無題

ある学者の罪

※文章の音声化についてはこちらをお読みください。
https://note.mu/misora_umitosora/n/nc76e754673e5

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君はこういう話を知っているかい?
ある所に不思議な力を持つ種族がいた。
彼等は普通の人間とほとんど変わらない。
ただ一つ大きく違ったのは、触れることで相手の思いや考えを理解できるという点だった。
彼等は集まって一つの国を作り生活していた。

ある日一人の学者が言った。
「直接触れられない距離にいる者とも気持ちを通わせることが出来たらいいのに」
そしてその考えに共感した者達と研究を始めたんだ。
賛同する者は多かった。
彼等は気持ちを通わせることの素晴らしさを実感として知っていたからね。

一人の学者の思いつきから始まった研究はやがて一大国家プロジェクトになる。
多くの時間・経費・優秀な人材に支えられ、やがてそのシステムは完成した。
国中に張り巡らされたネットワークを介して、触れた時と同様に思考を共有する夢のようなシステムがね。

国中がそのシステムの完成を喜んだ。
どんな場所にいても思いや考えを共有することが出来る。
言葉や行動によるすれ違いは無くなり、元々少なかった犯罪行為もゼロになった。
様々な思いや考えを共有することでどんな話し合いも円滑に進む。
人を疑う必要がなくなり、思い浮かべるだけで自分の気持ちを伝えることが出来た。
争いもなく豊かな生活が続いたんだ。

「素晴らしい」……か。
確かにそのシステムを利用した誰もがそう思った。
だが、話はここで終わらなかったんだ。

最初は子供達に影響が出た。
一人の子が怪我をしたら、それを感知した子供達全員が自分が怪我をしたと誤認識した。
友達がお腹いっぱい食事をした満足感を共有し、食事をしない子供が出始めた。
影響範囲は徐々に広がる。
憧れの人物に繋がり続けることで極端に感化され、自分自身を手放し相手そのものになってしまう男性が現れた。
まったく関わりのない他人の悲しみに触れて心を飲み込まれ、自殺未遂をはかる女性がいた。
繋がり続けることに依存し他のことに興味を持てない人間が増加。
そしてネットワークから離れることに恐怖を覚え、オフラインになれない国民が続出した。
彼等は個としての境界を見失ってしまったんだ。

たった一人、この現象をネットワークの外から観察している者がいた。
最初にこのシステムを提案した学者だった。
彼は客観的にこのシステムを監視するために、この国で唯一ネットワークに繋がっていない人間だった。
だが発案者の彼にすらもう止めることが出来ない程、事態は深刻化していた。
彼の危機感を察知した学者仲間の思いがネットワークを通して全国民に伝わる。
そして即座にネットワークの停止機能は無効にされた。

その頃には国民全体が一つの意識体のように行動していたんだ。
君は一つのことを考える時、自分の中で賛成したり反対したり傍観していたりする自分を感じたことはないか?
まさにその状態だ。
そこには個の違いという概念は存在せず、どれも自分の違った一面であるという感覚しかない。
あまりにも全てを共有し過ぎたせいで意識が溶け合ってしまったんだ。

「怖い」ね。
……私もそう思うよ。
だが、彼等にとってそれはとても幸福なことだった。
自分を見失ってしまう程に。

この話の続きかい?
彼等は危険因子である学者を国外に追放した。
そしてその後何年も国の中に閉じこもったんだ。
全ての意識が溶け合った自分達だけの世界にね。

私が再びその国を訪れた時、もう全ては終わっていた。
まるでついさっきまでそこで人々が生活していたような状態で、その国は滅んでいたよ。
直接国が滅びる原因となったものが何なのかはまだ解っていない。
だがあのネットワークの存在が大きな影響を与えたのは間違いないんだ。


君が今から手伝おうとしているのはそんな仕事だ。
人の心の弱さや闇を覗き込むことになるだろう。
軽い気持ちで手を出すべきじゃない。
それにこれは、あのシステムを造り出した私の罪だ。
君が背負う必要はないんだよ。

それでも君は私を手伝うと言うのかい?

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人称や語尾変更ご自由にどうぞ。
素敵な写真は下記サイトからお借りしました。
http://free-photos.gatag.net/2014/07/05/090000.html (c)Aurimas Adomavicius

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