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年々夏が怖い話

年々家に引きこもる時間が増えてきて、夏が特にこわくなってきた。理由は明確で、とにかく虫が怖い。昔は今くらい怖がってなかった気がする。圧倒的に嫌いではあったが、まだ「うわ、Gだ。きも」くらいだったし「うわ、セミファイナルやん絶対。飛ぶなー」くらいだったのに今はもうGとかセミとか見ただけで全身から冷や汗が吹き出し、鳥肌がたち、全身が痒くなり、吐き気を催し、最強レベルのストレス負荷がかかり、更にその晩は虫に襲われる悪夢を見る。
セミが鳴く声は夏らしいので割と好きだったのに、今では鳴き始めると「はあ…ついに始まった」と肩を落とす。バチバチバチっと飛んだりする羽音を聴くともう金輪際外に出たくないと思う。

そして夏場の夜は、高確率で道を横切るGを見る。最近のあいつらは更にグレードアップしていて、見たことないくらいデカめのやつなんてゴロゴロいる。その度に外であろうと「ぎゃあああああああぁぁあ」と悲鳴をあげてしまい、運動神経がないと思っていたのに光くらいの速さで走る。なんてみっともない…。
夏の夜は、警戒せずには歩けず、見なけりゃいいものを誤って踏みたくもないので地面をギラギラした目で確かめながら歩く。若い頃は道端に止まって話し込んだり、しゃがんだりなんてよくしていたのに今やそんなこと絶対にしたくないし、していた自分が信じられない。

都会の夜は道端で飲み潰れて寝ているサラリーマンもよく見るが、信じられない。いや、飲んで眠たくなる気持ちは分かるし、この人もストレスで沢山飲んでしまったのかなあとか、まだ酒ハラが存在すんのかなあなんて同情するがそれよりも、寝ている間に身体を奴らに這いつくばられたらたまらない。きっと私なら精神的負荷が一瞬でかかりすぎてそのまま死んでしまうかもしれない。

何故こんな年々虫への恐怖が酷くなっていったのだろう?昔は小バエや蚊くらいなら全然一人で殺せたのに、今やそんな小さな虫ですら叫んでしまう。ぶりっ子とかなら良かったのに。残念ながら発情したトドのような奇声しか出ず、顔はシャイニングである。
私がそんなだから、旦那は年々虫に対する殺傷能力や反射神経が高くなっていっている。お前は本当に人間か?というスピードで早く飛ぶ虫を殺傷し、信じられないくらいデカいセミを掴み、ベランダから投げる。旦那が虫が苦手だったら、きっと私は今頃ショックで亡くなっていただろう。旦那にはいつも感謝している。
しかし外で私がギャーギャー言うものだから旦那は半ば呆れ気味だ。悲しい事に虫恐怖症の人間は、見付けるのも早い。外で急に「ヒィ!」と声にならない悲鳴をあげる私に驚き、イラついているようだ。本当に申し訳ないと思う。

虫恐怖症を治すには、慣れなければならない。私はおそらくその作業が出来ない。TikTokやYouTubeなんか見てる時も、虫が写ったらiPhoneを反射的にぶん投げてしまう。映像ですら見ることが出来ないのだ。
昔、友人が言っていたことがある。「とてつもなく恐怖を感じるものがあれば、前世はそれに殺されている」と。その理論ならば私はおそらく虫に殺されたのだろう。

一昨年、毎年のセミの恐怖に打ち勝つために、家の前で死んだふりをしているセミに出会った時の対処法を調べた。結果的にハチノックという殺虫剤を振りかければ噴射距離が長いので遠くからでもやっつけることができる…というので、持ち歩く為に購入した。実際かなりかさばるが持ち歩いて常に玄関にも置いていたのだが、ついに使う時が来た。

旦那の手が届かない、玄関から出たマンションの共用部の天井についていたのだ。落ちているわけじゃないので確実に生きている。私は自分が通った時にわざとらしくこいつが暴れ出すんじゃないかと恐怖で外に出れなくなってしまったので、旦那にハチノックを渡し、これを奴にかけてほしいと殺害教唆した。旦那は言われた通りにそれを振りかけることにしてくれ、私は遠くから見守っていた。

振りかけた瞬間、聞くに絶えない阿鼻叫喚をしながらセミは暴れて乱れ飛びし始めた。マンションに響き渡るあの恐ろしい絶叫。さすがの旦那も驚き、慌てて距離を取った。あの小さな体から、信じられないくらいの音だ。
その後どれくらいの時間だろうか?もうふりかけても無いのに、奴は叫び、暴れ飛び続けもはや爆弾と化し、私達夫婦に底無しの恐怖を植え付け、最期はそのまま高層階のマンションから落ちていった。

非常にやるせない気持ちになった。
彼らが一週間という短い命ならば、なぜもう少し違う姿じゃなかったのだろう。何故こんなにも嫌悪感を感じてしまう姿なのだろう。私だってここまで恐怖が無ければ殺害なんてしなかった。好んで殺したいわけじゃなかったのに。違うんだ、そんなつもりじゃなかったんだ…。

気付けば夏が大嫌いだ。夏生まれなのに。
年々気温は高く湿度もひどいし、夏に風情や好きな所を見いだせなくなってきた。海やプールも紫外線が怖いから行きたくないし、スイカも嫌いだ。夏は私からすると、非常に不快な季節でしかなく冬眠ならぬ夏眠をしてやり過ごす。
はあ、早く冬よ来てくれ…。

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