【読み切りショートドラマ】母さんが来た日
●高台にある墓地。初冬の晴れた昼下がり。
山田健一郎(48才、税理士)、山田家の墓参りに来ている。
墓前に花を供える。
両手を合わせ、目を閉じる。
山田のくたびれた横顔。
数日前からヒゲを剃っていない様子である。
●古びた喫茶店。店内。昼下がり。
アンティーク調の家具と穏やかなBGMが流れている。
山田が窓辺の席に座る。
男性店員:ご注文は?
山田:ホットコーヒー。
男性店員、伝票に書き込んでキッチンへ行きかける。
山田:あと。
男性店員:(立ち止まって振り返る)はい。
山田:あと、プリン・ア・ラ・モード。
男性店員:かしこまりました。
●同店内。
男性店員がホットコーヒーとプリン・ア・ラ・モードを運んでくる。
男性店員:お待たせしました。
テーブルに並べる。
山田、プリン・ア・ラ・モードをじっと見つめる。
●回想
ここと似たような喫茶店。
7,8才くらいの山田健一郎と、両親。
母:健ちゃん、好きなもの頼んでいいわよ。
幼い山田:ほんとに!? じゃあね、ぼくね、プリン・ア・ラ・モードが食べたいな!
笑顔にあふれる、幸せそうな家族の風景。
●喫茶店内。
山田、プリン・ア・ラ・モードを食べ始める。
山田の寂しげな横顔。
●小規模なビルの一室にある山田の税務事務所。午後。
薄暗く、景気が悪そうな事務所内。
少し古臭い什器類。
ブラインドも一部折れたままである。
山田、デスクについている。
デスクにはウィスキーの瓶。
山田、錠剤のシートからひとつひとつ錠剤を小皿に開けている。
すでに20錠ほど溜まっている。
(視聴者に自殺を連想させるように)
山田の青ざめた横顔。
ガチャリと音がして、ドアがそっと開く。
山田、慌ててウィスキーを足元に隠す。
女性(70代。おしゃれな服装。派手なマフラー)が入ってくる。
女性:こんにちは。(薄暗い事務所内をぐるりと見て)今日、やってらっしゃるかしら?
山田:いらっしゃい。あの、今日はお休みをいただいておりますが。
女性:あら、ごめんなさい。わたし、ちょっといま急ぎで税理士の先生を探してるものだから。
山田:は、はぁ。
女性:あなたが、税理士さん?
山田:ええ、山田です。
女性:奇遇ね。わたしも山田っていうのよ。うふふ。
言いながら、応接セットのソファに座る。
ソファのアップ。古くて、擦り切れている。
女性:よっこいしょ、っと。うちを見てくれてた税理士の先生がね、まだ若かったんだけれど、突然の事故でね、亡くなっちゃったのよ。それで、新しい顧問の先生を探してるところなの、わたし、美容院をやってるんだけれども、もう年末も近いし。急いで決めたいのよね。
山田:なるほど、それはお困りですね。
女性:今週こちらで6件目なの。なかなか決められなくてね、こういうのって、なんていうのかしら、相性ってあるじゃない?
山田:わかります。
女性:(山田をじっと見て)あなたは、いい人みたい。
山田:はぁ、それはどうも。
女性:一度うちに来て、見てほしいんだけど。できるだけ近いうちね。お願いしますね。これ、名刺。置いておくわね。(立ち上がって)お休みのところごめんなさいね。
女性、事務所の出口へ向かう。
山田:お構いもしませんで。
女性:きっと来てよね。
女性、出ていく。
事務所に静寂が戻る。
山田、席を立って、置かれた名刺を取りに行く。
名刺を手にとって、目を見開く。
山田:(驚き)え・・・?
●同事務所内、黄昏時。
西陽が差し込む事務所。
ソファに倒れ込んで、だらんと広がった山田の足。
床の上のウィスキーの瓶に西陽があたって輝いている。
カメラ、足からあがって顔を映す。
(死んだように)目を閉じた山田。
デスクの上のスマートフォンが鳴る。
20秒ほど鳴る。
いったん切れて、また鳴る。
山田、起きあがって、電話に出る。
山田:(やや朦朧としている)もしもし。
男の声:もしもし、山田?
山田:あ、はい。あの。
男:おい、大丈夫か? 声が変だぞ。俺だよ、田島。
山田:なんだ?
田島:なんだ、じゃないよ。今日飲み会の約束じゃないか。来ないから電話したんだよ。
山田:あ、今日だっけか。そうか、ごめん。
田島:忘れてたのかよ。しょうがねえな。いまどこ? 家か?
山田:いや、事務所。
田島:そうか、仕事してたのか。で、これからどうだ?
山田:うん、今日は・・・
田島:そっか。
山田:あのさ。
(間)
山田:さっき、母さんが来たんだよ。
田島:おう、そうか。珍しいな・・・、ん? お前のお袋さんは、亡くなってるんだろ? 子どもの時に。
山田:うん。もう40年前だよ。だから・・・、道理で、見ても分かるわけないよ。
田島:なに言ってんだ?
山田:いや、ごめんごめん。とにかく今日はひとりで過ごしたいんだ。
田島:それは分かった。大丈夫か? 今度また、時間作ってさ、会おうな。
山田:うん、悪いな。
電話を切る。
山田の顔。落ち着いた表情。
デスクの小皿には、錠剤が残されたままである。
●夜、住宅街。
小規模なマンションや、一軒家が並ぶ住宅街。
山田、歩いている。
マンションの前で立ち止まる。
スーツの内ポケットに手を突っ込み、名刺を取り出す。
街灯の灯りで名刺を見る。
名刺のアップ。
『山田美容室 山田逸美 中野区●● 2-16-●●』(実在しないように調整)
山田、電柱に書かれた住所を見る。
山田:このあたりだよなぁ。
山田、あたりを見渡す。
山田:(目の前のマンションを見上げて)これだよなぁ。
山田よりやや年下と思われる男性が、ひとりでそのマンションへ入っていく。山田をいぶかしげに見る。
山田、立ち去って、街灯の下で立ち止まる。
街灯に照らされた山田の横顔。
山田:母さん、ありがとう。
おわり。