見出し画像

プッチンプリン

 便宜上この先生を①先生とさせていただく。

 びっくりですよね~~で始まり、では見せてもらいますねと部屋を暗くして、真上、右上、右、右下、真下、左下、左、左上、正面、と目玉をぎょろぎょろする。左側はかなりしつこく見ていたのでこの辺がどうにかなっているらしい。

 眼の図を出しつつ、「眼ってね、プッチンプリンなんですよ」と説明してくれた。
 加齢や衝撃でプッチンプリンの爪が取れてプリンが飛び出す。プリンと容器はくっついていてほしいのだが、離れてしまう。このとき網膜を引っ張って剥がれたり、穴が空いたりする。また、プリンは若いときはぷりっとしているが、これまた加齢でとろけるプリンみたいにゆるゆるになり、さらに膜を引っ張って皺をよせたりすることもある。ざーっくりだけどそんなことが起きていて、この剥がれが進み大事な黄斑まできちゃうと見えなくなっちゃう、と言われた。

 網膜剥離。穴も空いている。裂孔原性網膜剥離という診断だった。

 やっと自分の眼にただならぬことが起きていると分かった。といってなにか慌てるような感じでもなかったのが自分でも不思議だった。ああ、まあそんくらいのことが身体に起きても不思議じゃないくらい身体も気持ちも休められていないな、と自覚していたからかも知れない。
 めんどくさいことにはなったが、もっと早く来ていたら、とか、なんでほっといた、みたいなことは一言も言われなかったし、「お母様近くで一人暮らしなんでしょう?働いていてそっちもお手伝いしていたら、みんなそう。後回しになりますって。いま女性はそういう方多いですよ。だから、ここで手術してしまいましょ」と明るく言ってくれたお陰で嫌な気持ちにはならなかった。①先生のすばらしい説明力に感謝。

 ざっくり説明でプッチンプリンのプリン抜いて網膜の穴が広がらないようレーザーで処置したり、膜を取り除いたり、ガスをいれてその空気圧を利用してくっつける硝子体手術と、年齢的に一年だけ推奨年齢より若いが白内障手術を同時にやってしまうのもおすすめと言われた。
 また網膜は1日でざーっと剥がれることもあり、手術まではもう通勤はやめ、階段などは使わないように、シャンプーやシャワーも静かにするように注意があった。

 手術の説明はプッチンプリンの入れ替え、つまり硝子体手術と白内障両方について聞いた。手術日は翌週水曜に「ここならいけるな」と、ねじこんでくれた。
 白内障は人工レンズに取り替えるが、右目はまだ元気なので左目だけ手元にピントを合わせる方よりは少しぼんやりな方にして、またコンタクトレンズや眼鏡で矯正することにした。

 「明日も診察来れますか?手術する先生と会えば安心ですし、硝子体だけにするか、白内障も一緒にするか、手術する先生の判断も聞くといいですよ」
 通勤しないなら休む。来ます、と言うと「では今日できる検査は全部やりましょう」と次々にオーダーを出してくれた。
 「明日、どなたかご家族も説明聞けますよ」とも言ってくれた。

 「ではまずまた○番で眼の検査。そのあと検尿採血心電図。あっちのカウンター行ってください。それが終わったら診察室前の椅子で待っていてください、また私とお話します。こっちいって、あっちいって、また戻る」と眼鏡で視界がよくない私が迷わないように指示をくれた。

 △番を出た途端、技師に捕らえられまた○番で検査をした。
 眼球のエコーをとりますといわれ、は?となった。エコーってぐにぐにするアレ?
 麻酔の目薬をします、すぐ効きます、15分くらいで麻酔は切れるので足りなければ足します、機械の先端がほんとに目玉に触れます…と言われたがなにがなんやら。
 この辺見ていて下さいと言われたがどうしてもずれたり、まぶたがピクピクしたり。技師は苛立ってはいないが困っているのが分かりますますこちらも硬くなった。
 昼もとうに過ぎ、人も少なくなった静かな検査室で奮闘。途中で技師交代したが、それまでやってくれた技師が「これがね、ほんっとーに大事なとこなんです、がんばって」と言われてしまった。うまくいってないんだな。ごめんよ。
 交代した人が私の眼の動きのくせみたいなのを掴んだのか「おっし」と呟き「この棒を見ていてください」と新たな目標物を出してくれた。いろんなやり方あるんだな。
 それでもまた試行錯誤してなんとかデータがそろったらしい。先の技師も戻り二人で「よし」と頷いていた。ほっとした。

