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2022年ブラジル・ディスク大賞関係者投票(yamabra archive)
e-magazine Latinaで関係者投票として選んだ10枚について、各ディスクの詳細として過去にnoteにアップした記事を付します。その時点での印象なので、若干今の感想とは違うことも書いておりますが、セレクトの参考になれば幸いです。今年の次点は大好きな"EDUARDO GUDIN / Valsas, choros, e canções"。とても美しい作品でしたが、僕はやはりGudinのサンバが好きなので。全体的には結構ど真ん中(悪く言えば普通)のセレクションかもしれませんね。
1) BALA DESEJO / Sim Sim Sim
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これはかなり話題になっていますし、話題になって当然の内容ですね。Jaquesの娘Dora MorelenbaumとJulia Mestre、DônicaのLucas Nunes、同じくDônicaのZé Ibarraの若き四人の才能による注目のユニット、Bala Desejoの初のアルバムです。
Tr.2の”Baile de Máscaras”から、カラフルに疾走する生命感はなんと魅惑的なのでしょうか。久々に新鮮な驚きと、ワクワクする興奮を禁じ得ません。
サイケデリックなトロピカリアの息吹を感じさせつつも、ブラジルの伝統音楽、ラテン、ブルース、ロック、北東部音楽のなどをごった煮したメルティングポット的音楽性、思わず体が動く軽快なリズム。ホーンや弦も交えた分厚いアレンジメント、親しみやすく洗練された、しかしどここサウダーヂな旋律の高い共感度。デビュー作にしてこの完成度、カッコよさは驚きですよ。ブラジル音楽がまたアップデートされた作品、と言ってははちょっと褒め過ぎでしょうか?
2) ZÉ MIGUEL WISNIK / Vão
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寡作で知られるZé Miguel Wisnikの、単独名義としてはほんとうに久しぶりではありませんか。サン・パウロを代表するシンガー・ソングライターであり、エッセイストでもある彼の、これはソロ名義としては5作目となる、まさに待望のアルバムです。
リオの音楽とは違った、より現代的で内省的で詩的な創作は、本作でも変わりません。全ての曲に知性の煌きが感じられます。だからと言って、彼の音楽の魅力はそういうアティチュードにのみあるのではなく、音楽そのものにこそあります。その時に親しみやすく、時に複雑でメランコリックな楽曲の魅力によりもたらされる慈愛に似た感情や、「間」を感じさせる上品なサウンド。そして決して上手い歌ではないのですが、独特の説得力があるのです。
Ná Ozzetti、Mônica Salmaso、Elza Soares、娘で幾つかの曲で作詞も担当しているMarina Wisnik、サン・パウロのシンガー・ソングライターCelso Sim などが参加し、Arnaldo Antunes、Luiz Tatitなどが作詞で共作しています。Tr.2のMônica Salmasoのちょっとオフなサポートが素晴らしい。
3) LETIERES LEITE & ORKESTRA RUMPILEZZ / Moacir de todos os Santos
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率直に言って、僕は結構根にもつタイプの人間なので、随分前に本作の元となっているMoacir Santos(モアシール・サントス)の傑作"Coisas"について、ある人から言われたことを忘れていない。その人曰く「このアルバムはちょっと難解だから、君にはどうかなぁ〜、わかるのぉ〜?」って。まあ"Coisas"を徒に難解だと主張するあなたの方がどうかなぁ〜、って思ってましたけどね。
さてこのアルバムは僕なんかには到底理解できないであろうその "Coisas"(←しつこい)をLetieres Leite(レチエレス・レイチ)が解釈した作品です。バイーア出身のマエストロ、故Letieres Leite(編曲家、パーカッショニスト、サックス奏者:1959.12.8– 2021.10.27)と彼の率いるアフロ・ブラジリアン・ラージアンサンブル、ORKESTRA RUMPILEZZによる生前最後の作品。
