記憶は氷

だんだんと薄れていくとても大切な記憶。これを「手に握りしめた氷」と例えた人がいる。
無くさないように強く握れば握るほど、それはだんだんと形を失っていく。

私が思うに、誰もが人生の最初に握りしめる「氷」は、きっと「初恋」だろう。初恋というものは大抵叶わない。初恋をする頃に、そもそも恋という概念を知らないし、そんな僕達は名前のない感情とただ格闘することしかできなかった。それが自分の初恋だったと気づく頃には、その氷はすでに手の中で溶けつつあるのだ。

そうして人々は日々たくさんの氷を溶かし尽くし、失い続ける。手に残る感覚からおおよその形をかろうじて思い出せるだけだ。死んだじいちゃんの声も思い出せないし、初めてのキスだってその事実しか記憶にない。結局、記憶とは、氷とは、ほとんどそういうものなのだ。
幸い、それらが手のひらにすっぽり収まってしまう前に、僕達は一度全身でそれを感じることができる。今を生きるということだ。

その機会だけは、なんとしても落とさないように、もう一方の手でしっかりと握りしめておかねば。

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