【後編】下田ひかりさん 2020年発表作品への感想
後編では2020年12月27日に投稿された、作品の振り返りツイートを元に感想を書いて参ります。当時リアルタイムで投稿できておりませんでしたので、こちらは2021年6月になってからの書き下ろしです。(遅くなってすみません;)
前編はこちら→
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▶︎『この宇宙に存在する全てを(2020)』
作品ステートメントの全文は、上記引用ツイートのツリーでご覧頂けます。
多層化された画面で、平面ながらも奥行きのある立体感を持たせた作品作りは、下田さんの代名詞とも言えるでしょう。ステイトメントにも書かれているように、この重なるレイヤーにより『世界はあらゆる事象の多層構造である事』が表現されています。
引用元:https://twitter.com/hikarishimoda/status/1343178221571907584?s=21
技法においてはこれまでも下田さんが追求してきたものでありますが、『この宇宙に存在する全てを(2020)』においては、描かれた人物(魔法少女・ヒーロー)も多層的であることが特徴であるように思います。
かわいらしい顔の半分は、その顔の下にあると思われる骸骨。そして、涙を溢しながら口にする「yes」…
人間はヒーロー・魔法少女など、いわゆる『救世主的な存在』に無意識のうちに『完全性』を求めがちであると、私は考えます。それは(現代人の考える)神の概念にも近く、「君たちはいつでも我々を強い力と心で守ってくれるよね?」といった、願望の現れであるのではないでしょうか。
しかし、ヒーロー・魔法少女にもあたりまえに心があり、常に強くあれるわけではなく涙することもあるのです。神話の中でも神々たちは人間よりも大いに怒り・悲しみ・喜び・嘆きます。すなわち、『無条件に全肯定してくれる存在』では決してありえないわけです。
そんな中描かれたこの作品は、普通の少年少女ではなく『ヒーローと魔法少女』が様々な逡巡の中『yes』と言っていることに意味があると考えます。
多層的であるこの世の中には、簡単には飲み込めない事柄がたくさんあり、それらが私たちを翻弄します。それはヒーロー・魔法少女も同じなのではないでしょうか。しかしそれらを考え乗り越えて、それでも「yes」と言うことができたとき…人は次の道(段階と言ってもいいかもしれません)に進むことが出来るのではないでしょうか。
個人的には、考えなしの無内容な全肯定にはあまり意味が無く、このような逡巡を経ることに意義があるように感じます。
▶︎『感情の肯定(2020)』
作品ステートメントの全文は、上記引用ツイートのツリーでご覧頂けます。
こちらは蓄光顔料(多分)を用いた作品で、暗い場所ではもう一つの絵が現れるという仕掛けが施されています。
人の中に存在するあらゆる感情を肯定する事から理解と対話が生まれると思います。
感情を表す言葉とドクロという一見ネガティブなモチーフ。しかし暗転するとヒーローの姿と「yes」の言葉が光って現れます。あらゆる感情、生も死も、人間が内包しているものです。
引用元:https://twitter.com/hikarishimoda/status/1343178710418038784?s=21
激しい怒りなどの意味を持つ『RAGE』という単語と、暗がりに現れる『yes』。人間の持つ、ポジティブな感情もネガティブな感情も肯定していこうという試みが見えてきます。
上2点の画像引用元:https://twitter.com/hikarishimoda/status/1343178707318403073?s=21
ステイトメントにも書かれているように、「ポジティブに生きるべきだ」という言葉はたしかによく耳にします。
では、その言葉に感化されてポジティブさを優先し、ネガティブな感情を無理やり押し込めたらどうなるのでしょうか。恐らく人は心を平穏に保っておくことが出来ず、どこかで無理が生じ、ボロボロと崩れていくことでしょう。
ネガティブと言われる苦しみや悲しみは、必ずしも悪とは言えません。むしろそれらと向き合うことで、少しずつポジティブさを手にしたり、新たな道の発見があったりするのではないでしょうか。
またポジティブの押し付けは、他者の感情の『否定』にも繋がります。誰しもが必ずしも内包している負の感情を否定することは、自分をも否定することに繋がってしまわないでしょうか。陰陽文様のように、白も黒も同じように同じ場所にあるのが、あたりまえの心の在り方なのではないかと、私は考えています。
▶︎『虚像崇拝(2020)』
作品ステートメントの全文は、上記引用ツイートのツリーでご覧頂けます。
新型コロナの流行により「アマビエの絵を描くと疫病が鎮まる」という江戸時代の逸話が持ち出され、日本だけでなく世界各国でアマビエが流行しました。
引用元:https://twitter.com/hikarishimoda/status/1343179181056651265?s=21
私は個人的にこの現象を興味深く見ていました。なぜならてるてる坊主と変わらないことが、現代にも起きていることが、日本人らしいなと思ったからです。
鳥山石燕作・日和坊(ひよりぼう)
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/日和坊
日和坊は晴れの日に顔を出す妖怪で、婦女子たちが(恐らく日和坊を模して作られた)てるてる坊主を吊るすことで晴れを願ったことが、てるてる坊主の起源と言われています。
