俳句とからだ 187 平井照敏編『新歳時記』
連載 俳句と“からだ” 187
三島広志(愛知県)
平井照敏編『新歳時記』
2021年9月、河出書房新社から平井照敏編『新歳時記』(全五巻)が復刊された。既に1989年発行の文庫版全五冊を所有しているが紙が劣化し読み難いので新版全五冊を買い揃えた。この歳時記は好評で初版の後、改訂版(1996)、復刻版(2015)と発行、今回は軽装版初版となる。
平井照敏(1931~2003)は加藤楸邨門の俳人であると同時にフランス文学、特に詩の研究者としても知られる。俳句結社「槙」を主宰し、私も20代後半に短い期間だが会員として参加した。また国文学誌に掲載されていた平井と草間時彦の対談で、期待される新人として黒田杏子という存在を知った。
藍の布ひろがりひろがり秋の風 照敏
俳句を志す者は歳時記を手にする。歳時記の名称は中国南方荊楚地方(長江中流域)の生活暦『荊楚歳時記』(西暦500年代)が嚆矢とされる。日本では十世紀以降、詩歌の暦として少しずつ拡充整備されたという。初めて書名に歳時記と謳ったのは『誹諧歳時記』(1804)だが、生活歴と季寄をまとめたもので現在の歳時記とは異なる。今日の歳時記の体裁は高浜虚子が『新歳時記』によって完成させた。(『俳文学大辞典』歳時記の項、角川書店等参照)。
現在書架には数種類の歳時記がある。全五巻の百科事典的歳時記を一冊にまとめたものや、季節毎に分冊されたもの。カラー写真で愉しく眺める歳時記もある。さらにスマートフォンのアプリとして『合本俳句歳時記』(角川書店)があり、現実に最も利用しているのはこれである。
平井編の歳時記に戻ろう。この本の特徴は三つある。一つは平井照敏一人で編著をしていることである。多くの歳時記はその情報量から大勢の書き手が担当しそれを複数の編集者が体裁を統一している。過去にも高浜虚子や山本健吉、中村汀女、村山古郷などが単独で編集しているが、平井の歳時記が最新であろう。二つ目は季題の本意に関して古典を紐解き詳細に解説している点だ。長い年月を費やして季語が深められてきたことが理解できる。そして三つ目は本意を最も表していると編者が考える句に*印を付けていることだ。
これらの新しい試みにより普遍的歳時記と言うよりも平井照敏にとっての季語宇宙が編まれることとなった。例えば冬の項は解説の前半で気象学的解説、後半の本意解説では『古今集』の歌、そして本意をもっとも特徴付ける句として「中年や独語おどろく冬の坂 西東三鬼」としている。これを肯うか否定するか、著者と問答しながら読むという読み物としての良さがある。
いつの日も冬野の真中帰りくる 照敏