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僕の好きなアジア映画103: ナイルの娘

『ナイルの娘』
1987年/台湾/原題:尼羅河女児/84分
監督:ホウ・シャオシェン(侯孝賢)
出演:ヤン・リン(楊林)、ルイス・ファン(樊少皇)、カオ・ジエ(高捷
、リー・ティエンルー(李天祿、シン・シューフェン(辛樹芬

基本的にこの稿においては2010年以降のアジア映画を紹介することを趣旨としているのですが、ずっと観ることを避けていた本作を漸く観る気が生じ、そしていざみてみると今まで想像していた映画とはかなり違うものだったので、例外的に感想を書いてみることにします。

僕がアジアの映画に耽溺するきっかけになった映画は侯孝賢の『冬冬の夏休み』です。以来僕は侯孝賢の大ファンで、ことのほか思い入れがあります。1995年に彼がドキュメンタリー映画祭の関連イベントで山形を訪れた時にもイベントに参加して、彼の姿を生でみられたことに大いに感激しました。

僕は彼の映画の中でも『恋恋風塵』と『非情城市』が最も好きなのですが、このナイルの娘はそれら2作品に挟まれた時期の映画でありながら「観る価値のないアイドル映画」という扱いをされてきました。レコード会社が出資して、アイドル歌手(ヤン・リン)を主演に起用した作品だったからです。本作は監督が中央電影公司という半官半民の映画会社を出た後の第一作で、経営上の観点からスターを起用する路線に舵を切った、ということもあったようです。そういう評価を鵜呑みにして、この映画を僕は観ずにいました。

アイドル歌手(ヤン・リン)

さて、結論から言うと、この映画はその評価において実に不当な扱いを受けてきた映画だと思います。それまでの彼の映画は長閑な田舎を舞台としている物が多いのですが、本作は大都会台北を背景にしています。そこがまたそれまでの彼の映画としては異色ではあり、誤解を生む原因でもあります。しかし想像をしていたような脳天気な「アイドル映画」ではありません。主役が歌ったり踊ったりしません。主役のアップばかりの映画でもありません。自身の置かれた環境の中で懊悩しつつも懸命に生きる主人公をヤン・リンが、静かに好演しています。アイドルであるかどうかは全くこの映画に影響を与えていません。

中央がヤン・リン。

また主人公の祖父役にリー・ティエンルー、主人公の兄の恋人役にシン・シューフェンなど、侯孝賢映画の常連の俳優たちも顔を見せています。

ヤン・リン(右)と左はシン・シューフェン。

本作は台北の街を背景にして刹那を切り取った切ない青春群像劇であり、美しい映像と侯孝賢らしい静謐な演出は、余計な予備知識がない方がむしろこの映画の本質的な部分を理解しやすいように思います。『恋恋風塵』から『非情城市』へと連なる監督の創作として違和感のない、美しい映画として位置付けられて良い作品だと思いました。

第5回トリノ国際映画祭審査員特別賞、第24回金馬奨最優秀音楽賞


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