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2024年ベストアルバム30

今年もこの時期になりました。2024年ベストアルバムです。2023年12月から2024年11月末までにnoteで紹介したフルアルバム(ほとんど新譜)の中で、これはというアルバムを30枚紹介します。ブラジルものは別に、e-magazine Latinaの関係者投票に寄稿する予定です。

今年も素晴らしいアルバムがたくさんありましたが、今回僕のセレクトで大きく例年と異なるのは韓国インディーズを6作品選んでいることです。どうか先入観を持たないで聴いてみてほしい、個性的な作品ばかりです。そして今年もCatbug、Ellen Doty、Liana Flores、Magali Datzira、Mertxell Nedderman、Minhwi Lee、Youraなど女性アーティストのアルバムが大豊作でありました。

各々に対するレビューは以前の僕のnoteの記事から流用(一部若干変更)しました。また以下に各アルバムから1曲だけリーディング・トラックを選んでプレイリストをアップしましたのでご参考に。さらに各々のアルバムの試聴リンクも付してしてあります。アーティスト名のABC順に並べています。順位ではありません。かなり長い記事になってしまいましたが、お付き合いください。




Bryony Jarman-Pinto / Below Dawn

ファーストも素晴らしかったUKのシンガー・ソングライター、Bryony Jarman-Pinto(ブライオニー・ジャーマン・ピント)のセカンド・アルバムです。外見の話をするのはまあ音楽家を表するにあたっては御法度ではあるのでしょうが、彼女は目がいいのです。意志の強そうな眼差しが素敵なのです。彼女の歌はというと、極度に感情を垂れ流すのではなく、ソウルフルであっても程よくコントロールされていて、そのシルキーな声質と歌唱が僕にはちょうど良く感じます。あまりに過剰な感情の表出は、受ける側の今の僕には厳しいので、彼女の音楽の感じがとても好ましい。サウンドはかなりジャズよりで、さらにメロウで洗練されています。インテリジェンスを感じさせる彼女の曲や歌唱を、過不足なくサポートしているように思います。2作目にして更なる進化を感じさせる好盤です。


Carlos Aguirre & Almalegría / Melodía que va

Carlos Aguirre(カルロス・アギーレ)のニュー・アルバムはAlmalegría(Luciana Insfrán、Fabricio Amaya、Sebastián Tozzola、Iván Petrich、Gonzalo Díaz)というユニット(Carlos自身を含む)をフィーチャーしたものです。Sebastian Macchi Trioで山形に来てくれたGonzalo Díazもメンバーですね。本作を聴くにつけ、とてもCarlos Aguirreらしい音楽だなと感じます。自然に抱かれているような、有機的な世界観でありながら、それを瑞々しくかつ洗練された形態で具現できるのは彼の音楽の大きな魅力です。いつもながら優しいCarlos Aguirreの歌とメロディー、麗しいLuciana Insfránの歌声、そして暖かいコーラスは、聴くものに訴えかけるものがあります。基本にフォルクローレのハートがあって、時にはアミニズム的であったり、ブラジルのフォホーのような祝祭感もあったり、しかしリリカルでスペーシーとも言える美しいサウンドは、このユニットの音楽が熟成されたものであることを窺わせます。音楽として誠実でありながら、しかし音楽としてとて面白い、期待に違わない素晴らしいアルバムです。


Catbug / Musjemeesje

ベルギーのアントワープで活動しているシンガー・ソングライター、CatbugことPaulien Rondoの、前作から3年ぶりのサード・アルバム。本作は彼女の農場とその周辺に生息する野鳥を、双眼鏡をプレゼントされたことがきっかけで観察を始めた Catbug が、そこから多くのインスピレーションを受け、新たな楽曲を制作したものだといいます。一つ一つの曲が静謐で抑えた感じですが、音楽のもつ風合いは以前に比べてぐっと深くなったように感じます。叫ばなくとも大仰ではなくとも情感は伝わるのだと、彼女の音楽は自ずと示しているかのようです。時に鳥の囀りのような余韻を残しつつ少しスモーキーな歌声と、ギターを中心にしたフォーキーでシンプルなサウンド、そして愛らしく親密なコーラス。秋の柔らかい日差しの中で清冽な空気を浴びているような美しいアルバムです。


