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院長の一日

※文章の音声化についてはこちらをお読みください。
https://note.mu/misora_umitosora/n/nc76e754673e5

【院長】
穏やかでどこか飄々としている。医師としても優れた能力を持つ。事務長の息子の一件を知っている。

【看護師長】
病棟師長、中間管理職。妻であり母であり働く女性。厳しいことも言うが、面倒見はいい。

【救命医】
技術も医師としてのプライドも高い。救命救急センター勤務。気持ちが高ぶるとすぐ熱くなる。

【事務長】
病院の財政再建を任されている。いつも冷静で頭が良い。人としての温かみも持っているが、仕事中はあえてそれを出さない。10年前に息子を亡くしている。

【看護師】
新人看護師。良くも悪くも現代っ子で少々ノリが軽い。何となく看護師になったので「この仕事向いてない」が口癖。素敵な男性を見つけて結婚し、専業主婦になりたいと思っている。

【少年】
入院中の中学生。大きな手術を控えている。両親が離婚問題でもめている。

【場】
大きな病院の院長室→院長室前廊下

【声の年齢イメージ】
少年<看護師<救命医<事務長≦看護師長<院長

※【名前】にはお好きな名前をどうぞ
――――――――――――――――――――――

院長「仕事はどうですか? そろそろ慣れてきましたか?」

看護師「覚えることが多くて困ってます。毎日怒られてばっかりです」

院長「それは大変ですね」

看護師「私……この仕事向いてないかも」

院長「おや、それは困りましたね。こんなに白衣が似合っているのに」

看護師「あ、やっぱりそう思います? 私も最初に着た時そう思いました」

院長「えぇ、良くお似合いですよ。仕事の出来る看護師って感じですね」

看護師「院長先生口が上手いんだから」

院長「お茶もう一杯いかがです?」

看護師「はーい、いただきます」

(院長、看護師のカップを下げお茶を注ぐ)
(ドアノックSE)

院長「はい」

(看護師長、院長室に入って来る)

看護師長「院長先生、院内会議の資料をお持ちしました」

院長「おや、看護師長自らありがとうございます」

看護師長「事務に寄るついででしたから。……あら? 【看護師の名前】さん? こんな所で何をしてるの?」

看護師「えっと、お客様を院長室までご案内して来たんです」

院長「その方がすぐに帰ってしまったので、少し私の話に付き合っていただいたんですよ。……お茶どうぞ」

(院長、看護師の前にカップを置く)

看護師長「院長先生、新人看護師は覚える仕事が沢山あるんです。おしゃべりが楽しいからといって引き止めないでくださいね。【看護師の名前】さん、そろそろ仕事に戻りなさい。休憩するなとは言いませんが、こうしてる間にも覚えられる仕事は沢山あるはずよ」

看護師「……はい。失礼します」

(看護師、院長室から出て行く)

院長「あまり彼女を怒らないでくださいね。引き止めたのは私ですから」

看護師長「必要がなければ怒りませんよ。はい、こちらが頼まれていた資料です」

院長「ありがとうございます」

(院長、書類を受け取りパラパラとめくる)

看護師長「院長先生のことですから、新人から見た看護部の内情や患者さん達の話でも聞いてらっしゃったんでしょ?」

院長「ははは。ただの世間話です」

(病院長、カップを片付け始める)

看護師長「そうやってスタッフ間の人間関係や患者さんに気を配ってる」

院長「買い被り過ぎですよ。時々『もっと院長らしく振る舞えないのか』って外科部長に怒られるくらいです」

看護師長「まあ。院長先生が怒られてる所見てみたいです」

院長「鬼のような形相で叱られて泣きそうでした」

看護師長「ふふふ。ではそろそろ私も仕事に戻ります」

院長「それなら途中までご一緒に。私も院内会議の時間なので。ぜひまた遊びに来てくださいね」

看護師長「そんなこと言ってるとまた叱られますよ」

院長「外科部長には内緒にしておいてください」

(二人、院長室から出て行く)

(時計秒針SE)
(院長、院長室に入って来る)

院長「ご足労いただいて申し訳ない。確かここに……」

(院長、机の引き出しを開け書類を探す)

院長「あったあった。きちんと目を通して判も押しておきました。この予算案でお願いします」

事務長「お預かりします」

院長「お茶でもいかがですか? 事務長はいつもお忙しいからこういう時じゃないとお茶のお誘いもできない」

事務長「……それでは少しだけ」

(院長、お茶を淹れる)

院長「今日の院内会議、【救命医の名前】先生いませんでしたね」

事務長「ふっ。私の前で【救命医の名前】先生の話をするのは院長くらいです」

院長「そうなんですか?」

事務長「前回の院内会議以来スタッフ間で話題になってるのは知っていますが、直接私に話を振る人間はいませんよ」

院長「お茶どうぞ」

(院長、事務長の前にカップを置く)

