いをもとめて

僕の周りで子が遊び
けんかをして握手して

頭をかかえて泣き
笑いあい

恋をして愛し合う

僕はうえからそっと見ていた
いつも君たち人を見ていた
花を咲かせて葉桜の影をつくり
寄り添い一緒に君と生きた
川面にいつしか影をのばすほど
僕は大きくなった


大きくなったねと
あの、おじいさんに云われた
僕はせいいっぱい枝をゆすって
ありがとう、と最期に伝えて沿道で見送った

思い出すねとそれから
あの、おばあさんに云われた
僕は人の心に生きていることを知る
あの、僕を植えたおじいさんと共に
あのおばあさんの心で


時が流れた
川よりもゆるりとゆるやかに
僕はみんなが見上げるほどの大きな桜になった
木陰においでと伝えて枝をゆする


大きくなるということ
生きていくということは
花が美しく咲くことばかりじゃなくて
ほんとうは木陰がひろがることだ
僕の根もとにみんなを受け入れることだった


桜の大樹がしずかに語ってくれた
木陰がつくる憩いこそ
それは木のことばだと
人と共に生きて
いつでも人と共にあるのだと


桜の大樹の声を確かにきいた
散歩の最中に
桜の物語にしばし耳を傾けたまま
川面をすべる風になでられていた

私は木陰でひとり泣いた
あの幼い日の思い出を思い出して
見守ってくれた君に
やさしく手を添えた

大きな何かに包まれるように
ここには木の言葉が溢れている
大きくなった命の物語を
川がさらさら伝えてもいた

さざさざと木陰には
たしかに木の言葉がある





いいなと思ったら応援しよう!

べじさん
いただいたお気持ちは、noteの街で創作に励まれている次の方へと循環させていこうと思います。あなたの作品を見たいです。ありがとうございます。