Catpack / Catpack

Catpackは、MoonchildのAmber Navran(アンバー・ナヴラン:vo, fl)、LAジャズ・シーンのピアニスト/キーボード奏者Jacob Mann(ジェイコブ・マン: key, cl)、そしてプロデューサーのPhil Beaudreau(フィル・ボドロー:tp, vo)によるスペシャル・ユニットです。Moonchild的なメロウでドリーミーなジャズ/ネオソウル的世界観をベースにはしているけれど、そこに先鋭的エレクトロニクスが織り込まれていて、Moonchildとはまた違った、アーティスティックで時にスペーシーで、メロウな感じは少しだけ抑えめで。力強さも感じられる世界を作り上げています。3人が集まったことで、心地よさだけではない洗練を感じさせる素晴らしいアルバムです。


Charlie Grey and Joseph Peach / A Breaking Sky

前作も本当に素晴らしかった、スコットランドの音楽家、Charlie Grey (Hardanger D’Amore:チャーリー・グレイ) とJoseph Peach (Piano, Harmonium:ジョセフ・ピーチ) のデュオによる5作目であり、ニュー・アルバム。本作もまた傑作です。圧倒的に美しいアルバムです。荒涼とした景色が浮かぶようで、否が応でも郷愁を惹起されます。しかし思いを掻きむしられるような切実さを感じるのは僕だけでしょうか。僕の直感の過ちかもしれないけれど、文句なしに美しいその底辺には悲しみが横たわっているように感じるのです。トラディッショナルで優しい旋律や、祈りにすら似た音楽へ臨む情動は、聴くものを懐かしくも敬虔な気持ちへと導きます。二人の演奏は寄り添うように親密で、しかし時に化学反応も感じられる、そんな演奏に時を忘れて陶然と傾聴してください。独創的で瞑想的な、唯一無二のアルバムです。


Charlotte Day Wilson / Cyan Blue

素晴らしい声と、特別な雰囲気を持った人です。Charlotte Day Wilson(シャーロット・デイ・ウィルソン)はトロントで生まれ育った、シンガー・ソングライターでプロデューサー、そしてマルチ・インストゥルメンタリストでもあるそうです。SNSを見るとその才能が非常に注目されている方のようですね。全体的にソウル/R&Bの文脈ではあるのですが。ソウルフルであるのみならず、独特の切なさや儚さを感じさせる素晴らしい才能です。音楽がストレートでいて、すごくかっこいいです。残響を残しつつも、ソリッドな質感のサウンドと彼女のスモーキーな歌声がとても相性が良いです。彼女は白人のようだけど、その歌はとてもソウルフルで、もはやそういう人種的な事柄っていうのは全く関係ないですね。これはほんと要注目の才能です。ぼくは惚れ込みました。


Clairo / Charm

Clairo(クレイロ)はジョージア州アトランタ出身のシンガー・ソングライター。本作は彼女の最新アルバムです。これがもう期待通りというか、期待以上というべきか、とても素晴らしいアルバムです。基本的に、インディーポップとオルタナティブの要素が強く感じられる、ポップでかつキャッチーで愛すべき楽曲がたくさん収録されています。彼女の可憐で儚げなボーカルと、それをサポートした繊細なサウンドスケープが印象的です。本作では、シンセサイザーやアコースティックギターを多用した、淡い色彩感のサウンドプロダクションが特徴的で、多彩な音楽的要素を取り入れつつも、Clairoらしい個性を引き出しています。また、バックグラウンド・ボーカルやハーモニーが、楽曲に柔らかな厚みを与えています。音楽的な成長、あるいは成熟ともいうべき進化が全体的に感じられます。化けたかもしれません、この子。化けても可愛いけど、この娘の場合は。


