預かり屋
※文章の音声化についてはこちらをお読みください。
https://note.mu/misora_umitosora/n/nc76e754673e5
登場人物は預り屋(男声)、桔梗(女声)、女性(女声)の3人。
【預かり屋】
預かり屋店主。若そうに見えるが年齢不詳。つかみ所のない穏やかな人。いつも和装。
【桔梗】
猫のような女性。いつも預かり屋に入り浸っている。姐御肌。着物を色っぽく着崩していることが多い。
【女性】
美大生。預かり屋に来た客。引っ込み思案。
【場】
預かり屋。骨董屋に見える古くて和風なお店。
【声の年齢イメージ】
女性<預かり屋<桔梗
※SEはあくまでイメージ
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(出入口、引き戸が開く)
女性「こんにちは。誰かいますか? ……うわぁ、やっぱり骨董品だらけ」
(女性、引き戸を閉める)
女性「骨董屋さんなのかな?」
(女性、店内を歩く)
女性「陶磁器、漆器、これは軍隊もの? 和楽器、銀製品、彫刻、人形、おもちゃ、家具。……凄い、奥にもまだある」
(どこからともなくゴソゴソという音が聞こえる)
女性「ひゃっ!」
桔梗「あーよく寝た。――ん? あんた誰だい?」
女性「あの私……ちょっとこのお店に置いてある物を見せてもらおうと思って」
桔梗「おや珍しい、お客さんかい」
女性「いや、だから、あの……見るだけで買うかどうかは――」
桔梗「もしかしてお前さんここが骨董屋か何かだと思ってるのかい?」
女性「……違うんですか?」
桔梗「あはははは! まぁ、いいさ。この店に入って来たってことは間違いなくお客さんだ。ちょいと待ってておくれよ。今店主を呼ぶから」
女性「え? あの――」
(桔梗、呼び鈴を鳴らす)
桔梗「預かり屋~、お客さんがお待ちだよ! ただでさえ商売っ気が無いんだから、客が来たらすぐ出て来るくらいの接客したらどうだい!」
(預かり屋、階段を下りて来る)
預かり屋「桔梗さんは言いたい放題ですね。……いらっしゃいませ。ご挨拶が遅くなって申し訳ありません、私がこの店の主です。あ、この方のことはお気になさらず。店の者ではありませんので」
桔梗「いつも店番してやってるのに酷い言い草だねぇ」
預かり屋「うちの炬燵でゴロゴロしてるだけでしょうが。いいからこの蜜柑でも食べててください。お客様がビックリしてるじゃないですか」
桔梗「おや、気が利くじゃないか。炬燵にはやっぱり蜜柑だよね」
預かり屋「さて、大変お待たせいたしました。当店にいらっしゃるのは初めてでしょうか?」
女性「あ、はい」
預かり屋「ではこの店についてご説明いたしましょう。ここは『預かり屋』。形あるモノだけでなく時間、記憶、夢、痛み……何でもお預かりいたします。ただしお預かりする期間は御代によって異なりますのでご注意ください」
女性「形の無いモノを預かる?そんなことって……出来るんですか?」
預かり屋「信じる信じないはお客様次第。でもお客様はここにいらっしゃった。この店は必要としない者には見えません。何か預かって欲しいモノがある……違いますか?」
女性「預かって欲しいモノ……」
預かり屋「もし"そんなモノはない"とおっしゃるのであれば、何も預けず帰っていただいても結構ですよ」
女性「……あの、さっき夢も預かるって言ってましたよね?」
預かり屋「ええ。稀ですが、夢をお預かりすることもございます。夜眠る時に見る夢でも、自分がこうなりたいああなりたいと願う夢でも。どちらでもお預かりいたしますよ」
桔梗「最近じゃそういう客も少ないけどねぇ」
預かり屋「……蜜柑もう一個あげましょうか?」
桔梗「察しがいいね」
女性「もし……もしですよ。自分が願う夢を預けたらどうなりますか?」
預かり屋「一時的にではありますが夢を失います。そうなりたいと願わなくなり、それを叶えようと努力することも無い。これを不幸と取るか幸福と取るかは人によりますがね。叶わぬ夢なら願わない方が良いと言う人もいますから」
