彼との恋がわんだふるだったと思えた日
水たまりに落とす雫は、ぽつんと、誰の耳にも届かない音を立てて落ちる。さわさわした波は知らずのうちに広がり、やがておさまる。
一滴ではない。雨粒はとめどなく落ちるから、あの日も水たまりは賑やかだった。
雨粒で歪む透明傘を通り越して、少し先を歩く彼。「雨が似合う人だな」と思った景色を、いまだ鮮やかに覚えている。内緒にしておきたかった。あっ。と声に出すのを胸にとどめて、ちょこちょことついていくように歩いく。とても大切なものを見つけたような気がしたからだ。ひよこをやさしく、そっと手のひらで包むような、そんな気持ちだった。
おそらく、いや、絶対に。
彼にしか見せない表情があった。声も感情も仕草も言葉も、ぎこちなさや恥ずかしさが、溶けかけのジェラートのようにゆるやかに色混ざる。自意識過剰な自分の口から滑る言葉は遠くで聞こえる誰かの歌声のようで、耳がくすぐったくなった。
彼とさようならをしたときに思った。
恋でなければ、よかったのに。
こんなにも仲が良くて、こんなにも楽しいのなら、男同士の友情とやらになりたかった。恋愛になった途端もろくなる繋がりが悲しかった。
ブランコを大きく漕いでちょうどてっぺん。かかとを浮かしたサンダルを、勢いよく空に投げ出したような気持ち。ぶっきらぼうに、なるべく遠くに。投げやりな想い。
嫌になるほど、女の子だったのだ。
わたしはきっと、彼と一緒にいることが嬉しくてたまらない、可愛くてみられたいと意識する「女の子」だった。
悲しかったり、情けなかったり、恥ずかしかったり。
またいつの日か会いたいと思うときが来るのだろうか。さようなら、そしてお元気で。
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このnoteを書いたのはもう半年くらい前。
下書きに眠っていた言葉たちをひっぱりだしてみたら、ずいぶん気持ちが変わっていて。「今ではあの恋もわんだふるだったな」と言葉が浮かんだので、川に葉を落とし流すように公開ボタンを押しました。