見出し画像

私がここにいる理由 5 (リモートの欠点について)

おはようございます。

今月は雪の多いNYです。

雪は面倒なことは多いですが、まとまった雪が降ると、雪だるま作ったり、そり遊びしたり楽しいですよね。私も2mくらいの雪だるまを彼と作りました。笑

さて、前回までの話、
東京で照明デザイナーをしていた私、かねてからあった海外でも働いてみたいという思いを胸にNYに来て、学校で勉強、そんな中、元彼とのデートDV的なトラブルがあり落ちこんでいる中、ひょっこりとチャンスが来て、晴れて一流照明デザイン事務所に就職して修行の日々のお話。
今回はリモートでの仕事と、燃え尽きて仕事を離れるまでの話を書きます。

(今回内容的にちょっとネガティブな発言が多いかもしれませんが、お許しください。なるべく正直に書きたいと思っています。)


リモートワークの始まり


2019年の7月から、NYのとある照明デザイン事務所に入社して、ジュニアデザイナーとして働き始ました。翌年2020年の頭から、コロナの話が話題になってきました。

アメリカはコロナに対して動き出すのが遅かった。
トランプさんがコロナを舐めきってたので、その間にとっくに広がっていたと思います。やっと動き出した頃にはもう大変な事態。3月半ばからNYでもState of Emergency(緊急事態宣言)が発令されました。

会社はその直前からリモート作業に急遽切り替え、その直後ロックダウンとなりました。
その対応は、直前で本当にギリギリだけど、ロックダウンになる前の時間がない中よく間に合わせたねっていう、鮮やかな迅速な対応でした。笑 
急遽社員は、会社に個人のLaptop を持って行って、会社の自分のPCにリモートアクセスできるサービスを個人のLaptopにインストールしました。個人PCがない人のために会社はいくつかLaptopを用意したかと思います。
遠隔で会社のPCを操作するという方法でしたので、ソフトやデータは全て、出勤して作業していた時と同じ内容のものが行えました。

それから、会社はもともとインターナショナルなので、リモートでの作業やZoomなどでの会議は常だったのは非常にプラスに働いたと思います。

周りからは、事務所が完全にクローズになってロックダウン期間働けない/お金も支払われない、とか、レストランは一度全員解雇になったりとか聞いていた中、私は仕事があって、お金が稼げるというのは非常に有り難く、貴重な職場でした。

世の中がそんな異常事態の中、なんとなく「自宅勤務かー、忙しいうちの会社もちょっとスピードダウンするのかしらー」なんて呑気に思っていた私(笑)実際は全く逆でした。
このコロナの中、プロジェクトが止まる訳ではなく、むしろ大きなプロジェクトの色々なフェーズの締め切り日がロックダウン前からありえないほど前倒しになっていて、その状況がコロナでもなぜか変わらない(笑)
どうにか間に合わせるため、うちのチームはしゃかりきになって一日中絶え間なく自宅で働くこととなりました...

うちのチームは全部で6人~8人いて、(リモート間でインターンが入れ替わるので数は変化が多少あります)
組織としては、シニア アソシエイトがうちのチームのボスでした。その下にシニアデザイナーが2人いて、デザイナーがその下に私含め3人、インターンが1~2人です。他のチームは確か4チームありました。

うちのボスはシニア アソシエイトなので、チームが抱える全部のプロジェクトに関わっていますし、うちのチーム以外のこと、会社全体のことも見なくてはいけないポジション。とにかく彼女はめちゃくちゃ忙しいです。
シニア アソシエイトの彼女がチームのシニアデザイナーの二人に仕事を振り、シニアは仕事を整理分担して他のデザイナー達に仕事を割り当てていきます。


リモートの問題点


今まではチームでそれぞれが何をしていてどのように動いているか、実際目で見れていた中、リモートで顔が見えないと誰が今何をしているか、その仕事はどのくらい時間がかかって、どのくらい大変なものか、どんなトラブルに苦労しているか、などは全く見えてきません。

