2024年ブラジル・ディスク大賞関係者投票
2024年のe-magazine Latinaのブラジル・ディスク大賞で僕が関係者投票として選んだ10枚について、今年も各ディスクの詳細として、昨年各々のディスクについてnoteにアップした記事と音源を付しました。今年も実に多様な方向性の音源がありました。その中から僕に響いたものを選んだつもりです。個人的には順位はあまり意味がありません。どのアルバムもそれぞれ最高でした。だからあまり順位に拘泥しないで聴いていただきたいです。
他の関係者のみなさんのセレクトを見ていると、どうもブラジリアン・ソウル系のディスクが増えているように思います。僕もすこしは選んでいますが、ちょっとみなさんの好みと僕の好みはずれてきた感じもします(笑)。関係者投票一位の”Liniker / Caju”も未だピンときていません。申し訳ありません。
ちなみにアルバムとして選んではいないけれど、Ze Nanoelのアルバム”Coral"のTr.1”Golden"は今年一番好きでよく聴いた曲でした。単純な繰り返しなのだけど高揚感がクセになります。
あとLiana Floresもブラジルディスク大賞に選んで良いのですか?大好きなアルバムだったけど、迷って入れませんでしたが、これはもし選んでいればベスト・オブ・ベスト級です。可愛いし。
ということで以下が僕の選んだ2024年のブラジル音楽10作品です。慣例に従い日本盤のリリースされているものはアーティスト名/タイトルをカタカナ表記にしています。また各ディスクのリーディング・トラックをプレイリストにしています。
*過去の(2004年からの)ブラジルディスク大賞関係者投票はこちらにまとめてあります。
*ちなみに見出し画像はGrokで作った「ニテロイ美術館の前から飛び立つUFO」です。
1) UBIRATAN MARQUES / Dança do Tempo
本作はピアニスト/指揮者/作曲家/編曲家そして教育者としても知られるUbiratan Marques(ウビラタン・マルケス)初の、待望のオリジナル・アルバムです。Ubiratan Marquesは、以前僕も紹介したOrquestra Afrosinfonicaの創設者。独学で音楽を勉強し始めた後、1986年にバイーア連邦大に入学。1994年からはサンパウロのトム・ジョビン自由音楽大学で、オーケストレーション、編曲、ピアノなどを学んだそうです。その後1998 年にサルバドールに戻り、国立音楽大学を設立。10年間に渡り人材の育成に尽力したそうです。本作のメンバーはUbiratan Marques(Rhodes, piano)本人と、Rowney Scott (sax soprano)、 Reinaldo Boaventura (percussão)、 Alexandre Vieira (contrabaixo, voz)などOrquestra Afrosinfonicaのメンバーが中心との事です。プロフィールだけ見ればさぞや厳しい音楽かと思いきや、アフロブラジルのリズムはやや控えめに、Rhodesとソプラノサックスコントラバスとの美しい関係性を基調にした、なんとも優しい音楽ではありませんか。それだけではなく、アフロブラジルの伝統を維持しながらもジャジーで洗練されていて、音楽として面白く、実にかっこいいのです。
2) アマーロ・フレイタス / イーエーイーエー
ブラジルの音楽界には、時として規格外の圧倒的な才能が現れるのだが、このAmaro Freitas(アマロ・フレイタス)もそういう桁外れのアーティストの一人だと思う。Amaro Freitasは北東部のrecife出身のジャズ・ピアニスト。ブラジルを代表する、というより世界的にも注目されている俊才である。本作ではアマゾンの玄関口、マナウスに因んだ作品で。先住民族の文化やアマゾンそのものの雄大で呪術的な自然観にインスパイアされているという作品。プリペアドピアノ、親指ピアノやパーカッションも使われて、荒々しく、プリミティブ情動と、それを緻密に構築しているインテリジェスと。相反するようでいて音楽的には全く矛盾がない。Jeff Parkerをゲストに迎えた「Mar de Cirandeiras」の洗練、そしてHamid Drake, Shabaka & Aniel Someillanの参加した「Encantados」の躍動。審美的でいて、爆発力も凄まじいという、実にアンビバレントな概念が自然に統合されているという稀有な音楽であります。