事務長「その節はありがとうございました。いつもならもう少し冷静でいられるんですが、つい【救命医の名前】先生に釣られて熱くなってしまいました」

院長「事務長はいつも通り落ち着いていたと思いますよ。むしろ事情を知っているこちらが心配になるくらい冷静でした。……あれから何年ですか?」

事務長「……もう10年になります」

院長「時間が経つのは早いものですね。もうそんなになりますか。また今度、月命日にでもお邪魔させてください」

事務長「ありがとうございます。あの子も喜ぶと思います」

院長「お茶、冷めないうちにどうぞ」

事務長「いただきます」

(事務長、お茶を飲む)

院長「【救命医の名前】先生に悪意はなかったと思いますよ。ただ彼女は事務長の息子さんの件を知らない」

事務長「そこは理解しているつもりです。【救命医の名前】先生は医師として当然の発言をしたと思っています。むしろ会議の場で思う所があるのに口に出さず、後で陰口を叩く人間よりよほど好感が持てる。それに……息子の件と会議でのやり取りを一緒に考えるようなことはしないつもりです。公私混同は私の主義に反する」

院長「事務長らしいですね」

事務長「ご心配をおかけして申し訳ありません」

院長「いえいえ、私のおせっかいですからお気になさらず」

(事務長、お茶を飲む)

事務長「……お茶ご馳走様でした。そろそろ戻ります」

院長「こちらこそお引き留めして申し訳ない。予算案の方、よろしくお願いしますね」

事務長「はい。それでは失礼します」

(事務長、院長室から出て行く)

院長「さて、メールの確認と依頼された原稿の作成を……」

(ドアノックSE)

院長「ん? 事務長、忘れ物ですか?」

(院長、院長室のドアを開ける)

院長「……おや?」

少年「ここって院長室?」

院長「そうですよ。10代のお客様とは珍しいですね……入りますか?」

少年「入ってもいいの?」

院長「遠慮なくどうぞ。お茶とお菓子もありますよ」

少年「……失礼します」

(少年、院長室に入る)
(院長、院長室のドアを閉める)

少年「無駄に広いのな」

院長「応接室として使うこともありますからね。それに院長室は広い方が立派な感じがするでしょ?」

少年「おっさん本当に院長? 思ってたより何かこう……」

院長「偉そうじゃない?」

少年「うん。何か緩い感じ」

院長「ははは。辛辣ですね。ここに入院してるんですか?」

少年「……うん。俺もうじき手術するんだ。脳に何か見つかったんだって」

院長「おや、こんな所にいて大丈夫ですか?」

少年「担当の先生に連絡でもする?」

院長「私は緩い院長なのでそういうことはしません」

(院長、事務長の使っていたカップを片付け新しくお茶を淹れる)

少年「おっさん話の解る大人だね」

院長「褒め言葉として受け取っておきますよ。はい、これどうぞ」

(院長、少年の前にカップを置く)

少年「あ……ありがとう」

院長「意外と礼儀正しい少年ですね」

少年「意外は余計だ」

院長「今日はどうしてここに?」

少年「…………」

院長「言いたくないなら無理には聞きませんよ」

少年「……病室に父さんと母さんが来てるんだ」

院長「お見舞いですか。照れくさくて逃げて来たとか?」

少年「そんなんじゃねーよ。もうじき……離婚するんだ、あの二人。久々に家族全員が顔合わせたのにさ、俺の手術のこととかその後の入院とかそういうのでもめ出してさ。何かもう声聞いてるのも嫌で病院の中をうろうろしてたんだ」

院長「なるほど。大変でしたね」

少年「ホントだよ。あーゆーの見てると手術が失敗して、俺がいなくなった方が皆まとめてハッピーなのかなって思ったりする」

院長「それはないですよ」

少年「何でそんな風に言い切れるんだよ」

院長「ここは病院で、人の生死が常に繰り返される場所ですから。院長にもなると数え切れないくらいの生死を間近で見続けます。子供が先に死ぬことを喜ぶ親はいませんよ。下手をしたら何年も何十年も子供の死を引きずるくらいにね」

少年「だったら! だったら子供が『自分はいなくなった方がいい』って思うようなことするなよ!」

(少年、手が当たり勢い良くカップを倒す)

少年「あ……」

院長「火傷しませんでしたか?」

少年「…………」

院長「新しいお茶を用意しますね」

(院長、手早く机の上を片付ける)

