マジシャンと少女
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とある街の片隅に、一人のマジシャンがいました。
どこにでもいる無名のマジシャン。
彼には小さなお友達がいました。
「ねえねえ、またあれ見せて」
「いいとも」
少女は毎日のようにマジックを見に来ます。
「今日隣のおばさんに言われたの『あれはマジックで種も仕掛けもあるんだよ』って。だから私言ってあげたわ。おばさん、あれは正真正銘の魔法よって。あの人は魔法使いなのよって!」
「おばさんは何て?」
「全然信じてくれなかった」
「そうか。それなら僕が魔法使いだってことは君と僕だけの秘密にしよう。あまり知られてしまうと僕が困るからね」
「そうなの? ならもう言いふらしたりしないわ。私これでも口が堅いんだから」
おしゃまな少女はえっへんと胸を張りました。
それを見てマジシャンは優しく微笑みます。
ある日のことでした。
いつもなら目をキラキラさせてマジックを見ている少女に元気がありません。
心配になったマジシャンは少女に尋ねました。
「どうしたんだい? 今日はやけに静かだね」
「パパとママが笑わないの。『疲れた』とか『大変だ』しか言わないの」
「それは困ったね」
「私、パパとママを笑わせようとしたわ。でも逆に怒られちゃった」
ぽろぽろぽろぽろ。
少女の目から涙がこぼれます。
マジシャンはそんな少女の頭を優しくなで、こう言いました。
「じゃあ僕がとっておきの魔法を教えよう。耳を貸して……ごにょごにょごにょ」
「やってみるわ!」
少女は彼の言葉を聞くとパッと笑顔になり駆けて行きました。
次の日。
少女がマジシャンの家にやってくると、部屋の中が綺麗に片付いています。
「お掃除中? それより聞いて! パパとママが笑ってくれたわ」
「それは良かった」
「毎日遊んでくれてありがとうって、いつも美味しいご飯をありがとうって言ったの」
「うんうん」
「寝る前に絵本を読んでくれてありがとうも、毎日キスしてくれてありがとうも!」
「たくさんの魔法を使ったね」
「私『ありがとう』が人を笑顔にする魔法だって初めて知ったわ!」
「君なら使いこなせると思っていたよ」
「ありがとう」
少女はそこで大きな旅行カバンを見つけました。
「どこかに旅行するの?」
「僕は次の街に行かなきゃいけない。この街を出るんだ」
それは突然の別れの言葉でした。
少女はどうしていいか分からず、またぽろぽろと涙をこぼします。
「もう会えないの?」
「またいつかこの街に戻ってくるよ」
「もう魔法は教えてもらえないの?」
「君はもう立派な魔法使いだ。次の魔法は君自身で探してごらん」
「……寂しいよ」
「大丈夫、僕は魔法使い。君が僕を本当に必要としている時はすぐに駆けつけるよ」
「絶対よ?」
「あぁ、約束する」
「いっぱい魔法を見せてくれてありがとう」
「どういたしまして。……おや、そろそろ時間だ。最後にもう一つだけ魔法を見せてあげる」
「本当?」
「目をつぶって10数えて」
少女はドキドキしながら目を閉じました。
「1、2、3、4、5、6、7、8、9、10!」
ゆっくりと目を開けるとそこにマジシャンの姿はありませんでした。
替わりに少女の瞳に映ったのは数え切れない程の風船達。
色とりどりの風船が部屋一杯にあふれています。
そして机の上にはメッセージカードが一枚。
『僕を信じてくれてありがとう。またね』
少女はそのカードを大事そうにポケットにしまうと、風船を一つ手に取りとびっきりの笑顔で部屋を出ていきました。
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