3) ZE IBARRA & DORA MORELENBAUM & JULIA MESTRE / LIVE AT GLASSHAUS
2022年の11月にラテングラミー賞を受賞してから2日後、ニューヨーク州ブルックリンのGlasshausで、Bala Desejo(バーラ・デゼージョ)のメンバーからLucas Nunes(ルーカス・ヌネス)を除いた残り3名(ゼー・イバーハ、ドラ・モレレンバウム、ジュリア・メストリ)で行われたライブ・パフォーマンスの録音。ちなみに僕はBala Desejoの「Sim Sim Sim」は一作年のブラジルディスク大賞で1位に選んでいるし、昨年リリースされたZe Ibarraのソロ・アルバムは昨年のブラジルディスク大賞の9位に選んでいる。要するに僕は彼らの音楽が大好きなのだ。曲はBala Desejoのオリジナル曲のほか、Chico BuarqueやCaetano Veloso、そしてDorival Caymmiなど。Bala Desejoの音楽よりグッとアコースティックなサウンドだけど、そのバイタリティーは失われていない。それぞれの歌声がとてもセンシティブで、コーラスワークも動きがあって良い。とてもリラックスした、親密さに溢れたライブ録音だと思う。
4) ブルーノ・ベルリ / ノ・ヘイノ・ドス・アフェートス2
2022年ブラジル・ディスク大賞関係者投票にセレクトした前作も素晴らしかったBruno Berle(ブルーノ・ベルリ)ですが、本作はそれを軽く超えてきた感じです。Bruno Berleはアラゴアス州マセイオ出身のシンガー・ソングライター。マセイオはDjavanと同じ出身地ですよね。「鼻毛か髭か、鼻毛と髭が地続きか」問題で揺れた前作のジャケットとは違って、明るくポップな今回のジャケットは出てくる音楽にふさわしいです。明るくて軽快で爽快感が溢れ出てくる。親しみやすく優しいメロディー・センス、アコースティックとエレクトロニカが融合したローファイ感、率直で繊細でクセのない歌声。フレッシュな、「採れたて感」のある音楽です。化けたかというとそうではなくて、ファーストの延長線上で、セカンドにして音楽的に確立した感のあるアルバムです。
5) ドラ・モレレンバウム / ピーキ
もはやJaquesとPaulaの娘さんっていうより、Bale DesejoのDora Morelenbaum(ドラ・モレレンバウム)なのだと思う。コロナ禍がなければ、ゴローさんとJaquesとPaulaの公演にDoraも一緒に山形まで来るなんていう可能性もあったのだが、もう完全に与太話で実現することは残念ながら未来永劫な句なってしまった。本作はそのDora Morelenbaumのファースト・フルアルバムである。それが想像以上に良い。とても良い。音楽的にはブラジル音楽、ファンク、ジャズ、ソウル、サイケ、ディスコなどなどの要素が混在しているが、この世代としてはごく当たり前なのだが、自然に彼女の音楽としてミクスチャーされている。共同プロデュースにはAna Flango Eletrico。コーラススとトリングスのアレンジはJaques MorelenbaumとPaul Morelenbaumが担当。サウンドの方向性は幅広くチャレンジングで、かつ華やか。でもDora Morelenbaumの声って気持ちを落ち着かせてくれるような響きがあって、とても心地よい。素晴らしいデビュー・フルアルバムである。
6) ラウ・ロー / カバーナ
Lau Ro(ラウ・ロー)はブラジル出身で、現在はUKで活動しているシンガー・ソングライター。Wax Machineというユニットのリーダーでもあります。UKで活動中だけに、本作はFar Out Recordingsからのリリースです。ブラジル以外で活動しているブラジル人アーティストは、自身、もしくは自身のブラジル音楽を、客観的に見ることができているように感じます。もっと言えば、ブラジル人以外が聴いて、自分の音楽がどう聴こえるかということがしっかり意識されているのではないでしょうか。だから聴く側はブラジル本国の音楽より、ブラジル音楽の魅力を上手く凝縮しているように感じることがあります。彼の音楽はドリーミーなボサノヴァ、アンビエント・フォーク、MPBが融合されていて、さらにサイケデリックな感覚や、ブラジルらしいアシッドな密林感があります。弦楽アレンジとエレクトロニクスが、独特の洗練とメランコリアを醸成しています。
