5月の下書き
もう5月だ。そして、気づかぬ間に6月になっていくのだろう。僕はいつからかこの時期になると心を病み、取るに足らない鬱屈とした湿気た詩を電子の海に放り投げたり、投げなかったりする。一般的には五月病だとか梅雨だとか呼ばれている時季は、僕にとって詩のシーズンとしてやってくるのだ。
ふとiPhoneの写真アプリの検索窓に、「5月」と「6月」を打ち込んでみると、画面にはなんともキラキラした僕や友人の表情が映し出される。この矛盾は、自分に対して「偉い」と「キモい」を感じさせた。こんな顔して、暗い部屋で夜な夜な死や恋の終わりをつらつらと文字にしてたなんて。
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