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「バンクーバーにはかっこいい女性がたくさんいるよ」はじまりはシェアメイトの一言だった

「カナダで暮らす人たちの生き方をインタビューして書こう。そして本にしよう」と決意したのは、実はバンクーバーに到着した後のことだった。

もともと海外の女性の生き方やフェミニズム、ジェンダーについての考え方を、私自身が生活しながら肌身で感じることを交えて発信していこう、インタビューをして最終的に本にしようとは思っていたけれど、「バンクーバーに住む日本人女性の生き方も聞いてみたい。どんな人に出会い、どんな物語が書けるのだろう。自分の心境や変化も織り交ぜながら執筆をしたら、取材旅のようで面白そう」と確信を持って行動に移し始めたのは、到着後のことだった。

「本を出版したい」という気持ちは前からあった。「女性の生き方を書いたインタビュー集を作りたい」という気持ちもあった。でもそれが、どんな形でどのように実現させるのかは、きっちり計画していたわけではなかった。言うならば、バンクーバーに降り立ってみたら白紙だったところに色が付き、「この絵を描こう!」と腹が据わったのだ。

私が住んでいるのは、日本人女性専用のシェアハウス。一軒家に外国籍の大家さんが住んでいて、その一室を借りている(家具・家電、部屋、玄関は全く別)。初めてシェアメイトに初めて会った時、安心して一緒に過ごせる素敵な方だなと思った。バンクーバーに到着して2日目の緊張の抜けない私は、彼女の存在に心底救われた。共有スペースのキッチンでお茶を淹れてもらい、お互いに自己紹介をした。そのとき彼女から言われた一言が、その後の私のバンクーバー生活を方向づけることになる。

「カナダに来て、こんな大人になりたいなって思うかっこいい女性にたくさん出会うようになったかも」

これだ!と、思った。彼女の声や表情、佇まい。言葉以上に、響くものがあった。この気持ちに、まっすぐ従おう。誰にインタビューするのか、どんなふうに書くのか、本当に本にできるのか。全てまっさらだけれど、日本にいては感じられなかった気持ち、日本にいては出会えなかった人、日本にいては聞けなかった話、日本にいては調べられなかったこと。でも、カナダでだからできること。それを信じてみようと思った。何よりなんの根拠もない自分の直感を、一番に信じてみようと思った。

そして到着から3日後には、取材の企画書を書いていた。「夢中」とは、こういうことを言うのかもしれない。誰に強制されずとも身体が動いてしまう。やりたくなってしまう。

「やりたいな」から「やっていた」までのスピードがものすごく速いのは「今の私が空っぽだから」という理由も大きいかもしれない。日本では毎日仕事や家事に追われて忙しくしている方が、なんとなく安心できた。計画があった方がいい安心するし、見通しが立った方が日々も安定する。慣れた環境で生活するのは、朝から夜まで何が起こるのか、誰と会うのか、どんな時間になるのか、ある程度シュミレーションができる。でも"慣れ"とは、隙間のないことの裏返しでもある。心も身体もスケジュールも満タンになっているところには、新しいものが入る隙がない。

今の私は、空っぽだった。完全に空っぽだった。

仕事も暮らしも手放して、新しい仕事を作るべく種まきをし、新しい暮らしを始めていく。固定観念を壊しては進む、壊しては進む。その繰り返しで、慣れなどいつまで経ってもやってこない。だからこそ空っぽの私の中には、新しいものがビュンビュンと入ってきた。昨日まで想像もしなかった出会い、数ヶ月前には考えられなかった経験、次々と浮かんでくる感情や考え、きっとここに来なければ目にしなかったであろう光景。

何もないから不安だけど、何もないから楽しい。今私は、足跡が一つもない道を歩いている。ここがどこにつながっているのかも、わからないまま。

記念すべきインタビュー1人目は、私にきっかけをくれたシェアメイトの方にお話を聞きました。noteには、最初の序章の部分だけ公開しようと思います。インタビューの内容ではなく、まずは私がバンクーバーに来た理由、そこへの煮えたぎる想いをしたためました。ここから、どんな冒険が始まるのか。お楽しみに。

それでは。

***

カナダに出発する朝は、これ以上なく爽やかだった。雲ひとつない青空で、緑も美しく、空気も澄んでいて、とても美しい朝だった(と思う)。確信が持てないのは、あまりの緊張で何も感じられなかったから。成田空港に到着する頃には嗚咽がしたし、顔がこわばってうまく笑えない。見送りに来てくれた夫に話しかけられても「ああ」とか「うん」と曖昧に返事をするくらいでとにかく無口だった。チェックインカウンターには外国人がずらっと並び、それを見つめる自分の目が不安げに揺れる。喉が窮屈に感じて声が出しづらい。じんわりと手に汗をかく。ぎゅっと握りしめた手のひらを開くのも怖いくらいに、私は緊張していた。