7) Sítio Rosa, Jennifer Souza, Bernardo Bauer / Sítio Rosa
とても可愛らしい、暖かくインティメイトなアルバムです。Jennifer Souza(ジェニフェル・ソウザ)のニュー・アルバムは同じくMoonsのBernardo Bauerや、Laura Lao、Julia Baumfeldなどミナスの仲間たちと作り上げた作品です。プロデュースはJennifer Souza、Bernardo BauerとKristoff Silva。パンデミックの中、ミナスの農場でインスピレーションを受け、自然の中で子供達、そしてペット達との出会い、友情、パートナーシップなどを楽曲にしているそうです。ゲストにLuiza Brina、Fernanda Takaiなどを迎え、皆の歌声もどこまでも優しく暖かく。またフューチャーされているTomTomという子供(メンバー誰かのお子さん?)の声も大きな役割を果たしています。忘れ去った子供時代を追体験するような、繊細で愛情に溢れた優しいアルバムですが、音楽的にも今年のベストの1枚だと思います。
8) Tuyo / Paisagem
Tuyo(トゥイオ)はブラジルのパラナ州の州都、クリチーバで結成されたユニットで、メンバーはLio(リオ)とLay(レイ)のSoares(ソアレス)姉妹とJean Machado(ジーン・マシャード)の3人です。この世代の音楽は言葉はポルトガル語ではあっても、音楽的にはブラジル色を探すのが難しいぐらいユニバーサルなものです。R&B、ヒップホップ、シンセ・ポップ、エレクトロニカなどの要素を、彼らなりにmixtureして成立した多様でスーパー・ポップな音楽と言えましょう。ゲストにArthur Verocai(アルトゥール・ヴェロカイ)やLuedji Luna(ルエジ・ルナ)に迎えて、姉妹の歌の柔らかく儚い余韻や、ドリーミーなサウンド・クリエーション、時にダンサブルなトラックもあり、洗練されたとても心地よい空気をもたらしてくれます。個人的にはLuedji Lunaを迎えたTr.5"Paisagem"が一番好きかも。
9) Bernardo Zen / Tudo É Sinal
Bernardo Zen(ベルナルド・ゼン)については、もう諦めるしかないぐらい情報がほとんどないのです。かなり若い(18歳?)ようなのですが、なかなか音楽的には曲者だと思います。アルバムをフルに聴いても、ちょっとまだこの人の本音がどの辺にあるのかはわかりかねるのです。しかし彼が若いとすれば、この独特の空気感は素晴らしいのではないでしょうか。気怠く、微睡の中のようなでもあるのですが、創造のモチベーションとしては意図的な不安定さもあり、ミステリアスでもあり、結果として緩くもアヴァンギャルドでもあります。Bossa Nova的なものもあり、北東部的なものもありますが、決してそれで終わってはおりません。曲想はバラエティーに富み、時にはフォーキーでありジャジーなHipHopもあり、サイケデリックな感覚にも横溢していています。メンバーは、Uma Lira、Beto Villares、Ire Chapuis、Vic Lagunaなど。なんとBeto Villaresの名前を久々に発見。なるほど、彼が絡んでいれば、そんな単純ではないはずだと妙に納得してしまいました。結論を言えばとても面白い。
10) Orlas / Viver o Mar
Orlasは、Gal Costa、Simone、Seu Jorgeなどと共演してきたというピアニスト、Victor Chicri(ヴィクトル・チクリ)と、彼の息子でSessaやMahmundiらと共演してきた多楽器奏者Vic Delnur(ヴィック・デルヌル)によるユニットです。一時的にデュオっていうのはあるけど、こういうしっかりと親子によるユニットってちょっと珍しいかもしれません。で、ジャケを見る限りオヤジの方がちょっとイカれた感じで良いです。音楽的にはブラジルらしいダンサブルな音楽であり、ドラマティックでめちゃくちゃメロウ。お漏らしするぐらい心地よいです。微妙なチープ感や洗練された「いなたさ」なんかもちょっと感じられて、それも良い方向に聴こえちゃう。ポップではあるのですが、ストリングスアレンジがArthur Verocaiなみの胸騒ぎ系の素晴らしさ。僕のような年寄りでも自然に腰が動いてしまうとても心地よいアルバムです。