このように、日本においては「神様仏様」の言葉にも表れているように、助けてくれるなら誰でも良いという文化がそもそも存在していました。
しかし今回(SNSの時代とはいえ)、海外でもアマビエにスポットが当たり、流行が生まれたというのは不思議な現象のように見えました。ネットによって世界各国と繋がり、以前よりも海外との交流が増えたことに起因するものと考えられますが、それでも、キリスト教やイスラム教など、信心深いと思われる宗教圏でも同じような現象が見られたのは興味深い事象でした。
現代は日本以外でも無宗教・多宗教化が進み、クリスマスやハロウィンなど、元来宗教行事だった事柄のイベント化がどんどん進んでいます。アマビエの流行もそれに似た物と考えることができます(イベント化というより商業化ですね)。現代人の信仰に対する空虚さを如実に表す、現代ならではの現象であると感じます。
興味深いのは、この絵におけるアマビエ様は『NIHIL』という言葉を手に抱いていることです。ニヒル、つまりは無(虚無)です。それに対してマスクの男の子は『anxiety(心配、渇望などの意味。恐らく後者)』と願っているという、とてもちぐはぐな状況になっているということです。
しかしコロナ禍などで目の前のことで精一杯になっている時、人はこうしたちぐはぐな行動を無意識のうちに取ってしまうのでしょう。
▶︎『マスクをした現代人のポートレート(2020)』
作品ステートメントの全文は、上記引用ツイートのツリーでご覧頂けます。
私は過去に二度、マスクを付けたポートレートを描いています。その時のマスクは「本心を隠す」事の比喩でもありました。
引用元:https://twitter.com/hikarishimoda/status/1343179566316077057?s=21
ステイトメントにも書かれているように、下田さんの過去作品にはマスクをつけた少年の絵があります。しかし今回のポートレートは全く異なる意味を持ちます。
香港のデモで黒いマスクで顔を隠したこと、そして日本国内でも政治に対する議論がやや活性化したこと。コロナ禍においてマスクは感染症予防のツールとしてだけでなく、政治的な意志を表すためのシンボルともなっているように感じます(良い悪いは別として、ノーマスク運動などもその一例ではあると思います。)
引用元:https://twitter.com/hikarishimoda/status/1343179566316077057?s=21
『人の口に戸は立てられぬ』とは、噂話は防ぎようがないという例えですが、コロナ禍においてのマスクは、噂ではなく自分の意見を言うことを防げなくなった(≒政府のやり方に口を出さずにはいられなくなった)という意味で、興味深い効果を発揮したとも言えるかもしれません。
しかし人間は慣れてしまう生き物のため、2021年の現在ではやや危機感が減っているように思います。自粛疲れも相まって、また「自分は大丈夫」という謎の確信から、自分勝手に振る舞う人が増えつつあるのではないでしょうか。
そこでこの絵を改めて見てみると、黒のマスクには蛍光グリーンの舌が描かれています。スマホが同じ色であることは、SNSでの彼の発言(=口から出た言葉)を示しているのかもしれません。
これは下田さんのステイトメントにある『口を覆われても人々の思考や行動を止める事はできないのだ』という意味に加えて、『自分は平気だし、勝手にやるよ』という意味のあかんべぇなのかもしれない、という気がしてくるのです。
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総括
個展タイトル『沈黙と肯定』のステイトメントに戻ります。
これらの作品群は全て、現代に通じる問題を描いていますが、時が過ぎても同じく考えていくべき普遍的な課題ばかりであると感じています。
他者を肯定すること、声高に個性を叫ばなくとも普通に存在できるということ、そして、自分自身の中にある相反する感情をそのまま肯定すること。
中でも、まずは自己肯定でしょうか。それは自分勝手に振る舞って良いという意味ではありません。本文中でも触れたように『自分の中にはポジティブもネガティブも両方ある』ことを認め『今の自分はどの状態か』を知り、受け入れるということです。
自分を認めることができたら(難しいのですが…)、他者を認める余裕も出てくることと信じています。今はコロナ禍でそれどころじゃない、という人もいらっしゃるかもしれません。けれど、頭の片隅に、下田さんの描いた絵、そして込められた想いを置いてもらえたなら。
世界は少しずつ、少しずつ変わっていくような気がするのです。そうあって欲しいと、私は願っています。
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【(勝手に)告知!下田さんの画集が出版されました】
豪華仕様な上、今回紹介した2020年の作品まで網羅されています!現在はオンラインのみでの販売ですが、7月には都内でも取り扱いが始まるそうですね。
(通販については↑の引用RT内の下田さんのwebページへ。画集紹介ページのリンクがあります。そこからショップに飛べますよー!)
我が家にも本日届きました!
オーストラリアからの発送ですので、到着まで2〜3週間かかりますが、伝票番号を日本郵便で追跡できるので、個人輸入が初めての方も安心だと思います◎こちらもぜひ!
前編はこちらから→
2021.06 文責:ナツメミオ