Ellen Andrea Wang / Closeness II


Ellen Andrea Wang(エレン・アンドレア・ワングは、ノルウェーのジャズ・ベーシストでシンガー・ソングライターです。本作は彼女の4作目のアルバムで、Ellen Andrea Wangがbassとvocalを、Rob Luft(ロブ・ラフト) がguitarとbackground vocalを、Jon Fält(ジョン・フェルト)が drum, percussion, background vocalを担当しています。実にジェントルでクワイエットなコンテンポラリー・ジャズであり、またEllen Andrea Wangのシンガー・ソングライターとしての側面も十分に表現されています。ベーシストとしての演奏は実に重厚で独創的に躍動しているし、フェミニンで柔らかな歌声もとても魅力的です。北欧の音楽の持つ、特有の透明で清澄な空気感と、彼らの音楽の持つ穏やかな情感とが共存している素敵なアルバムです。


Ellen Doty / Every Little Scene

前作も頭抜けて素晴らしかったカナダのシンガー・ソングライター、Ellen Doty(エレン・ドーティ)。フルアルバムとしてはなんと6年ぶりで3作目です。本作ではピアノ・トリオに、弦楽五重奏団が加わっています。ストリングスが静謐で柔らかなピアノ・トリオの音に、色彩や立体感や物語性を加えていて、押し付けがましくない情感を醸成しています。メランコリックでいてインティメイトな楽曲は、ほとんど彼女自身が妊娠中に書き、録音したものということです。でもやはり彼女の最大の魅力は歌の力だと思います。儚い余韻を伴う歌唱、過剰にならない繊細な感情表現は彼女らしさそのものです。そして今回のこの美しいジャケット。外の薄暗さと対照的に家の中は明かりが灯っていて、暖かな情景が広がっている様子が想像されます。まさに彼女の音楽そのものが表現されているようです。


Eric Chenaux Trio / Delights of My Life

トロント・インディーズのアーティストのなかで、僕がずっとフォローしているのがこのEric Chenaux(エリック・シュノー)です。SNSを見ていると彼の繊細で滑らかな歌声に注目している記事も多いけれど、彼の最大の特徴はひしゃげたギターを中心としたユニークなサウンドと、唯一無二で異世界的と言えるそのアヴァンギャルドな楽曲にあるのではないでしょうか。もちろん歌い手としても素晴らしいけれれど、チェット・ベーカーの名前を出して比較する必要はないと思います。彼の音楽はどこを切ってもEric Chenauxであり、一聴して彼の音楽とわかるものです。さて今回は同じくトロントのRyan Driver (ライアン・ドライバー:Wurlitzer・organ) と、 electric percussionにPhillipe Melanson(フィリップ・メランソン)を迎えたトリオ編成。フランスの田舎にあるホーム・スタジオでライブ録音されたという本作も、Eric Chenauxらしい実験的なサウンドをTrio編成でさらに進化させ、彼のシルキーな歌声とで彼のワンアンドオンリーな世界に耽溺する作品です。


Ghostly Kisses / Darkroom

儚いです。Ghostly Kissesのニュー・アルバムはファンの期待を裏切らない、美しく儚い傑作です。デビュー・アルバム「Heaven Wait」が素晴らしかったケベック州のシンガー・ソングライター、Margaux Sauvé(マルゴー・ソーベ)のセカンド・アルバム。しかし彼女、なんと昨年来日していたのですか?ファンとしてはとても恥ずかしいことですが、僕は全く知りませんでした。彼女については「クワイエット・コーナー2~ 日常に寄り添う音楽集」でも僕がディスクの紹介を担当させて頂いたのですが、まさかいつの間にか来日していたなんて。吐息のような歌声、揺れる余韻と消えゆく気配は聴くものに非現実感をもたらしてくれます。氷のような冷たさを感じさせながらも柔らかな肌触りも感じられます。基本はエレクトロニカで、ビートも割としっかりしているのですが、白日夢のような幽玄で深度の深いサウンドは、彼女の音楽に極めて相応しいものです。


