
作陶のひび 梅津庸一「クリスタルパレス」国立国際美術館(2/3)
第3章


我々はどこかの惑星に漂着したのか?ガンメタリックな空間に浮かび上がる生命の息遣いを感じない街が、我々をSF気分に誘い込む。《黄昏の街》は143点を1組とした陶作品だ(専用什器もある)。






第3章「新しいひび」。コロナ禍に提唱された「ニューノーマル」新しい”日々”と、陶芸におけるアクシデントの”ひび”という二重の意味が込められている。梅津はコロナ禍に人と集まることが制限されたことに加え、アートコレクティブの停滞、戦後の前衛美術の流れを汲む批評空間が萎んだと感じたことなどが重なり、自身の活動基盤が地盤沈下したような喪失感を覚え、2021年からは滋賀県甲賀市の信楽に新たに設けた拠点でひとり陶芸制作に没頭していった。それ以前に神奈川でも制作していたが、知り合いもいない土地で始めた制作活動は梅津にとって文字通り新しい日々だった。
日本六古窯の一つである信楽はたぬきの置物で有名な窯業の町として知られ、陶器の量産品を主な産業としている。しかし梅津はうつわは作らない。収縮率の異なる数種の粘土を混ぜたり、特注した梅津オリジナル釉薬を使ったりしながら、不揃いで、作家の手の跡が残る作品を作陶し続けた。成形や乾燥、一つの工程の中にも非常に多くの手間と時間がかかる。梅津は信楽での日々を「疎開」「逃避」「麻酔」などと言い表している。


あまりにたくさん並ぶため「知らないだけで本当にこういうものがあるのか?」と何かの模型にも見えてくるこちら、読み方は「かふんこしき」。空想上の器具。土台はフライパンなどうつわ型の既製品に粘土を詰めてひっくり返した形で、本来陶芸で作られる「うつわ」の用途をキャンセルする意図がある。そこから、表現の自立性を意味するような柱が立てられ、絵画のキャンバス地のようなフィルターが両側についている。左右非対称なこの形は梅津自身に残る蒙古斑の形。ちなみにこういった不安定な形状は、構造的に問題があるため陶芸界ではあまり試みられないトライアルだそう。確かに窯の熱に負けて曲がったり、乾燥を急いだためにひびが入ったりしているものもあるが、不具合やアクシデントも受け入れていくという。


土台は既製品のプラスチックのトレイを型にしてひっくり返した形で、2本の支柱の上に乗るのはサントリー角瓶など自らが飲んだお酒や栄養ドリンクの瓶を粘土で包んだものだ。乾燥すると入るひびを都度補修するが、本焼きでは、補修しきれなかったひびからガラスが溶け出てくる。ボトルメールは誰に届くか分からないという点で梅津の花粉理論とも重なり、重要な作品だ。
国立国際美術館 館長の島敦彦は記者向け発表会にて、梅津の制作態度について次のように語っていた。
「これまで関わったことのない分野に分け入ると、新しい素材や技術が持っている物語性が勝手に動き出す。そこで得た経験がすでに習得したジャンルにも還元されて、これまで使ったことがない語彙が引き出される。多分野に関わるからといって梅津さんが器用な作家だとは感じません。むしろそれぞれの分野で扱う素材や技術、あるいは歴史との初発的な出会いや、手仕事の肌触りをとても大切にして、その分野における常套手段や慣習を鵜呑みにせず、あえて手探りで、模索するような、困難な方向を選んでこられたように思います。そうしたものが従来の枠組みをゆるやかに解きほぐしていく。何か新たな視界を開くことに繋がっているように思います。」
この頃に描かれたドローイングには、陶芸で培ったカラーパレットが反映されている。反対に、ドローイングでよく見られるひし形や水玉や珊瑚のような形状が陶芸作品に表れてもいる。相互に影響し合う作品たちを確かめながらぐるりと歩く。




花粉が降り積もったようなふわふわで真っ黄色のカーペットの上に置かれている。いくつかの裸の自画像作品は、美術館やギャラリーの壁に完全にはもたれかからない、依存しない、という姿勢を体現している。


柱の上部に投影された映像作品もお見逃しなく。
第4章




第4章「現代美術産業」。また足の裏の感触が変わった。第4章の展示空間では床や壁がベニヤ板で設えられ、「作業場」の寒々しさが再現される。梅津が実際に制作をおこなっている作業場もこのような感じで、そこは巨大なガス窯や製造工場のような設備を持つ有限会社丸倍(まるます)製陶に間借りしている倉庫だ。梅津は信楽で関わり合う製陶所や材料メーカーや陶工といった、作家とは異なるフィールドでものづくりをする工人たちとの出会いにより、陶芸界に未だ根強く残る序列や現代美術界側の搾取を目の当たりにし、現代美術の産業的側面、「作品」と「製品」の境界、「つくるとは何か」という根本的な問いに意識を強めていった。[1]


作業場へ向かうときに必ず通る街並みの写真を背景に、制作の様子や丸倍製陶の方との内容の濃い対談映像が並ぶ。(YouTubeチャンネル「パープルームTV」でも視聴できる。[2])左下方には《海面を見上げるレンコン状の月》(2021年)。

普段使用しているガス窯(原寸に近い)の写真を背景に最大サイズの《花粉濾し器》(2021年)が堂々たる姿で立っている。焼く際に支えるための粘土も合わせると200kg程を使用したようだ。梅津は、信楽での制作作業は過酷な労働だったと語っている。