これはリモートに関わらず、事務所でも同じことですが、チームで仕事を進めていく中で、以下のようなことがあります。

チームでは、タイトなスケジュールと膨大な仕事量をスケジュールを立てて運んで行こうとしますが、実際作業を始めると、色々問題が起こって時間をロスしたり、検討した結果やり直したり色々ありますよね。

我々下のスタッフ達は、仕事を振られる時点で、例えばこの照度計算を3時間でプレゼン資料にまとめ上げるまでできるか、やってほしい、とシニアから伝えられます。
で、始める時は、まだ蓋を開けていないので、とりあえず了解する訳です。で、蓋を開けると、聞いていないよ!!っていう感じで超難しいのが毎回です。色んな問題が浮上して全然3時間じゃ終わらない。笑 

シニアは仕事もとても早いし有能ですし、一貫してそのプロジェクトに関わって内容を理解しているので、彼らからしたらこのタスクは簡単だよ、と毎回言う訳です。

でもジュニアとしては、シニアに仕事を振られるままに、こっちのプロジェクトで照度計算をして、また違うプロジェクトのレンダリングの仕事をして、と仕事内容が細切れで振られるので、一貫してのプロジェクトの内容が見えてこない。

なので、作業を始め、内容にいざ目を通すと、
 え?て言うかそもそも、このスペース何?とか、
 この資料とこの資料で器具が一致しないけど、結局どの器具使えばいいの?
とか、たくさんの謎にぶち当たります。

もちろんシニアに確認しますけど、全部丁寧に教えてくれる訳じゃないしそんな時間もない、ある程度のところは自分で解決していかなきゃいけない。
だから実際の作業時間の他に、理解して仕事を始めるまでの時間が毎回必要なのです。
シニアは3時間で終わるものと期待しているから、実際作業しているものとしては常にプレッシャーがあり、焦ります。

トラブルがあった時や、これはこの時間では終わらないと思った時は、シニアに伝えるようにしていましたが、タイトな締め切りが変わる訳ではなく...
シニアからしょっちゅう、どう?どのくらい進んでいる?もうすぐ終わりそう?とか来るのもまたプレッシャー。笑 

リモートでは顔が見えない分、チャットやZoomや電話でコミュニケーションを密にしていかなくてはいけない。ちょっと肩越しに覗いて、ウンウン、やってるね、とできないですからね。
だから必要なことなんですが、ちょっと休憩したりご飯食べてても、ひっきりなしにメッセージが来ます。
もちろん今ご飯食べているから30分後に作業します、とか伝えていましたが、やっぱり気持ちが落ち着かないですよね。

それで、タイトなスケジュールの中みんなずーっと働いているので、夜10時過ぎとかでも、シニアからメッセージがきたりする訳です。
夜11:30に完璧主義のシニアから、レンダリングの微妙な色味の修正依頼が来た時は、うんざりしました(泣)

私はジュニアの立場でこれを書いていますが、シニア以上は、仕事量ももっと膨大で責任も重く、鬼のような仕事スピードを持ってしても夜中まで働いていたので、想像もつかない苦労だと思います...。

もう一点、これは私の悪い点なのですが、
顔が見えない分、そして彼らの期待が大きく高い分、期待通りに仕事が仕上げられなかったりした場合(私がコントロールできないトラブルが原因であったとしても)
「私はなんて仕事が遅いんだ、なんて使えないんだ」
と自分を責めてしまうところがありました。

それは心の持ち用であって、もともと自責が大きい、責任感が強い私としては、一人で勝手に自分で自分を責め続け、大きな心の負担となりました。それはなんだか強迫観念のようなものと思います。


まとめますと、以下が私の感じた欠点。
リモート前からあった点でもあるけれど、リモートで悪化した点です。

1、リモートで顔が見えないためのコミュニケーションの取りづらさ
2、24時間働ける環境にあるので、時間遠慮なしに仕事を振られる
3、メリハリ/オンとオフのつけ辛さ
4、顔が見えない分、人によっては強迫観念が生まれやすい?

