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ヴィジュアル系バンド「DIAURA」と美術家がコラボ! 梅津庸一「クリスタルパレス」国立国際美術館(3/3)

第4章

第4章 展示風景
第4章 展示風景
第4章 展示風景
第4章 展示風景
第4章 展示風景

続く第4章内の版画のゾーンでは、「作品」よりむしろ貼り巡らされた「壁紙」が目立つようだ。実はこれら壁紙は全て70cm×100cmの版画(リトグラフ)を一枚一枚繋ぎ合わせて貼ったものであり、「額の内側も外側も作品」である。梅津はとある展示[1]の機会をきっかけに、1年ほど前から東京都町田市の「版画工房カワラボ!」で版画制作を始めた。刷師に促され様々な版画技法を用いては実験を繰り返し、この1年のうちになんと600点以上の版画作品をも生み出した。
それにしてもあまりの濃度に、この空間ではもはや1点1点の作品に集中していられない。浴びるようにして作品を体感する。


《はじまり》(2023年)

「版画工房カワラボ!」へ訪問し打ち合わせに行った初日に、「やってみなよ」と言われ制作した1作目。


《残響》(2024年)

版画制作を始めた初期の頃は刷った銅版画の上に手彩色を重ね1点物にすることで作家の固有性を担保できると考えていた。しかし最近では版画工房と作家の仕事の領分を理解し、エディション(複製)作品も自身の作品だと思えるようになったとのこと。こちらの《残響》は、銅版画を刷った後、上に透けるフィルムを重ねて水彩絵具やシンナーで溶かしたクレヨンなど絵画で使用するには耐久性が低いもので描画し、描画したフィルムをスキャン後、新たな版画紙にインクジェットでプリント、そこに最初の銅版画を重ねて刷ることで出来上がるという複雑な工程を経ている。高度な技術力を持つ工房との協働の中で生まれた作品だ。


版画制作の様子を映した映像

複製といっても1版1版に、描画する時間、腐蝕する時間、刷り具合を試す時間などが重ねられている。映像のコーナーでは平版自動校正機を使ったリトグラフの刷りなどロストテクノロジー化しつつある「版画工房カワラボ!」の仕事の様子もたっぷりと見ることができる。(YouTubeチャンネル「パープルームTV」でも視聴できる。)[2]


梅津による手書きのキャプション(キャプションは会期中に追加された)

「版画とは型落ちした印刷技術を芸術に転用したものだとも言えるでしょう。銅版画もリトグラフももともとは書物をつくるための技術でした。つまり、前時代的な印刷産業の残滓と作家の感受性が結合することで、わたしたちの文明の足跡と個の想像力が同時に宿るのです。版画とは広義の意味での「青春」を複製することができる技術。」(キャプションより抜粋)


「ごあいさつ」の一部

実は本展の挨拶文や章解説は、梅津が通う「版画工房カワラボ!」で版画紙に刷られた特別仕様となっている。どこまでもこだわり抜かれた展覧会だ。



第5章

第5章 展示風景
第5章 展示風景
第5章 展示風景
第5章 展示風景
第5章 展示風景

第5章「パビリオン、水晶宮」では、万博に関連付けられる作品が多く並ぶ。そもそも本展タイトルの「クリスタルパレス」とは、1851年開催の第1回ロンドン万博で目玉展示物としてお披露目された建物「クリスタルパレス(水晶宮)」からきている。梅津は、ここ国立国際美術館が1970年の大阪万博で建てられた「日本万国博覧会美術館」を引き継いで設立されたというルーツ、そして2025年には大阪・関西万博が予定されていることなどを無視できなかったのだろう。さらに言えば日本語の「美術」という語の発生は1872年のウィーン万博に日本が出展する際に作られた言葉だと言われ、美術という枠組みの起こり、またそれ自体に眼差しを向ける時、万博を捉え直すことは避けては通れないのかもしれない。


《クリスタルパレス》(2022年)(2023年)

本展の名を冠する陶作品。クリスタル柄の壁画は梅津によるドローイング。


《5カード》(2023) 撮影:安藤裕美
《4つの機能》(2023) 撮影:安藤裕美
壁画の一部 撮影:安藤裕美



第5章 展示風景

万博で影響を受け南洋へ興味を持つゴーギャンの作品をオマージュする《死霊がわたしを見ているⅡ》(左端)、パリ万博に出展したフェルディナント・ホドラーの作品をオマージュする《昼─空虚な祝祭と内なる共同体について》(右端)



