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山形新聞「日曜随想」 2020年6月28日

 以前カルロス・アギーレを紹介した稿で触れましたが、「現代フォルクローレ」と呼ばれる音楽があります。簡単に言えば、アルゼンチン・フォルクローレの伝統を継承しつつ、ジャンルの垣根を越えて、幅広く洗練された世界観を希求した音楽の総称、と理解していただいて良いと思います。その現代フォルクローレの中でも、多くのファンが記念碑的名盤として挙げるアルバムが「ルス・デ・アグア(水の輝き)」という作品です。2005年のこの作品は、セバスティアン・マッキ、クラウディオ・ボルサーニ、フェルナンド・シルヴァという3人の名義によるものでした。

 このうちセバスティアン・マッキは、昨年10月にカルロス・アギーレとともに、「セバスティアン・マッキ・トリオ」として初来日。そして文翔館で山形公演を行いました。セバスティアンは、ピアニストで作曲家、さらに歌手でもあります。1981年11月、アルゼンチンのエントレリオス州の州都パラナで生まれました。15歳で同郷の音楽家であり、現代アルゼンチン音楽を代表する存在のカルロス・アギーレと、パラナ河に作られる大規模なダム建設がもたらす自然破壊に抗議する集会で出会いました。その数日前に行われたコンサートでカルロス・アギーレの音楽にすっかり心酔していたセバスティアンは、その心情をカルロスに伝え、以後音楽的レッスンを受けるようになりました。現在では互いに盟友として認め合い、大きな信頼を置く関係です。その後寡作ながらも着実にキャリアを重ね、来日直前の2019年9月にはカルロス・アギーレとゴンサーロ・ディアスをメンバーに迎え制作した、セバスティアン・マッキ・トリオ名義のアルバム、「アグアシラバス」を発表しました。昨年の日本公演は、このアルバムの内容に準じたものでした。

 さて来日の前に。セバスティアンはとある山形の情報誌のメールインタビューを受けました。カルロスとの出会いや、今回のトリオの音楽性、日本公演への抱負などを語ったものですが、その回答のあまりの誠実さに、我々を含めて来日公演の関係者全員が心打たれました。その一部、日本のファンへ送るメッセージの部分を引用させていただきます。「親愛なる日本の友人の皆さん:あなたたちの国を訪ね演奏できることに深い喜びと感謝を感じています。音楽がもたらす感情の動きの中で、私たちの間にある全ての境界がなくなる…そんな時間が過ごせたらと願っています。会える日を待ち望んでいます。南のそのまた南から大きな愛を!」。もちろん彼の誠実さ、純粋さは言葉だけではありませんでした。山形を訪れた彼の、感謝を忘れない謙虚で真摯な、しかし愛嬌のある振る舞いは、師であるカルロス・アギーレにそっくりでした。アルゼンチン人の気性なのでしょうか、少なくとも今まで山形を訪れた彼の国の音楽家達は、皆が繊細で少年のような感性の人達ばかりです。

 アルバム「ルス・デ・アグア(水の輝き)」は、エントレリオス州プエルトルイス出身で、パラナで没した偉大なる「川の詩人」、フアン・ラウレンティーノ・オルティス(1896~1978)が遺した、パラナ河とその周辺地域の美しい自然を讃えた詩を題材として、セバスティアン・マッキが作曲した楽曲を収めたものです。川面に輝く陽光のような、雄大で穏やかな川の流れを想起させるような、審美的で映像的な音像は、確かに現代フォルクローレ屈指の名盤と呼ぶに相応しく、この上なく詩的な作品です。好評を博した本作は、10年後の2015年に同じメンバーによる続編、「オトラス・カンショーネス」もリリースされています。夏を目前にした暑い日曜日に、ぜひのんびりと聴いていただきたい作品です。

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