John Roseboro / Fools

以前にも同じようなことを書いたような気がするけれど、John Roseboro(ジョン・ローズボロ)の音楽を聴くと、このアーティストの素朴で誠実な「人の良さ」みたいなものが伝わってきます。もちろん会ったことはないので勘違いかもしれません。しかし音楽のみでそういう感じが伝わってくるというのは、少なくとも彼の音楽の持つ特徴であり、個性そのものではないでしょうか。John Roseboroはハイチ系アメリカ人で、ブルックリンを拠点とするシンガー・ソングライターです。僕にとってフェイバリット・アーティストの1人なので、彼のニュー・アルバムをいつも首を長〜〜くして待っています。素朴で暖かい(ヘタウマな)歌声、ボサノヴァ〜サンバ的なリズム、清潔なギターの音色。そこに柔らかい女性の歌声や、今回はジャジーで大人っぽいサックスやストリングスなどの音も加わって、本作もまたさらに素敵なアルバムに仕上がっています。


khc/moribet / Free to Air

khc/moribetは、2023年にこのデビューアルバムをリリースした韓国の2人組(kfcとmoribet)。まあ、フォークトロニカっていうのですかね。見事なばかりの先進性と実験性で、とんがるところはとんがって、でも音楽としても唯一無二の魅力に溢れている。緩急自在でいて、弾けるようなエンテロピーの高い音像は非常に面白いし、なんかとてもアーティスティックな魅力を備えたユニットです。このところの韓国の音楽の先進性を象徴するような、すごいぞ韓国、と言わざるを得ない作品です。彼らについてはとても情報が乏しく、khcはこのデュオを結成する前にアルバムを2枚出しており、moribetも同様にソロEPアルバムを1枚出しているそうです。しかしあまりにも情報が少なくて、初めは空中泥棒の別名だという噂が出回ったのだそうです。なるほど。


KIMBANOURKE / BINJARI

本作は1999年生まれの韓国のシンガー・ソングライター、Kimbanourke(김반월:キムバヌーク)のデビューアルバムです。一部の方の間では、評判になっていたそうですが、僕はなんと今日彼の音楽を初めて聴き、もう一瞬でその音楽の虜になりました。清廉なアコギの音を中心に据えたフォーキーな音像に、時に電子音を加えた、いわばフォークトロニカなのですが、美しく繊細で時に劇的なサウンドと、残響を残して儚く消えるような歌声と曲想は、唯一無二の透明な空気感与えてくれます。感覚的には空気泥棒などに感じる白日夢的磁場に共通するものがあります。彼の音楽は、韓国の空中泥棒とアメリカのスフィアン・スティーヴンスの影響を受けているそうです。なるほど聴いていて感じた通り空気泥棒と共通する表現が随所に感じられます。そこにKimbanourkeならではのよりアコースティックで繊細な感覚が加わって、この上なくフレッシュな感覚の音楽に仕上がっていますね。


Liana Flores / Flower of the soul

Liana Flores(リアナ・フローレスはイギリス人の父とブラジル人の母を持つ、イギリス在住のシンガー・ソングライター。2019年にEPを自主リリースしいますが、本作が初のフルアルバムらしい。彼女のことをSNSで取り上げている方も多いようですが、僕はこのアルバムで初めて知りました。2019年のEPに収録されていたこの曲「Rises the Moon」はなんと5億回再生されたらしい。

