備忘: yamagata international documentary film festival 2023
4年ぶりに通常開催となった山形国際ドキュメンタリー映画祭、本当に楽しみにしておりました。仕事のある日はほとんど観ることができないのと、もう1日3作品なんていうのは体力的に不可能なので限界はあるのですが、今回は老骨に鞭打って8枠9作品を鑑賞。会場を見回すと若い世代の観客、それも女性がグッと増えたように感じました。そして作品としては、単純に事実を追いかける作品ではなく、よりフィクションの要素が入り込んできていて、ドキュメンタリーとフィクションの垣根は低くなっているように思います。改めてドキュメンタリー映画祭は面白い!しかし山形で唯一の真に国際的なイベントなのに、例によって知り合いにほとんど会わないのは残念な限りです。ドキュメンタリーっていうのはどれか一つ面白いと思う作品に出会わないと、なかなか入り込めないのかも知れません。備忘のため今回の映画祭で観た作品をまとめました。
10月6日(金)
『何も知らない夜』
A Night of Knowing Nothing
インド、フランス/2021/100分
監督:パヤル・カパーリヤー Payal Kapadia
今回の映画祭の1本目。1本目から素晴らしかった!インド社会のさまざまな問題を描いているのですが、その描き方が実に独創的。荒いモノクロの映像に時々パートカラーを混え、そこにデモやその鎮圧の場面などがクリアーなモノクロで加えられる。幻想性とリアリズムの中で政治的問題やカーストの問題などを、一人の女子学生の恋人への手紙を通して描いていく斬新な構造。効果的な音や音楽と詩的とも言える語り口でありながら、インド社会の歪みを鮮烈に暴きだしている。これは秀作です。
山形国際ドキュメンタリー映画祭2023 インターナショナル・コンペティション ロバート&フランシス・フラハティ賞(大賞)
10月7日(土)
『ある映画のための覚書』
Notes for a Film
チリ、フランス/2022/104分
監督:イグナシオ・アグエロ Ignacio Agüero
近年のドキュメンタリー映画は、フィクションとの境界がなくなってきているようです。本作もその一つ。19世紀のベルギーから派遣された鉄道建設技師の日記を準えているのですが、その技師を現代の役者が演じ、その他にも監督を含めて現在の人間が出演しています。そこにはフィクションとの境界は意味をなしません。質疑応答で「これはドキュメンタリーか?」という質問に監督が述べた「ドキュメンタリーこそ今一番自由な形態なのだ」という返答。その返答そのものの作品でした。
山形国際ドキュメンタリー映画祭2023 インターナショナル・コンペティション 優秀賞
『アンヘル69』
Anhell69
コロンビア、ルーマニア、フランス、ドイツ/2022/75分
監督:テオ・モントーヤ Theo Montoya
この作品もまたフィクションとノンフィクションとの境界を行き来する作品。コロンビアのメデジンが舞台。メデジンといえばかつては麻薬組織の拠点であり、最も危険な都市の一つ。冒頭の霊柩車の描写から生と死の境界があやふやに。劇中で再現される「幽霊の出てくるB級クィア映画」と現実との境界も徐々にあやふやになっていく。かなり衝撃的な作品。幽霊の目が赤く光っているのはアピッチャポンの『ブンミおじさんの森』へのオマージュとのこと。でも申し訳ないけど僕は個人的にはクィア映画は苦手です。
10月8日(日)
『それはとにかくまぶしい』
Radiance
日本/2023/18分
監督:波田野州平 Hatano Shuhei
前日までの三作品が厳しい社会的現実を突きつけるものであっただけに、この作品は例えコロナ禍での閉塞的状況であっても、日本の「平和」というべき現状を映し出したもので、美しい映像と編集のリズムとで、実験的でいてとても優しい素敵な作品でした。
『GAMA』
日本/2023/53分
監督:小田香 Oda Kaori
小田監督の作品の人気は凄まじく、会場30分前にはすでに100人以上の行列ができていたし、おそらくは50人程度の立ち見が出た。本作は日本の「地下」にフォーカスした、「Underground」というプロジェクトの中の沖縄編。沖縄の洞窟「ガマ」には戦時中多くの民間人が避難しており、その時の状況が実際の「ガマ」の中で、語り部によって綴られていく。映画というダイナミックな媒体でありながら、敢えて「言葉」でその悲惨な状況を伝える方法論がユニークである。