起きて、歩いて3歩でデスク、夜中まで毎日働き、疲れ切ってベッドに倒れこみ寝る、という生活が数ヶ月続いていました。

ストレスが溜まりすぎて、疲れ過ぎて、ひたすら部屋にこもって仕事しかしない日々に虚しくなり、意味もなく涙が出てきて、一人部屋で泣いていることもありました。笑
今まで仕事で大変なことはたくさんあったけど、泣くことはなかったので、いい経験です。笑


返信しない上司へのストレス


さて、そんな十分ストレスフルな環境ですが、私の最大のストレス要因はそれだけではありませんでした。

端的に言えば、シニアアソシエイトのうちのチームのボスと私はなんだか相性が悪かった。(汗)

通常はシニアが入って細かい作業内容やスケジュールを組んでジュニアに仕事を振っていきますが、一つのプロジェクトでなぜか、彼女とジュニアである私と二人だけで受け持ったプロジェクトがありました。

申し上げたように、彼女は全プロジェクト、また会社の運営にも責任がある人ですから、めちゃくちゃ忙しい。常にシニアから上がってきた提案書をチェックしたり、実際に手を動かす、というよりかは、管理する、ということがメインです。
彼女は実は、私が入社した時から体調のこともあって、会社にはほとんど来ない、リモート前からWork from homeな人だったので、私自身彼女との仕事の進め方や関係性が構築できないままでした。(また、通常ジュニアはシニアアソシエイトと直接やり取りすることもそんなに多くありません。)

ジュニアで、途中からそのプロジェクトに放り込まれた私、わからないことがたくさんあります。
私は初めからそのプロジェクトにいないから、社長がどんな思いでこのデザインにしたのかとか、どういう理由でこの器具になって、この取り付け方法になってるかとか、資料だけでは掴みきれないのです。
で、聞ける相手は彼女のみ。

入社当時から、彼女にメールしてもほとんど帰ってこない状況に困っていました。彼女のスケジュールはミーティングなどでほぼ埋まっており、そんなに邪魔にならないように連絡を取ろうとしていましたが、必要なことやクライアントが絡むことは、しょうがないから何回も返信をもらえるまでしつこく連絡する。そうすると今度は、うざがられたりとか。笑

なんとかそんな状況でも、仕事を進めていましたが、リモート期間のある時、ある案件で全然連絡を返さない彼女に、私が流石に怒ったことがありました。なるべく冷静に伝えようと思ったのですが、怒りが伝わってしまったと思います。

まぁ生意気なジュニアですね!(笑)

多分彼女も忙しすぎて全然手が回っていないことは分かっていたので、私が怒ったことで、責められたと受け取り嫌な気分になったんだと思います。

そこから、元々あまりよくない関係だった私たちが、さらにお互いにストレスとなる関係となっていったかもしれません。

彼女との関係、仕事の進め方については、もっと良い方法があったかもしれない、と反省しています。今後の課題です。


会社を辞める決心


そういうこともあいまって、
疲れ切ってボロボロ、ストレスも多く、もうやってられん!!と思ったのが去年の夏の始めあたりです。
そこから踏みとどまろうとして、気持ちを切り替えようと1ヶ月ほど努力したのですが、結果やはり離れよう、全然ハッピーじゃないと改めて思い、8月の末に会社を離れました。
一年と1ヶ月弱、勤めました。

ネガティブなことをたくさん書いてしまったけれど、会社はとても素晴らしい会社です。ちょっと忙しすぎる点はあるけれど。
人もみんな良いし(ボスも基本的に人は良い)、読んで明らかなように、みんなとても有能で責任感が強く、非常に素晴らしい仕事をします。今も、彼らをとてもリスペクトしています。