女性「一生そのままなんですか?」
預かり屋「ここは預かり屋です。お預かりしたものはお返ししなくてはなりません。お預かりする期間は御代によって変わりますが、いつか必ずお返ししますよ」
女性「そうですか……」
預かり屋「今すぐに預けるか預けないかの判断をしなくても大丈夫です。時間をかけて考えたいというのであれば、一度お帰りになっていただいても構いません。それでも もし預けたいモノがあると思ったら、その時はまたこの店に来てください」
女性「解りました……少し考えさせてください」
預かり屋「それでは、またのご来店をお待ちしております」
(女性、店から出て行く)
桔梗「あーあ、久しぶりの客だったのに……あっさり帰しちまって」
預かり屋「いいんですよ、急いで判断して後で後悔されても困りますし」
桔梗「それはお優しいことで。アタシはあの子、もう来ないと思うけどね」
預かり屋「なら賭けますか?」
桔梗「よし乗った! 負けたら大黒堂のたい焼きおごりだよ」
預かり屋「望むところです。彼女は必ずまた来ますよ」
桔梗「そういえば、あれから随分経つけど……夢を預けようとしてた子はまた来たのかい?」
預かり屋「あ、そうでした。賭けの結果報告を忘れていましたね。あの三日後、彼女はまた来ましたよ」
桔梗「……夢を預けに?」
預かり屋「いえ、彼女が預けたのは夢ではありません」
桔梗「じゃあ一体何を預けたんだい」
預かり屋「自分を信じられない自分を」
桔梗「ん? どういうことだい?」
預かり屋「こういうことですよ。確かあの時の新聞がここに……あ、あったあった」
(預かり屋、新聞を広げる)
預かり屋「この記事です」
桔梗「美大生が二科展入選。大学生が入選を果たすのは二科展開催以来初であり、主催者側も驚くほどの快挙である。この写真、あの子じゃないか」
預かり屋「彼女には画家になりたいという夢があった。でも画家なんてなろうと思って簡単になれる職業じゃない。成功するのはほんの一握り。美大の友達はどんどん現実と折り合いをつけて美術教師になったり、美術とは全く関係のない仕事に就いていく。親や友達にも"そろそろ現実を見ろ"と言われる始末。そんな時、彼女はこの店に入ってきたんですよ」
桔梗「なるほどねぇ」
預かり屋「三日間ずっと考えたそうです。でも夢を失ってしまうのは堪えられなかった。そこで最後の自分試しにと二科展応募を考えた。ただ……今の自分じゃ今までと何も変わらない」
桔梗「それで自分を信じられない自分を預けた……か」
預かり屋「結果、見事入選です。元々夢を叶えるための実力はお持ちで、足りないのは自信だけだったようですね」
桔梗「でもいずれ自分を信じられない自分は返すんだろ?」
預かり屋「彼女からいただいた御代でお預かりできる期間は五年。その間に自分に自信をつけてそれを乗り越えるのか、元の自分に戻ってしまうのか……それは彼女次第ですよ」
桔梗「お前さんはどっちだと思うんだい?」
預かり屋「さあ、どちらでしょうね。……そんなことよりお茶にしませんか? 桔梗さんにひとっ走り大黒堂まで行ってもらわないといけないですし」
桔梗「今すぐにかい!?」
預かり屋「僕は今すぐあの絵を見ながらたい焼きを食べたい気分なんですよ」
(預かり屋、店の片隅に飾られている絵を示す)
桔梗「あの絵……彼女と一緒に新聞に載ってるヤツじゃないか。何とか展の入選作品!」
預かり屋「あれが彼女からいただいた御代です」
桔梗「ふっ、解ったよ。今からひとっ走り行って来るよ」
預かり屋「僕の分はつぶあんでお願いしますよ!」
桔梗「あいよ!」
(桔梗、店を出て行く)
ナレーション(預かり屋)「ここは『預かり屋』。形あるモノだけでなく時間、記憶、夢、痛み……何でもお預かりいたします。またのご来店を心よりお待ちしております」
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