 そしたらファイルを生検のカウンターに出して、というのであの接遇プロのところに行った。
 誰もおらず、名前が貼られた検尿カップと採血の受付番号を渡された。私にも「どちらが先でもいいですよ、二つ終わったらまたここに戻ってください」と指示をくれた。

 またトイレに行きたくなっていたので検尿を先に済まし、小窓の中に置く。ドラマ「ホットスポット」で看護師の平岩紙さんが「私検尿カップ取るのうまいんだよね」といったシーンでげらげら笑っていたが、まさかの自分が検尿。カップを指定場所に置き、採血の部屋に向かう。

 ほどなく番号が出ていかにもベテラン看護師さんがにこにこ迎えてくれる。アルコール綿かぶれますね、と問診票に書いたアレルギーを確認し「カルテにでっかく書いておきます」と言ってくれた。
 さほど痛くなくすんだが、バッグをもち、採血跡を親指で押さえたらコートを取れなくなってしまった。「腕にかけますよ」とさっと持たせてくれた。一人でもなんとかなる病院だなと思う。

 二つ終わりましたと接遇プロに申告すると次は心電図だという。また番号呼ばれますから中で待てと言われ座った途端に呼ばれた。
 流れるように技師に上は全部持ち上げて、横に、と言われて寝転がったあとに「タイツですかっ?」と聞かれた。あ、いや、ハイソックスです…と慌てて起き上がり靴下をかかとまで下げて足首を出した。びっくらしたー。
 これもすぐ終わり、また接遇プロのとこへファイルを持っていけとのことで、プロのところへ。

 はい、では眼科△番診察室前の椅子でお待ちくださいと言われ、無事眼科に戻ってきた。待ち時間の間に夫に来週手術なこと、明日休めるなら説明は一緒に聞けること、ただし今日の様子から1日仕事になりそうなことなどをメールした。案外早く返信があり来ると言う。
 ここで30分くらい待った。検査結果も来るのに時間がかかるだろうし、と思っていたら呼ばれた。

 ①先生から手術のさらに詳しい注意事項、リスクの説明があった。網膜をくっつけるために空気を入れ、その空気圧でくっつけるが、そのために私はおそらく数日右を下にして寝ていなければならない。トイレと食事のときも首を右に傾いだままかもしれない。
 そんなことをしても手術後再剥離することもあり、そうなると再手術となる。だから術後一時間は絶対安静だし、そのあともとにかく横向きを数日は維持しなければならない。ということで入院は一週間を予定。

 眼科手術は局所麻酔でやる。目玉や周辺は麻酔をがっつりかけるので左目は痛くない。ただ、血管になにか…例えばくしゃみをふいにされると血管が切れて即失明の危険がある、しゃべれるのでくしゃみ出そうといえば手を止めて待つことはできるので、言うこと。
 暑い、寒い、かゆい、なんでもまず口で言ってくださいね、と。そんなんなら全身麻酔にしてほしいくらいだが、そうでないのはそれなりに理由があるんだろう。

 「先生、局所麻酔で今まで何千何万の人が眼の手術やってんですよね」と尋ねると力強く「そう!だからなんでも手術中は言って!先生たち、すぐそばにいるから」と答えてくれた。
 手術後の生活制限も詳しく説明してくれた。驚いたのは退院したらパソコンを使った事務作業はできる、というところだった。
 「見え方が変わるんです。ゴーグルつけないでプールに入ったような、ゆらゆらした感じ。空気が抜けるとお水が下に溜まり吸収されるまで水平線が見えてうっとおしいんです。足元が見えにくいから通勤は術後二週間は難しいけど、テレワークならいいですよ。疲れたら休みを入れながらできます」
 そぉなの?なんかそれはすごいね。

 手術の術式は明日決定するので、硝子体手術だけ、硝子体と白内障、両パターンの同意書にサインした。
 激的に視力回復するわけじゃないこともよく分かった。眼球の機能を回復させたとて、視力がどれくらいでるかどうかは分からない。
 だが私のゆるゆるプリンと、プリンにより引き起こされた網膜剥離はなんとかせねばならない。それにこの手術…硝子体手術をすると白内障のリスクが高まるので、一緒にやるのが先生のオススメということだ。多分同時にやったほうがよいと自分でも思った。