率直な感想を言っちゃうと、この子は天使です。なんですかこのまっすぐでクセのない、伸びやかで透明な歌声は童女系でイノセント。多分この子はう○ことか滅多にしません。音楽的にはBossa Novaを中心に、JazzやFolkやPopを吸収した、淡い色彩でじんわりと染み渡るサウンドと、徹底的に清純路線をキープする音楽性が、今どきむしろフレッシュで稀有ではありませんか。なんと、Jaques MorelenbaumやTim Bernardesなどが参加しているとのことで、彼女への期待の大きさも伺えます。


Lucy Rose / This Ain't The Way You Go Out

Lucy Rose(ルーシー・ローズ)は、UKのシンガーソングライター。Neil YoungやJoni Mitchellなどから影響を受けたといいます。本作は彼女の4枚目のアルバムとのことです。「とのことです」っていうくらいだから、僕は彼女のことは全く知らず、ちょっとノスタルジックなこのジャケットに惹かれて聴いてみたわけなのです。なんと彼女、結婚と出産、そして妊娠誘発性骨粗鬆症を経て本作でカムバックしたのだそうです。これがしかし内容もジャケットに負けず素晴らしいのです。愁を含んだ曲の美しさ、柔らかな包み込むように女性らしい余韻を持って、過度には個性的になりすぎず、サウンドはヴィヴィッドでドラマティック。結果として産み出される世界観は、実に個性的で感情に訴えるものです。70年代のシンガー・ソングライター達のような普遍的なグッド・ミュージックを引き継ぎ、さらにジャズやソウルの息吹も感じさせる素晴らしいアルバムです。


Luna Li / When a Thought Grows Wings

とてもインパクトのあるジャケットではないか。本作は韓国系カナダ人のシンガー・ソングライターでマルチ・インストゥルメンタリスト、Luna Li(ルナ・リー)のセカンドとなるアルバムである。まるでホラーかスプラッター映画のポスターかというジャケットではあるのだが、もちろん音楽的には全く違うわけで、でなければもちろん紹介する気も起きるわけがないのだが、本作はそのギャップが一つのインパクトではあり、彼女の中にあるアヴァンギャルドな一面を示すようにも思える。ドリームポップやインディーロック、そしてR&B、アンビエント、サイケデリアなどの要素を複合的に吸収した幅広い音楽性に、彼女の舌足らず〜ウィスパー系の歌声。ギター、ベース、ハープ、バイオリンなどの楽器を自ら演奏した、多彩なサウンドがアルバム全体を彼女の世界で染め上げている。本作について彼女は、以下のようにコメントしているそうだ。

”When a Thought Grows Wings(思考が翼を生やす時)”とは、アイデアが形になっていくこと、つまり、思考の小さな種から現実の具体的な行動へと変化していくことを意味しています


Magali Datzira / La salut i la bellesa

これは今年一番と言って良い作品ではないかと僕は思います。ほんと才能が豊かすぎます。Magali Datzira(マガリ・ダッチラ)はスペインの女性シンガー・ソングライターでベーシスト。Joan Chamorroが主催するバルセロナの青少年ジャズバンド、Sant Andreu Jazz Bandに在籍しているそうです。もちろん前作「Des de la cuina」も素晴らしいアルバムだったのですが、僕個人としては、本作はそれを遥かに凌ぐ素晴らしい作品だと思います。ちょっと聴いていて興奮するぐらい素敵な作品です。非常に耳馴染みの良いインティメートな楽曲から、美しくもアヴァンギャルドな曲想まで、とても幅広い世界が構築されています。室内楽的な前作に比べるとサウンド面でも、よりジャズ的で先進的な音をつくています。そのアイデアがとても豊かで、独創的です。はっきり言葉にできないけれど他の誰にもない「何か」があります。そして、なんと言っても彼女の歌声。すこしスペイン訛り的節回しと、フェミニンでスモーキーな声質、儚さを感じさせる余韻があります。