『訪問、秘密の庭』
The Visit and a Secret Garden
スペイン、ポルトガル/2022/65分
監督:イレーネ・M・ボレゴ Irene M. Borrego
じっくりとオーソドックスなスタイルのドキュメンタリー。イサベル・サンタロの、ほぼ唯一の知人として電話で監督のインタビューに答えているのはビクトリ・エリセの『マルメロの陽光』の主人公アントニオ・ロペス。長年に渡り孤独な隠遁生活を過ごす彼女に辛辣かつ執拗にインタビューを続ける監督。傲慢とも見える態度で、最初は全く姪である監督を歯牙にも掛けない「画家」であったが、徐々に芸術について、芸術家であることについて毅然と語り出す。
山形国際ドキュメンタリー映画祭2023 インターナショナル・コンペティション 山形市長賞(最優秀賞)
10月9日(月)
『あの島』
The Island
フランス/2023/73分
監督:ダミアン・マニヴェル Damien Manivel
劇中で一つの別れに関する映画が進行してゆくのですが、その映画をまさに作っている場面(リハーサルや演出)が時々映し出される。映画本体とその創作の過程を映し出す重層的なドキュメンタリー。若い俳優たちの奔放さと繊細さが共存する、その世代ならではの感性が溢れ出してきます。その中で撮影されている映画の中の情感と、俳優たちの実存とが徐々に交差して、共鳴していく心の動きがナイーヴに描かれています。監督は『イサドラの子どもたち』や『泳ぎすぎた夜』のダミアン・マニヴェル。これも好きな作品でした。
『東部戦線』
Eastern Front
ラトビア、ウクライナ、チェコ、アメリカ/2023/98分
監督:ヴィタリー・マンスキー、イェウヘン・ティタレンコ Vitaly Mansky, Yevhen Titarenko
ウクライナの東部の前線に救護隊員として赴いた共同監督のイェウヘン・ティタレンコ。生々しい戦場のシーンはまさに命がけの撮影である。東部戦線で起きている緊迫した状況に息を呑む。その合間に帰郷した兵士とその家族のなんとも長閑な食事の様子や、海辺で寛ぐ兵士たちの様子も挿入される。長閑なようでいてそれは全くの束の間で、兵士たちはまた危険な戦場へと戻っていく。戦争の悲惨さ、恐ろしさに声を失う。迫真のドキュメンタリー。
10月11日
『白塔の光』
The Shadowless Tower
中国/2023/144分
監督:チャン・リュル Zhang Lu
僕はもともとこのチャン・リュル監督の映画『慶州 ヒョンとユニ』が大好きなので、彼がインターナショナル・コンペティションの審査員を務めると知り、審査員作品の上映を楽しみしていたのです。そしてなんと上映されたのは彼の最新作であるこの映画でした。大きな出来事が起こらない映画であることから、ホン・サンスに準える人もいますが、もちろん全く違う個性です。本作も現実と非現実の境界がさりげなく曖昧なチャン・リュルらしい素敵な映画でした。ちなみに主人公の父親役を演じたのは『青い凧』などでお馴染みの中国第五世代の名匠田壮壮監督。劇中では『赤い凧』をあげていました。
受賞作品
幸いにもインターナショナル・コンペティションの受賞作を3作品観ることができました。
映画祭で会った人たち
コロナ禍でしばらく会っていなかった人たちにも映画祭の会場で会うことができました。でも5日間会場に通ってこれだけではあまりに少ないなぁ〜。
終わりに
予定通り8枠9作品を観ることができました。このところの体力だと、今回のように一日二作品ぐらいがちょうど良いです。インターナショナル・コンペティションに絞るとそれほど移動もしなくて良いし。しかしまあ映画祭は毎回ほんとに面白いです。特に最近は「映画」として興味深い作品が多いように思います。ドキュメンタリーといえば「社会的問題を深掘りするニュースの延長」くらいに思っているとしたら、(もちろんそういうドキュメンタリーにも素晴らしい作品はあるけれど)それはとても残念なことです。こんなに面白い作品が多いのに、我々の仲間も含めてなかなか山形の市民には広がりません。一体どうしたら映画祭という記憶に刻まれるべき価値を持つ体験を、皆に伝えることができるかは常に課題であり続けます。