本作は"Coisas"の持つユニークな旋律やハーモニーに、ORKESTRA RUMPILEZZによる渦巻くような怒涛のオーケストレーションと、腹の底に響くようなバイーアらしい躍動するアフロ・ブラジルのリズムとで新たな息吹を吹き込んだ、強靭にして原色の色彩感をもたらしてくれる、心が躍るように圧倒的で立体的な作品です。Letieres Leiteの編曲がまさに「神」と言えましょう。ゲストにCaetano Veloso。
4) FABIANO DO NASCIMENTO & ITIBERE ZWARG COLLECTIVE / Rio Bonito
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白状しちゃいますけど、僕は実はこの人(Fabiano do Nascimento)を、それほどシャカリキに追い求めているようなファンではないのです。例によってちょっとすご〜〜くピンとくる感じが今までのアルバムになかったんです。もちろん僕の鈍さゆえですけど。ところがですね、この作品は来たんです。こういう音楽の人なんだって改めて聴き入っています。
本作はそのFabiano do NascimentoとHermeto Pascoalのグループのベーシスト/作曲家、Itibere Zwargによるコレクティヴとのコラボによる作品です。Fabianoの自宅があるロサンゼルスと、このアルバムに参加したミュージシャンが多く住む、リオ・デ・ジャネイロの南の町、リオ・ボニートで録音されたそうです。
Fabianoの曲とギター・プレイを中心に、Itibere Zwargが、彼らしい複雑かつ密林的なアレンジを施しています。ヴァイオリン、フルート、チェロ、パーカッション、フリューゲルホルン等による色彩感あふれる美しいサウンドは、時にスリリングで実験性も感じさせますが、リズム面での軽やかなアプローチが全体的な繊細さを支えていますね。ドラマチックな叙情性を表現しつつも、決して重たくさせ過ぎない洗練を感じさせるアルバムです。
5) MOONS / Best Kept Secret
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本作は進化を続けるミナスのユニット"Moons"のニュー・アルバムで、配信は始まっているがフィジカルはこれかららしい。3年ぶり?待てよそんなに空いた?なんかコロナ禍のSNSでの活動をよく目にしているので全くそんな気がしない。
本作もMonnsらしい、月夜の音楽だ。どこか密やかな、メランコリックな旋律と、間のあるドリーミーなサウンドは、月の光のもとで聴くのが最も相応しいと感じる。そして個人的には今までの音楽を踏襲しながらも、本作は過去最高のアルバムかなぁ、と思っている。涼しげなヴィブラフォン、優しいギターの音色、浮遊感かんのあるスライド・ギター、André Travassosの鼻にかかったハイ・トーンと、Jeniffer Souzaのサウダージな歌声。、そしてそれが重鳴り合うコーラス。さらにはヴァイオリンやフルート、そしてクラリネットなどをも加えて、サウンドをより甘美に響かせている。
プロデュースはLeonardo Marques。ユニバーサルでありながら、ブラジリダージを感じさせる傑作だと思う。
6) RAFAEL MARTINI / Martelo
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ミナス新世代の兄貴分的存在と言って良いでしょう。ピアニスト/作編曲家のRafael Martini(ハファエル・マルチニ)のニュー・アルバムです。今や新世代ミナスのダイナミズムを代表するマエストロと言って良いでしょう。
参加メンバーは、Antonio Loureiro、Felipe Continentino、Joana Queiroz、Luka Milanovic、Felipe José、そして本作のキー・パーソンPedro Durães(エレクトロニカ)などミナスの才能たちが結集しています。
僕は最近年のせいか、あまりアグレッシブな音楽を体が求めないのですが、彼の音楽はとにかく異常に質が高い。実にエンテロピーが高いというか、音の密度が高い音楽です。だから流されるように、圧におされてついつい聴いてしまうのです(笑)。
プログレッシブで、壮大にしてドラマチック。エレクトロニカも絡めた緊迫感あふれるヴァイタルなアンサンブル。そしてタイトに躍動する複雑なリズム。これくらい自身の求めるところに厳しい、変な言い方だけど立派な音楽は、他に見つけ難いのではないでしょうか。
