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山形新聞「日曜随想」 2020年11月15日

 ブラジルは国土が日本の約22・5倍あり、気候的にも地方によって大きな違いがあります。またその広大な大地に先住民族のほか欧州系、アジア系、アフリカ系などさまざまな民族が居住しており、民族間の混交によって成立している国家です。その人種的多様性と地理的条件の多様性は、時としてブラジルが規格外の才能を生み出す源になっています。ポピュラーミュージックの世界では、例えばそれはエルメート・パスコアルやエグベルト・ジスモンチなど、世界的に高い評価を得ている異才たちです。そして音楽的な方向性は異なるものの、本稿で紹介するアンドレ・メマーリはその系譜を引き継ぐ、突出した才能の持ち主であり、ブラジルにおいて「現代最高のピアニスト」と評されています。

メマーリは、1977年にリオデジャネイロ近郊のニテロイ市に生まれました。5歳頃から母に師事してクラシックを専門的に学び始め、10歳頃からは独学でジャズや即興音楽を習得し、作曲も始めたといいます。その頃からプロとしてピアノやオルガンのコンサートに出演し、15歳の頃にはそれらの楽器を教える立場になります。95年にサンパウロ州立大に入学し、同じ年の大学の音楽コンクールで優勝。97年にはクラシック部門でも優勝。さらに翌年にはブラジルで最も有名なポピュラー音楽のコンペティションでも優勝を果たしました。まさに早熟の天才と言えるアーティストなのです。

 彼の音楽の基本はクラシックにあり、その分野においても数多くの仕事を残していて、現在のブラジルで最も依頼の多い作曲家でもあります。が、それと同時に若くして自己のトリオを結成し、ジャズの演奏もしていたといいます。そのため彼の音楽性は幅広く、クラシック、ジャズ、ブラジルの伝統的音楽、ブラジル大衆音楽などをのみ込んだ、ジャンルを超越したものになったのです。ピアニストとしての抜きんでた技術はもちろんですが、繊細でいて力強く輝くようなタッチ、そして壮大なスケール感は他に類をみないものです。伝統的なブラジル音楽の革新的な解釈者であり、かつ自由自在な即興演奏家でもあります。端正な演奏と作曲・編曲の底流には、聴く者の琴線に触れる豊潤な美意識と叙情が息づいています。2005年には初来日を果たし、その後も何度も来日しています。またリオデジャネイロ五輪では、閉会式のオーケストラアレンジを担当しました。

 さて、そのメマーリが初めての山形公演を行なったのは13年12月で、山寺風雅の国「馳走舎」でのピアノソロによる公演でした。現在まで多くのブラジル人アーティストが来県しましたが、彼の演奏はその中でも圧倒的でした。山形公演の1曲目に演奏された「ウン・アンジョ・ナッシ(天使が生まれる)」の、最初の音が弾かれたその瞬間から、聴衆は彼のピアノに完全に魅了されました。ただし彼がステージ衣装をトランクに入れたまま私の家に忘れてしまい、普段着で演奏していたことは、果たして観客の方は気付かれていたでしょうか?

 今回紹介するのは、2008年の「…ヂ・アルボリス・イ・バルサス(木とワルツ)」というアルバムです。モニカ・サウマーゾ(8月の本稿で紹介)などのゲストを迎えながらも、ほとんどの楽器を自身で演奏し多重録音で収録した、ピアニスト/作曲家としてのみならず、マルチ・インストゥルメンタリストとしての驚くべき才能を示した傑作です。前述した山形公演の最初の曲、典雅な「天使が生まれる」など、優美なオリジナル曲を多数収録しています。穏やかな日曜日に相応しいダイナミックで美しい名盤です。ぜひ聴いてみてください。

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