Meritxell Neddermann / Suelta

前作がその年のベスト級だっただけに、その後「どうなっとんねん」だったわけですが、来ましたね。およそ3年ぶりの、期待を裏切らない、いや期待を上回る素晴らしいニュー・アルバムです。Meritxell Neddermann(メリチェイ・ネッデルマン)はカタルーニャのシンガー・ソングライターでピアニスト。同じくカタルーニャのアーティストとして注目集めるJudit Neddermannは彼女の妹です。サウンド面でもスケールアップ。実に多様性に溢れた幅広い音楽性。エレクトロニカにも振れてみたり、実験的で斬新な部分も、ピアノでしっとりと歌う曲も、そしてポップでメロウな曲も、独創的で奥行きや色彩を感じさせるサウンドを作り上げています。角のないまろやかな歌声もよいですね。そして前作同様曲のレベルが非常に高いんです。カタルーニャを特に意識させるものではありませんが、ユニバーサルでドラマティックで普遍的な魅力を備えています。アーティストとしてアップグレードしたアルバムです。


Minhwi Lee / Hometown to Come

Minhwi Lee(イ・ミンフィ)は韓国の安養市に1989年に生まれ、現在はソウルで活動しているシンガー・ソングライター。韓国の女性歌手って、基本的に音程が良いこともありますが、肝が据わっているというか、自身の主張がはっきりしていて、そのことが彼女たちの音楽から感じる、どっしりした落ち着きのようなアティチュードに表れているように思います。基本的にはフォークやジャズをベースにしているですが、その音楽はそういうカテゴライズを自ずと拒絶していて、一曲一曲が一編の小説を読んでいるように物語的であり、独自の世界を構築していて、聴くものの想像力をかき立ます。とても落ち着いた歌声は、大袈裟に聴くものの感情を刺激するものではなく、秀麗なストリングスを加えたアレンジとともに、柔らかさとともにリアルな説得力を持っています。彼女の歌声は今の僕の気分にとてもフィットしています。


Peel Dream Magazine / Rose Main Reading Room

Peel Dream Magazineは、Joseph Stevens Stevensをフロントとする、男女トリオによるLAのインディー・ロックバンド。ただ本作を聴く限りあまり「インディー・ロックバンド」という括りに先入観を持つ必要はなさそうだ。メンバーはJosephのほか、ヴォーカルのOlivia Bubaka Blackと多楽器奏者のIan Gibbs。Peel DreamとはBBCの伝説のDJ.ジョン・ピール氏から拝借したバンド名とのこと。Peel Dreamという言葉にはなかなか良い訳が見出せないが、「夢のかけら」という意味ととっても良いのだと思う。スタジオ・アルバムとしては4作目となるという本作は、まさに夢のかけら的な作品だと思う。本作は極めてドリーミーな傑作だと思う。キャッチャーな旋律と囁くような男女の歌声と、瑞々しくキラキラと輝くようで浮遊感のあるサウンドは、微睡の中にあるような快感をもたらしてくれる。


Quique Sinesi / Melodías Aéreas

Quique Sinesiの新譜はソロ・アルバムです。Melodías Aéreas(空中のメロディー?)と題された本作、まさにそのタイトルから感じるイメージそのものの音楽が収録されています。清澄なギターの音色は、まさに空中に舞い上がって、スーと消えていくような、音の持つ刹那の魅力を湛えています。本作も7弦のスパニッシュ・ギター、アコースティック・ギター、ロンロコ、フレットレス・ギターなどを駆使して、澱みなく澄んだ、繊細な演奏で満たされています。実は山ブラの20年間で、最も数多く山形を訪れてくれた外国人アーティストはQuiqueさんでした。人間的に最も尊敬するアーティストの1人でもあります。寄り添うような優しい旋律と演奏は、彼のジェントルで繊細な人柄そのものに思えてなりません。当会として一切のライブ招聘をやめた今、彼に再び会うことは必ずしも容易ではないのかもしれませんが、機会があればまたお会いしたいです。本作もShagrada Medraからのリリースです。クリアーな録音も素晴らしいですね。


Sam Wilkes, Craig Weinrib, and Dylan Day / S.T.