7) LEONARDO MARQUES / Flea Market Music
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コロナ禍の影響で、Leonardo Marquesの日本ツアー、そして山形公演が中止になったのは2020年の3月のことでした。あれからなんともう2年。その間SNSのおかげでなんとなく彼の音楽との距離感は保ててはいたのですが、今このニュー・アルバムを聴いて、Leonardoの音楽に対する熱がまたぶり返しています。
自身のスタジオ「イーリャ・ド・コルヴォ」で録音された、ヴィンテージ機材によるノスタルジーをくすぐるローファイ・サウンド。少し気怠くスィートなLeonardoの歌声と、耳に残る優しく親密な色合いの旋律。タイトルの通りフリー・マーケットのように、記憶の棚の中に陳列されているさまざまな物や感情や事象を厭かずに眺めている、そんな幸福感を与えてくれます。
彼の音楽の夢の中にいるような極上の心地よさは、さらにその純度を深めていて、これは掛け値なしに、期待を凌駕する、ブラジリアン・ドリーム・ポップの大傑作です。
果たして幻となってしまった彼の山形公演が実現する日は来るのでしょうか。まあ焦らずじっくりと考えましょう。
8) BRUNO BERLE / No Reino Dos Afetos
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鼻毛と髭が繋がってるんじゃないかとか、余計なことは無視しつつ、これはもう新たな「宅録の星」と言うべき素晴らしいアルバムです。
ブルーノ・ベルリは、ブラジル北東部のアラゴアス州マセイオの出身。それだけでもちょっと珍しいですよね。でもマセイオって人口が102万人もある大都市なのだそうで、だからこそこういう才能が出てくる土壌は十分あるのだと思う。
少し気怠い楽園的幸福感とでも言いましょうか、とても優しい、でも独創的で洗練されたな音楽です。ノイズやフィールド・レコーディングも交えた、くぐもったローファイ感の中、暖かで人懐こい歌声と甘い旋律と軽快に刻まれるリズムは、微睡の白日夢のように心地良い。
これ個人的には今年のベストに挙げたいぐらい好き。この夏のヘビロテになりそう。
9) JOÃO DONATO / Serotonina
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今年はブラジルのビッグネームの新作がここまであまりなかったけれど、ここにきていくつか凄いのがリリースされています。
まずはJoão Donato。彼が山形で公演を行ったのが、なんともう遠い目になる15年前(73歳)。当時から既にとても無邪気なお爺ちゃんだったのに、88歳になった今もその無邪気さはますます健在です。
本作ではドナート爺ちゃん、ほぼエレビを弾いていて、これがいつにも増してメロウな感覚を強めています。色彩感のある暖かいサウンド、相変わらずのヘタウマな歌声、独特のリズムとタイム感覚、緩いようでいて抜群のグルーヴ感も流石の一言。
タイトルはなんと「セロトニン」。抑制系の脳内神経伝達物質であり、興奮系を制御することで情動的な安定をもたらす。そのタイトル通り、ほんとに本人もリラックスして音楽を楽しんでいて、そして聴くものにはそれ以上の心地よさを与えてくれる、素晴らしいアルバムです。夏の終わりのパラダイス。ドナートさん歳を取ることを、完全に忘れているようです。
10) SESSA / Estrela Acesa
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サンパウロのシンガー・ソングライター、SessaことSérgio Sayegのニュー・アルバムです。って言っても僕は彼の過去のアルバムを聴いたことがないのです。
全体を通じて質感が特徴的、オリジナルだなぁと感じます。ブラジル音楽らしくない(という表現が正しいかどうかは置いといて)、一種の気怠さのような、仄暗い感触がちょっと今まで感じたことのないものだと思うのです。
独特のボソボソとした囁きのような歌声と、残響を持たせた女性コーラス、繰り返されるミニマルなフレーズ、弦の響き、フルートのちょっと不穏な響き、軽快なギターと硬質なベース・ライン。白日夢的な神秘性が漂っています。
淡々としているようで、聴き進めるほどになんか癖になる没入感、中毒性があります。初めて聴いたけど、サンパウロの音楽らしい実に個性的音楽だと思います。