少年「……手術より親のことがめんどくさい」

院長「私は医者です。人の命が救えても、こういう時……正直何と言えばいいか解らない」

少年「おっさん……」

院長「色んな家庭環境の患者さんがいます。例え医者が命を救っても『死んだ方が良かった』と言う人もいる。ただね、思うんです。『生きてて良かった』も『死んだ方が良かった』も生きているから感じることが出来る。生きていなければ文句を言うことも出来ない。……さっきみたいにご両親に怒鳴ったことはありますか?」

少年「どうせ俺の話なんて聞いてくれない」

院長「なら試してみてはどうでしょう。不謹慎だと怒られるかもしれませんが、息子の生死に関わる場面です。普段よりは効果があると思いますよ」

少年「そうかな」

院長「それにね、そんな若さで人生に絶望するのは早過ぎますよ。まだまだこれから楽しいことは沢山あります。沢山遊んで、適度に勉強して、やりたいことをみつけて、素敵な恋愛をして、時々無茶をして。もしかしたら君も将来無駄に広い院長室で、偉そうに仕事をする院長になるかもしれない」

少年「おっさんみたいに?」

院長「そう、私みたいに」

少年「俺もっとしっかりした大人になりたい」

院長「ははは。緩そうな大人で申し訳ない。ここのスタッフは優秀です。きっと手術は上手くいきますよ。でも、どんなに優秀なスタッフが揃っていても患者さん自身に生きたいという意思がなければ、手術を乗り越えられない時もある。だから『手術が失敗して俺がいなくなった方がいい』なんて言わないでください」

少年「……うん」

院長「ちなみに、君の担当の先生は誰ですか?」

少年「【救命医の名前】先生と、脳外科の……名前忘れた」

院長「なら今頃心配して君を探し回ってると思いますよ。それに君のご両親も【救命医の名前】先生に怒られてるかもしれませんね」

少年「え? 何で?」

院長「『自分達の子供が生きるか死ぬかの手術をするっていうのに、子供そっちのけで親が喧嘩するな!』ってね。【救命医の名前】先生なら言うと思いますよ」

少年「まじで? あの先生そんなに怖いの?」

院長「怖いですよー、怒らせないよう気を付けてくださいね。この間だって――」

(声フェードアウト)
(救命医、院長室の前に立っている)

看護師長「【救命医の名前】先生?」

救命医「しー。【少年の名前】君、院長と一緒にここにいました」

看護師長「なら一安心ですね。……中に入らないんですか?」

救命医「何だか入り辛くて。私、【院長の名前】院長って何考えてるのかよく解らないな人だな……ってずっと思ってました。でも周りを良く見て色々考えてる方なんですね」

看護師長「ふふふ、今の院長先生だけ見てると良く解らないかもしれないわね。昔は情熱的で、よく空回りしてたのよ」

救命医「【看護師長の名前】さんは、院長と一緒に仕事して長いんですか?」

看護師長「私が新人看護師……まだ看護婦って呼ばれてた頃からずっと」

救命医「そんなに前から」

看護師長「そう。あの頃は院長先生もあなたみたいに元気が良くてね、よく周りと衝突してた。聞いたわよ、前回の院内会議の話」

救命医「あははは……お恥ずかしい」

看護師長「最初にその話を聞いた時、昔の院長先生を思い出したわ」

救命医「今の院長からは全然想像できないですね」

看護師長「医者としての考え方とか、病院内の派閥とか、沢山の患者さんの生死とか。そういうのを見続けて今の院長先生がいるのよ」

救命医「院長……一部の人達から昼行燈って言われてますよね」

看護師長「あら、先生もそう思ってるんですか?」

救命医「いえ、今はそんなことないです」

看護師長「ふふふ。前は思ってたのね」

救命医「あ、余計なこと言っちゃったな。これ院長には内緒にしてくださいね」

看護師長「院長先生は全部解っててやってると思いますよ」

救命医「え?」

看護師長「昼行燈って言われてることも、何考えてるか解らないて思われてることも。でもそうすることでスタッフの声を気軽に聞くことが出来る。『偉い人が会議室で決めたことじゃなくて、現場の意見を現場に反映したい』これ、昔から院長先生の口癖です」

救命医「なるほど」

看護師長「単純に病院内の派閥争いで食えない感じが身に付いた……ってのもあると思うけど。ま、この話はまた今度ね。【救命医の名前】先生そのうち一緒にお食事でも行きませんか? 私、病院内のことなら大抵知ってるんですよ」

救命医「解りました、是非ご一緒させてください」

看護師長「それじゃ【少年の名前】君を連れ戻しましょうか」

救命医「そうですね。また行方不明にならないようにきっちり叱っておかないと」

(救命医、院長室のドアをノックする)

院長「はーい」

――――――――――――――――――――――

アドリブによる台詞の追加やアレンジ、人称や語尾変更ご自由にどうぞ。




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