実はこの章に辿り着くまでの間も、後にも先にも美術館では耳にすることがないであろう音量でヴィジュアル系音楽が聞こえてきていた。ここではヴィジュアル系バンドDIAURAとのコラボレーションが実現した楽曲「unknown teller」のミュージックビデオが大画面に映し出されている。梅津によるとDIAURAは古き良きヴィジュアル系を受け継ぐ正統派で、知り合いづてなどではなく公式サイトの問合せフォームから熱烈アタックして企画がスタートしたようだ。映像ではAIを用いた技術によって梅津の陶芸作品がうごめいていたり、1970年の大阪万博の象徴「太陽の塔」も登場したりする。


モニターに映し出される「unknown teller」の告知映像とミュージックビデオ


硬質で動かないはずの陶作品だが、ぐにゃぐにゃ動くイメージも同時に持っているという梅津。これまでの作風からすると、水っぽさや溶け流れる造形を好むのも分かる。昨今はAIの進歩もめまぐるしいので、映像が一気に古びた印象にならないよう、一度AIで作成した映像をモニターへ映し、それを撮影した映像が採用されている。


写真左:CDジャケットにあしらわれている銅版画《unknown teller》(2024年)
写真右:楽曲ポスター

銅版画をお求めの方は「版画工房カワラボ!」に問い合わせてみるとよいかもしれない。


第5章 展示風景


ミュージアムショップ店頭 CD販売の様子

会場ミュージアムショップで、ミュージックビデオが収録されたDVD付きCDが限定販売されている。一人1枚まで、税込1,650円。♪未来を指す水晶~崩落するクリスタルパレス~……帰ってもしばらくメロディが頭から離れないだけでなく、DIAURAの他の曲も聞くようになってしまった。これが花粉を受粉したということなのか……?


《勢力図》(2023) 撮影:安藤裕美
会期中に追加されたキャプション 撮影:安藤裕美



第5章

《水差しの口を塞ぐ》[坂本夏子との共作](2023年)左
《水晶の話》[坂本夏子との共作](2013年)右


いよいよ最後のゾーン。六曲一双の屏風の作品《水難》をはじめ、《海図》《海洋廃棄物》《浮ドック》《ボトルメールシップ》といった水や海にまつわる作品が並ぶ。そういえばここは中之島、河川の中州に建つ国立国際美術館。そして薄暗いライティングが、ここが地下室だったことも思い出させる。


第5章 展示風景 撮影:村田冬実
第5章 展示風景 撮影:村田冬実



第5章 展示風景
《水難》(2021年)左、《浮ドック》(2023年)中央、《水難》(2023年)右
《雑木林に引っかかる瓶》(2021年)


《水難》(2023年) 
《水難》(2023年) 右隻
《水難》(2023年) 左隻


抜けのある空間と格子で2章のパープルームが透けて見える構成となり、照明があまりあたってないのもあって手前の《水難》の方がむしろ見づらい。


《ボトルメールシップ》(2021年)


第5章 展示風景

コポコポコポ……ドローイングされた海で破損しながら沈みゆくボトルメールシップ。


《パームツリー》(2021年)


インタビュー映像

剥き出しのセットの裏側にモニターが設置され、会場設営に大きく貢献した、インストーラー業者のスーパー・ファクトリー株式会社のスタッフ木村泰平さんへのインタビュー映像が映されている。設営中の合間にモニターのある位置で撮影された。作家とは異なる立場で展覧会をつくる人々にも興味があるようだ。


「謝辞」

会場入口付近の謝辞にはスーパー・ファクトリー株式会社スタッフらの個人名も連なっていた。


さて、海の中を泳ぐような最後の展示室を抜けると、夜明けを迎え朝日がさす最初の入り江に流れ着く。展示会場は1周が繋がっていた。

本展を企画・実現させた国立国際美術館 主任研究員の福元崇志は、記者向け発表会にて次のように話していた。
「梅津庸一さん、いろんな仕事がありますけれども、どの仕事をとっても通底している、ある問いというものがあるように僕としては感じております。それは何かと言ったら「制作する」あるいは「つくる」というのが一体どういう営みであるのか、という問いです。(中略)そもそも「つくる」というのは芸術家・美術家、そういった職能の人間だけに関係する営みではないというふうに個人的には思っています。何ならここにいる全員、全ての人間が関わらずにはいられない営みっていうのが「つくる」である。とするならば、梅津庸一さんの「つくる」ということを根底に置いている様々な仕事に触発されながら、改めて「制作する」あるいは「つくる」とは何なのか、どういう営みなのか、我々が一人一人考える場所になれば嬉しいなと」

展示を振り返りながら、「つくるとは何か」について考えてみる。つくるとは自らが立つ場所を確かめることであり、つくるとは自らの恥部を曝すことであり、つくるとは単純に労働であり、つくるとは時間を閉じ込めることであり、つくるとは誰かの心を動かすことであり、つくるとは生き様である。
腰が曲がってもなおつくり続ける梅津の姿を《パームツリー》に重ねながら思う。