なんて穏やかで優しいジャズなのだろうか。本作は、Sam Gendelとの共作でも知られる、LAのジャズ・ベーシストSam Wilkes(サム・ウィルクス)が、ドラムのCraig Weirib(クレイグ・ウェインリブ)、そしてギタリストのDylan Day(ディラン・デイ)とのトリオで、主として南カリフォルニアの屋外で、夕暮れの下でのセッションを収録したものだそうです。曲は彼らの曲のほか、Bob Dylan、Tom Jobim、そしてTraditionalな曲も。夕暮れの空気感がそうさせるのか、根本的に彼らの穏やかな情感を反映したゆったりとしな演奏です。輪郭が少しぼやけたような、間のある演奏が美しい残響を残します。ジャズといえばもちろんジャズなのだけれど、心情的にはフォーク的と言っても良いかもしれません。Craig Weiribのトラップドラム、Bob Dylanのエレキギター、そしてSam Wilkesのベース、3人による親密な演奏が彼らだけの温かく静謐な音の世界を作り上げています。


Scott Orr / Miracle Body

Scott Orr(スコット・オー)は、カナダはハミルトンのポップレーベル、「Other Songs」主宰でありシンガー・ソングライターです。シンガー・ソングライターといっても、彼の音楽は極めて独創的であり、本作でも彼ならではの、ちょっと特別な音の世界を構築しています。彼の作る音には、どこか微睡の中にあるような、あるいは白日夢的な非現実感があります。それはアコースティックな管や弦の響きと、柔らかにリズムを刻むパーカッション、エレクトロニカや、時にはノイズやフィールド・レコーディングを駆使しつつ、残響を残したサウンドや、ミニマルで催眠的な旋律、そしてそれらと同調した儚げで囁くような彼の歌声によって創造されるのです。記憶の密林ともいうべきか、どこか脳みその奥深くにある苔のようなものが動き出すような、不思議な魅力に溢れています。


Silvia Perez Cruz & Juan Falú / Lentamente

Sílvia Pérez Cruz(シルビア・ペレス・クルス)とアルゼンチン・フォルクローレを代表する名ギタリストJuan Falú(ファン・ファルー)とのデュオによる作品です。このアルバムには、自身たちの曲のほか、Atahualpa YupanquiやJorge Fandermoleなどアルゼンチンのフォルクローレの曲を中心にして、PixinguinhaやCaetano valosoなどブラジル音楽の楽曲も収録されています。名手Juan Falúのギターはフォルクローレらしさを堅持しつつ実に流麗で抑揚があり、品格すら感じさせる美しい演奏です。そしていつもながらSilviaの歌の華やかさと鮮やかさ。表現が強すぎると感じる場合もあるのですが、その鮮烈な歌声や感情表現にやはり魅入られてしまうのです。ミニマルな歌とギターという形態でありながら、極めて音楽的に質の高い作品であり、二人の偉大な音楽家の、音楽を通じた豊かな交歓が記録されています。


The Softies / The Bed I Made

The Softiesは、Rose Melberg(ローズ・メルバーグとJen Sbragia(ジェン・スブラジアによる、アメリカのインディーポップデュオで、1990年代から活動を続けています。このアルバムは、彼女たちの、なんと24年ぶりの新作です。とても暖かく親密な音楽です。アコースティックギターを中心にしたミニマルな編成と、シンプルで清潔なサウンドがとても魅力的だし、優しいメロディと儚さを感じさせる二人の歌声が24年のブランクを感じさせない清々しい感触に満たされています。彼女達の唄声が童女のようにチャーミングで、フレッシュで、でも切なさを秘めていて、親密なハーモニーに心地よく包まれる素晴らしいアルバムです。24年ぶりだなんてまったく感じさせない、The Softiesらしいキュートでイノセントな音楽に、静かに胸を突かれます。なんか、年を重ねても女性2人の友情がこういう女の子らしい音楽を生み出すのって、それだけでも感動してしまうのは僕がジジイだからですか。