 △番診察室を出ると看護師さんが待ち構えており、○番の中にあった処置室に導かれた。まだなんかやるのかとびびったら、そうではなかった。
 ベッドでごめんなさいね、と腰掛けるように言われる。眼科手術を受ける方へ、という小冊子を渡された。中には術前に支度するものなどが書かれていた。
 術後は洗顔できないので前日しっかりシャワー、シャンプーまでは済ませてくること、入院中は首から下だけシャワーができるようになっても保護眼鏡をしたままになるとか、保護眼鏡は入退院支援センターで試着ができるからサイズを確かめてから売店で買えばよいなどの説明も聞いた。
 同意書は二つ書いたけど、明日、決まったら不要な方は医師に返しちゃって下さいとのこと。
 ここでは主に飲んでいる薬をがっつり確認された。もう一度お薬手帳を見せ、受付よりも詳細に何ページもコピーを取っていた。薬で気になることはあるか聞かれ、じんましんのときにめちゃくちゃ眠くなるやつがあった、と薬の名前を知らせた。
 思えばこのときに気圧の変化で偏頭痛がすることがある、を伝えるべきだったのだが失念した。聞かれなかったのもあるが、情報一杯で思い出せなかった。問診票にもそれを思い起こさせるような設問がなくて、今後何かまた通院が発生するときは書かねばいけないポイントだなと今反省している。

 血圧の薬と、婦人科でもらっている漢方、ホルモン療法の薬は入院中も飲んでOKだった。エストロゲンはパッチタイプが多いらしく、私の塗るタイプは初めて当たったので確認します、ということに。
 他、いろいろ書いてくる書類もありその説明も受けた。

 このあとは一階の入院申込室に行き、部屋を申込み、また二階に戻り入退院支援センターにいき入院生活について説明を聞く、という段取りを明日の予約票に書き入れてくれた。もう15時近かったと思う。
 じゃ、トイレ行って、一階に行きます、と言ってトイレを済ませて出たら、さっきの看護師さんが走って来て私を呼び止めた。

 「エストロゲンは大丈夫だから持ってきてください。あと部屋の申込みは今日してほしいけど、明日また来るから入退院支援センターは明日にしましょう、明日って連絡しておいたから」と私に言った。予約票も書き換えて交換してくれた。
 疲れはてていたので一つミッションが減って嬉しかった。若干涙眼になりながらわざわざ探して下さってありがとうございますとお礼を言うと、トイレに行くって教えてくれたからね、と言い残し颯爽と去っていった。かっこいい。

 入院申込室も番号札を取り、待つ方式。すぐ呼ばれて再びマイナンバーカードを機械に通した。
 ちゃきちゃきとした人が担当し、ベテランなのか合間に電話など出たりしたが都度「失礼しました」と言うのでなんか、大昔、父が入院していたとこよりちゃんとしてるなあと感心した。

 話題の高額療養制度が適用され、いくら治療しても今回はこれ以上かかりませんとのこと。マイナンバーカードで確認できると書類は書かなくて済む。
 部屋の話になり、トイレ付き個室を第一希望にした。眼科の術後は洗顔もシャンプーもシャワーもできないし、シャワーはなくていい。トイレは室内に欲しかった。第二希望はやむなくトイレ無し個室。

 持ち物は明日入退院支援センターで詳しく話があります、靴はスリッパはだめでかかとのある靴、というのでスニーカーを履いてきて、軽くて柔らかいぺったんこシューズを持ってきてこれを日常で履くにした。
 ここでも書いてくる書類を渡される。一番大事なのは誓約書で、暴れません、ハラスメントしません…みたいな項目が並んでいる。大変なんだなあ。

 最後に計算窓口にいき、ここでも番号札を渡される。分からないのでファイルに今日もらったすべての書類を詰めて渡したら、ささっと分けてくれた。もうよく見えないのでプロに頼ればいいのだ。
 お会計が用意できた表示がでっかいディスプレイにでたら機械で支払う。自動会計機はわりと分かりやすく、かなりいろんなキャッシュレスが使えるようになっていた。 

 やれやれ…と外に出たのは15時45分。何か食べて帰って終業までにメールで上司に報告しておこう。術後はすぐ出勤できそうにないことも。
 近くに役所がありそこのカフェでコーヒーとワッフルを食べた。今日はロイヤルホストにいく気力もない。でも食べないとやられそうなので、デパ地下で天丼弁当を買って帰った。

 まず上司と同僚にそれぞれメールで病名は網膜剥離で、来週手術で明日の診察で内容が決まるのでまた連絡します、と書いた。シャワーして弁当を食べて書類を書いたところで寝たかったが、夫が22時には帰ると連絡があったのでなんとか待った。

いいなと思ったら応援しよう!

前向 暇潰
ちょっとは役にたったかも、と思われましたら少し置いていっていただけるとありがたいです。