国際線に乗るのは初めてではない。もうかれこれ20回以上乗っている。それでも、何もかもが初めてだった。家族や友人、仕事や今の暮らしを手放して一人で海を渡り、縁もゆかりもない土地で言語に不自由を感じながらゼロから生活を始めるのは。築き上げてきたキャリアがようやく安定してきたのに。一緒に生きていきたいと思える人と結婚したばかりなのに。自由に使えるお金もあって、いつでも友達と旅行や美味しいものを食べに行けるようになったのに。家族と過ごす時間の大切さにも気づいたのに。それなのに、それなのに…。

いや、だからこそ、冒険を選んだ。

このままでは、諦めるように歩みを止める自分が容易に想像できたから。「やりたいこと」と「安定・将来の不安」を天秤にかけて、だんだんと変化に臆病になり、言い訳をしながら頭でっかちに暖かい部屋から外の世界を眺めるだけの自分が想像できたから。

80代の祖母に一人でカナダに住むことを告げると、こう言った。

「結婚したんだから、家庭に入って大人しくしていればいいのに」

確かにそうだよなぁと思う。祖母が言いたいことは痛いくらいに理解できた。自分でも時々そう思う。緊張で胸を詰まらせながら冒険して生きるより、もう少し心穏やかに人生を送れないものかと。それに家族に寂しい思いをさせること、心配をかけることも心苦しかった。

でもそれ以上に、「女性としての生き方」を誰かに用意された箱に入れられることの方が、耐えられなかったのかもしれない。大人になるにつれ、就職、キャリア、結婚、妊娠・出産、子育てにまつわるいくつもの選択をナイフのように喉仏に突きつけられているようだった。そしてそこにはいつだって「女性であること」が付いてまわった。私は女性だ。でもそれは、私の全てではない。人生の大きな選択において、一人の人としてではなく、女性であることだけを主語として語られかねない社会の圧力に、「思い通りに生きてやるもんか」と中指を立て飛び出した。

もし母になることがあるとするならば、いつまでも冒険をする母の姿を子どもに見せたいと思う。女性だから、妻や母になったのだからと、やりたいことを我慢し諦めるのではなく、思うまま自由に生きられる道を次の世代に残したかった。言葉や知識で伝えるのではなく、自分の生き方、そのもので。だからこんなところで歩みを止めるわけにはいかないのだ。まだまだ、諦めるわけにはいかない。

手荷物検査のゲートを潜ると、遠くで手を振る夫がどんどん小さくなる。搭乗券を持っている人しか、その先には行けない。この瞬間が、一番胸が張り裂けそうになる。でも、それと同時に思い出す。一人でこのゲートを潜ると決めた、絶対に揺るがない覚悟を。最高にワクワクする胸の高鳴りを。
ここからはもう、一人だ。ただの旅行じゃない。住むのだ、カナダに。たった一人で。

「でもあんたは昔から冒険家だったもんね」

祖母の声がこだまする。今朝、握ってくれたおにぎりを飛行機の中で頬張りながら、朝か夕かわからない曖昧に染まった空と地平線の彼方をいつまでも眺め続けた。


バンクーバー国際空港は思ったよりも小さく、こぢんまりとしていた。外に出ると冷たい空気が頬を撫で、柔らかい日差しに出迎えられた。車窓から次々に流れるバンクーバーの街並みは秋晴れに照らされキラキラと輝いている。心の中で不安と好奇心が、猛スピードで渦を巻いた。

これから住むシェアハウスでは、日本人女性と一緒に住むことになっていた。初めて会った彼女は、私の緊張を解きほぐすように温かいお茶を淹れ、そして優しい笑顔でこう言った。

「カナダに来て、こんな大人になりたいなって思うかっこいい女性にたくさん出会うようになったかも」

心底そう思っている人の、しみじみとした言い方だった。その瞬間、私の中の何かが弾けた。

カナダで暮らす人たちの生き方をインタビューして、本を書きたい───。

彼女の声や表情、佇まい。言葉以上に、響くものがあった。

マグカップから出る湯気がゆらゆらと揺れていた。その揺らぎを見つめながら、徐々に気持ちが定まっていく。

まずは彼女の物語に耳を傾けてみたい。

それが、彼女との最初の出会いだった。

現在執筆中の原稿より

連載「本になるまで」

この連載「本になるまで」では、"バンクーバーで出版という夢を追う過程"を実況中継していきたいと思います。日記のようにつらつらと綴る日もあれば、熱く何かを語ったり、時に落ち込み喜ぶ日もあるでしょう。

完成していない、完璧じゃない物語です。どのようなエンディングを迎えるのか自分でもわかりません。本当に出版を実現するのか、実現はしなかったけど自分なりに納得するゴールに辿り着けるのか、それとも後悔が残るのか。この先何が起こるかどんな感情になるのかわからないからこそ、人生の転換にもなるであろうバンクーバー生活で心が揺れた一瞬一瞬をしっかり書き残しておきたい。そう思っています。

海外で一人暮らしをしながら、毎日いろんなハプニングが起きたり、普段は感じないような気づきや驚きに巡り会ったり、自分自身もどんどん変化してく。そんな中で、本当に無事にインタビュー集を完成させ、自分の本が本屋さんに並ぶ光景を見られるのか…?

バンクーバーで七転び八起きする様子を、海の向こうから見守っていただけたら嬉しいです!

▼今後、マガジンにまとめていくので気になる方はぜひフォローください。

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