☆ツウの楽しみ方
作品が置かれている什器台の一部は、過去の展覧会で用いたものを改変し再利用していて、什器台の回顧展にもなっているという。以前にも梅津個展に足を運んだことのある方は注目してみてほしい。

☆展示のウラ側
第4章の空間では、「版画工房カワラボ!」のメンバーと共に、約800枚のリトグラフを貼り合わせたとのこと。そこかしこに見つかるヨレている箇所は梅津による「作家らしい手仕事」……。



国立国際美術館 外観
国立国際美術館 内観


[1]2023年4月1日(土)~4月19日(水)に銀座 蔦屋書店にて開催された、梅津庸一作品集『ポリネーター』刊行記念展「遅すぎた青春、版画物語(転写、自己模倣、変奏曲)」。
https://store.tsite.jp/ginza/event/art/32671-1314100327.html

[2]参考として次の動画を紹介する。
【パープルームTV】第176回 実録!「遅すぎた青春、版画物語(転写、自己模倣、変奏曲)」
https://youtu.be/cqpqQrAuMN8?si=-_SiiXtridX0ozkC
【パープルームTV】第178回 梅津庸一「プレス機の前で会いましょう 版画物語 作家と工人のランデブー」
https://youtu.be/6Lq3Vt7xNjU?si=TMkrZ53rdUauM9Ql





開催概要

梅津庸一 クリスタルパレス
主催:国立国際美術館
会期:2024年6月4日(火)~10月6日(日)
会場:国立国際美術館 地下3階展示室(大阪府大阪市北区中之島4-2-55)
開館時間:10:00~17:00 金曜・土曜は20:00まで ※入場は閉館の30分前まで
休館日:月曜日(ただし、7月15日(月・祝)、8月12日(月・休)、9月16日(月・休)、9月23日(月・祝)は開館し、7月16日(火)、8月13日(火)、9月17日(火)、9月24日(火)は休館)
※最新情報は国立国際美術館公式サイトにて。

ウェブサイト:https://www.nmao.go.jp/events/event/202400604_umetsuyoichi/

展覧会図録、会期中に刊行予定




梅津庸一 クリスタルパレス 関連イベント

連続対談1 梅津庸一×福元崇志(終了)
日時
2024年8月3日(土) 14:00-
登壇者
梅津庸一×福元崇志(国立国際美術館 主任研究員)
テーマ
アーティストとキュレーターが協働するということ


連続対談2 梅津庸一×筒井宏樹(終了)
日時
2024年8月17日(土) 14:00-
登壇者
梅津庸一×筒井宏樹(現代美術研究者)

筒井宏樹 現代美術研究者
1978年生まれ。専門は現代美術史。鳥取大学准教授。
著書に『イラストレーター毛利彰の軌跡:鳥取美術と戦後日本のイラストレーション史』(毛利彰の会、2019)。編著に『スペース・プラン:鳥取の前衛芸術家集団1968-1977』(アートダイバー、2019)、『コンテンポラリー・アート・セオリー』(イオスアートブックス、2013)ほか。共編著に『梅沢和木 Re:エターナルフォース画像コア』(CASHI、2018)ほか。梅津庸一編『ラムからマトン』(アートダイバー、2015)に文章を寄稿。

テーマ
梅津庸一 解体新書!!梅津年表から解剖する


連続対談3 梅津庸一×福元崇志(終了)
日時
2024年9月7日(土) 14:00-
登壇者
梅津庸一×福元崇志(国立国際美術館 主任研究員)

テーマ
クリスタルパレス展はこうして生まれた
*8月3日と9月7日の対談は内容が異なります。


連続対談4 梅津庸一×藤谷千明
日時:
2024年9月21日(土) 14:00-
登壇者
梅津庸一×藤谷千明(フリーライター)

藤谷千明 フリーライター
1981年生まれ。ヴィジュアル系やオタク・サブカルチャーについての記事を執筆。
単著にエッセイ「オタク女子が4人で暮らしてみたら。」、対談集「推し問答!」、共著に「バンギャルちゃんの老後」「すべての道はV系に通ず。」など。TBS『マツコの知らない世界』V系回出演。

テーマ
v系の5年は美術における50年に相当する?


全て、先着80名 当日10:00から整理券配布(1名様につき1枚)、参加費無料
会場はB3階展示室前




参考記事




クリスタルパレスレポートバックナンバー





筆者プロフィール
Romance_JCT
普段は会社員です。本展にはコレクション2点が展示されております!

画像:クレジットが無いものは 撮影:みそにこみおでん


レビューとレポート