聞けば今もまだその会社は8割くらいはリモートを続けているそうです。もしかしたらそれが定着するかもしれませんね。

コロナのこの状況の中、仕事があるだけでも有難いのに、しかも一流の会社(お給料も悪くない)を離れるのはいささかクレイジーだな、と私も思います。
でも全く後悔はしていない。良い決断だったと思います。
続けていたら、自分の自己評価もどんどん下がって、鬱になっていたかもしれません。

日本の友人の一人で、会社を起こして社長をやっている年上の女性がいます。
彼女に、「自分は使えない人間だと、いつも自分を責めていた」と言ったら、「それは本当にその会社があなたに合っていなかったのね」と言われました。
私は彼女の会社の新事業立ち上げをある期間手伝ったことがあるので、彼女は私の働きを知っているし、評価してくれる人でした。
その言葉はなぜか妙に私にストンと入って、
そっかぁ、合ってなかったのかぁ。
と、自分を責めるのを止めるきっかけをくれました。
どんな人でも向き不向きってありますから、そういうことだったのかもしれません。

事実として、私が使えない、仕事のできない人間だとしても、それはそういうことなのです。そうであるなら、やはり私にそこは向いていなかったし、私もそこにしがみついている状況はハッピーではありません。

努力して苦労してしがみついて、自分を向上させていくことはとても大事です。
でもしばらくやってみて、これをこの先ずっと続けて幸せかと自分に問うた時、Noであるならば、やはりそれは私がいたい場所ではないし、自分がいるべき場所でもないだと、私は思います。


修行を終えて


さて、大変な修行の期間を予定より早めに終えることとなりましたが、この経験は非常に貴重なものとなったと思います。
NYの照明デザイン事務所で数年勤めて経験を得るという目標、予定より早く終了させてしまいましたが、まぁ一応結果としてクリアすることが出来ました。

さて、今後どうするの?というところなんですが、
海外に行ってみよう、トライしてみようと思った時からずっと繰り返している私の課題、

流されるのではなく、きちんと自分の行きたい方に行く。
何をしたら幸せか考える。

ということ、いよいよもって、きちんと正面から向き合う時だと思っています。それはどんな職業で、何をしていてもです。
今まで、そのことに向き合っては逸れて、また戻ってきては逸れて、をずっと繰り返していたような気がします。
今回は今まで掴めていなかったその何かを掴みたい。

今までの自分なら、
会社辞めた! → じゃあなんでもいいからとりあえず仕事探さなきゃ!
となるところですが、(というか常識人ならそうあるべき)

お金も貯金がいくらかあり、すぐにお金が必要という状況でもないので、
これを機会に焦らず、色々と道を探っているところです。

この記事を読まれた方は、照明デザイナーとして海外で仕事するためにNYに行ったんじゃないの?なんでまた他の照明デザイン事務所にアプローチしないの?と思われるかと思います。

光を使ったデザインをしたい、という気持ちは昔から変わらないのですが、それが照明デザイナー(建築やインテリアへの照明)としてなのか、それとも器具のデザインなのか、もっとイベント的なものか、むしろアート的な方向性なのか、というのがまだモヤモヤしています。
照明デザイナーとして東京で働いていた時も、もっと枠を広げたい、引き出しを増やしたい、広い意味でデザイン、そして光にアプローチしていきたい、という思いがありました。
じゃあどうやって?というところはわからないまま、とりあえず枠を広げてみよう、と勉強をしにNYに来たのです。
枠は確実に広がっていると思います。
だからこそ迷うのかな、とも思っています。

仕事を離れて、そろそろ...え!?半年!!
やばいやばい、
焦らずに、とも言ってられないですね。焦った方がいい。笑
お金は稼いでいないけれど、色々と試していることがあるので、そのことについて次回書きたいと思います。

次回は、仕事を離れてからプー太郎の日々!
(わー、その響き全然興味を惹かれない。笑)


今回長文になってしまいました。
読んでいただきありがとうございます!





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?