この展示台は信楽で実際に使用している棚。本来なら土や泥などを極度に嫌う美術館に作陶のプロセスを持ち込んだのは、工房の雰囲気を紹介するのに綺麗な完成品だけを陳列しても伝わらないと考えたためだという。

壁に掛けられているのは24点の陶板作品。大塚国際美術館に1,000点以上の陶板名画を寄せるなど日本随一の技術力を持つ大塚オーミ陶業株式会社にて制作された。3mでも反らずに焼けるという工業的な素材の上に、焼いても変色しない専用の釉薬インクを用いてシルクスクリーンで刷ったり、大量の溶剤(シンナー)で希釈して描かれたりしている。溶剤を泳ぐ顔料の流れる跡が美しい。

雑誌「ゲンロン14」の表紙絵にうさぎを描いてほしいと依頼され困惑しながら描いたドローイング。「もっとポップに」「黒がやや重い」「書店の群雄割拠の中で勝たねばならない」等、何度もダメ出しをくらって10枚の連作になったが満足がいく出来となったようだ。1枚目が下段の一番右で、採用されたのは上段の一番左。
註釈
[1]参考として次のテキストを紹介する。「これまで僕はアーティストの領分としての「つくる」ばかり考えてきたが、信楽で生活し作陶する中で、産業全般の労働に分類される「つくる」にこそ「美学的」「物理的」「政治的」すべての領域があらかじめ含まれているのだと気づかされた。それは現代アート産業における下部構造でもあったのだ。現代アートとしてわざわざソーシャリー・エンゲイジドしなくとも、作品のレイヤーを遡行的に辿っていけば必ず下部構造に行き着くのである。何がしかの文脈や美術史をリソースとした思考も自分の手仕事さえもあやしく思えてくる。美術家はその際に主体と「固有性」への認識をあらためて問われるだろう。」(梅津庸一「複製される固有の花粉たち」『梅津庸一|ポリネーター』美術出版社、2023年、iii頁)
[2]参考として次の動画を紹介する。
【パープルームTV】第191回 ひげさん Part1
【パープルームTV】第192回 ひげさん Part2
見出し画像

開催概要
梅津庸一 クリスタルパレス
主催:国立国際美術館
会期:2024年6月4日(火)~10月6日(日)
会場:国立国際美術館 地下3階展示室(大阪府大阪市北区中之島4-2-55)
開館時間:10:00~17:00 金曜・土曜は20:00まで ※入場は閉館の30分前まで
休館日:月曜日(ただし、7月15日(月・祝)、8月12日(月・休)、9月16日(月・休)、9月23日(月・祝)は開館し、7月16日(火)、8月13日(火)、9月17日(火)、9月24日(火)は休館)
※最新情報は国立国際美術館公式サイトにて。
ウェブサイト:https://www.nmao.go.jp/events/event/202400604_umetsuyoichi/
展覧会図録、会期中に刊行予定
連続対談1 梅津庸一×福元崇志(終了)
日時
2024年8月3日(土) 14:00-
登壇者
梅津庸一×福元崇志(国立国際美術館 主任研究員)
テーマ
アーティストとキュレーターが協働するということ
連続対談2 梅津庸一×筒井宏樹(終了)
日時
2024年8月17日(土) 14:00-
登壇者
梅津庸一×筒井宏樹(現代美術研究者)
筒井宏樹 現代美術研究者
1978年生まれ。専門は現代美術史。鳥取大学准教授。
著書に『イラストレーター毛利彰の軌跡:鳥取美術と戦後日本のイラストレーション史』(毛利彰の会、2019)。編著に『スペース・プラン:鳥取の前衛芸術家集団1968-1977』(アートダイバー、2019)、『コンテンポラリー・アート・セオリー』(イオスアートブックス、2013)ほか。共編著に『梅沢和木 Re:エターナルフォース画像コア』(CASHI、2018)ほか。梅津庸一編『ラムからマトン』(アートダイバー、2015)に文章を寄稿。
テーマ
梅津庸一 解体新書!!梅津年表から解剖する
連続対談3 梅津庸一×福元崇志
日時
2024年9月7日(土) 14:00-
登壇者
梅津庸一×福元崇志(国立国際美術館 主任研究員)
テーマ
クリスタルパレス展はこうして生まれた
*8月3日と9月7日の対談は内容が異なります。
連続対談4 梅津庸一×藤谷千明
日時:2024年9月21日(土) 14:00-
登壇者
梅津庸一×藤谷千明(フリーライター)
藤谷千明 フリーライター
1981年生まれ。ヴィジュアル系やオタク・サブカルチャーについての記事を執筆。
単著にエッセイ「オタク女子が4人で暮らしてみたら。」、対談集「推し問答!」、共著に「バンギャルちゃんの老後」「すべての道はV系に通ず。」など。TBS『マツコの知らない世界』V系回出演。
テーマ
v系の5年は美術における50年に相当する?
全て、先着80名 当日10:00から整理券配布(1名様につき1枚)、参加費無料
会場はB3階展示室前
参考記事
筆者プロフィール
Romance_JCT
普段は会社員です。本展にはコレクション2点が展示されております!
画像:クレジットが無いものは 撮影:みそにこみおでん
レビューとレポート