SUMIN & Slom / MINISERIES 2

SUMINはソウル出身のプロデューサー/シンガー・ソングライター。Slomは米国生まれの韓国人ビートメーカー/音楽プロデューサー/DJ。本作は、この2人のコラボ作「MINISERIES」の、2作目です。といっても僕は1作目を聴いていないのですが。Slomの作り上げる先進的でありながらポップで、grooveのあるサウンド・クリエーションと、そして2人によるつい口ずさんでしまうような、耳に馴染みの良いキャッチーな旋律。SUMINの童女のような声質は、おそらく骨格的な類似点故に韓国でも、日本でもありがちな感じの声質だとは思うのですが、彼女は音程が素晴らしい。そしてWhisper Voiceでありながら、力強さを感じる歌唱力は唯一無二です。出色といってよい歌声だと思います。


Sven Wunder / Late Again

おもわずカッコ良い〜〜って言葉が口に出てしまったが、これはそれほどにカッコ良すぎるではありませんか。スウェーデンの音楽家Sven Wunder(スヴェン・ワンダー)のニュー・アルバムです。彼の4thアルバムであり、「夜を彩る」作品とのこと。本作はその意図を見事に叶えた素晴らしい音像と言えましょう。基本的には、ピアノとオーケストラを中心にしたジャジーなアレンジメントに、フルート、金管、弦などをフューチャーして、心地よく穏やかでいて、センシティブで洗練を極めたサウンドを構築しています。甘美にして切ない旋律に、ジャズやファンク、ソウルなどの要素を散りばめて、映像的であったり時にラウンジーであったり、これは今年1番のスタイリッシュなサウンドといえるのではないでしょうか。


YOURA / (1)

これは素晴らしい!Youra(ユラ)は、2018年頃から活動している、韓国は麗水(ヨス)市出身の女性シンガー・ソングライター。本作は彼女の2023年のデビュー・フルアルバムです。「ある日見た夢から始まり、現実と空想の間を辿る様々な風景や思考を集めて完成しました」そうです。う〜〜む、哲学的でありますが、このアルバムを聴くとその感じがなんか分かる。韓国の女性って自我がしっかり確立している、そんな感じのアーティストが多いように思います。。Tr.1の(Motif)から、もうガッチリとハートを掴まれました。音の密度が高い、とんがった先進的サウンドに、フェミニンで繊細で、でも説得力のある声の魅力。囁き系でありながら基本的に歌がメチャクチャうまいです。そしてオリジナルの曲の持つ魅力、訴えかけれくるような、胸騒ぎがするような感覚があります。わかりやすいR&B的な部分も備えながら、彼女の言葉通りの文学性や幻想性を感じさせる、切なくも疾走する音楽です。ジャケットも実に良い雰囲気だと思いません?


YUNSEOKCHEOL TRIO / My summer's not over yet

本作は韓国のジャズピアニスト/作曲家/プロデューサー、YUN SEOK CHEOL(윤석철、ユン・ソクチョル)のトリオ編成によるアルバムです。もちろんまだ韓国の音楽に詳しいとは言えない僕なので、YUN SEOK CHEOLについて全く予備知識はありませんでした。どう見てもメンバーは若そうなのですが、本作がすでに5作目とのこと。しかしM1”Sonny never gets blue”からぶっ飛びました。なんだこれメチャクチャかっこいいではありませんか。久しぶりにワクワクするようなジャズに出会えた感じです。高揚感、疾走感、爽やかな抒情性、タイトなリズム、キラキラしたエレピの音。現在の韓国の音楽の水準の高さを感じさせる傑作コンテンポラリー・ジャズです。


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