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ブルガリアの家庭の瓶詰。「我が家のリュテニツァ」が一番おいしい理由

ブルガリアの家々では、8月後半になると冬のための保存食「リュテニツァ」づくりが始まる。リュテニツァのために庭先で大量のパプリカを焼く光景は、秋の訪れを知らせる季節の風物詩だ。

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ブルガリア家庭の瓶詰「リュテニツァ」とは?

リュテニツァは、パプリカとトマトが主材料のペーストで、そのままパンにのせて食べるのが一般的だが、ソースとして使うこともある。そのままでも調味料でもいける器用者で、日本でいうと梅干しや味噌に近いイメージだろうか。

材料はパプリカとトマト以外になすやにんじんが入ることもあり、作り方も家庭ごとに少しずつ違い、家庭の数だけレシピがある。誰に聞いても「我が家のが一番!」という答えが返ってくる、ブルガリアの代表的な"我が家の味"だ。

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おばあちゃんのおばあちゃんのそのまたおばあちゃんの代から作っている伝統食かと思いきや、実は瓶詰としてのリュテニツァが普及したのは1960年代と新しい。この時代、社会主義政府のもとでの慢性的な食糧不足を背景に、家庭で瓶詰保存食を作ることが広まった。それ以前も作ってすぐ食べる形のものはあったようだが、大量のパプリカを一気に焼く行事はなかっただろう (参考)。

古い歴史があるかと思いきや、意外に最近の政治経済状況を背景に生まれている。ちょっと拍子抜けしたけれど、伝統とは意外にそういうものだ。
取りも直さずリュテニツァは愛されていて、数ある瓶詰保存食の中でも、リュテニツァにかける人々の情熱は格別だ。

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リュテニツァ作りの話を聞けば聞くほど参加してみたくなり、その季節に合わせてブルガリアを訪れた。訪問先は、首都ソフィアから200kmほど離れたスヴェトラさん宅。去年別の季節に訪れて以来、一年ぶりの再訪だ。84歳のお母さん(ブルガリア語でマイコ)も、元気な顔で待っていてくれた。
スヴェトラ母娘とのリュテニツァづくりが、今回のブルガリア訪問の本命だった。

リュテニツァ作りは大仕事

リュテニツァづくりは、一家総出の大仕事。スヴェトラ家では、近所に住む叔母さんもやってきて、2日がかりで作った。1日目は買い出しとパプリカ焼き、2日目は煮込みと瓶詰めだ。マイコも力強い足取りで家中をせわしなく動き回る。

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まず買い出しで驚いたのが、作る量の多さ。「今回は少なめ」と言われたが、それでも市場で買ったパプリカの量は20kg。ショッピングカートがいっぱいになり、さらに上にのせて余りある。

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こんな量のパプリカを買ったのは人生で初めてで、中身が空洞のはずのパプリカの重さに驚きながら、必死でカートを引いて家に帰った。

たったパプリカを焼くだけで小発見がたくさん!

買ってきたパプリカは、ヘタと種を取り除きまっ黒焦げに焼く。焚き火に鉄板を乗せ、びっしりならべてひたすら焼く。

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焼き続けていると、色々な発見がある。鉄板に乗ったパプリカは、しばらくすると高音でぴゅーと鳴き、焼けてしんなりしてくると低音でぎゅーと鳴く。焼け加減で音が変わってパプリカに意思があるようだ。

「パプリカの笑顔」に出会えることもある。

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パプリカの鳴き声に耳を傾け、パプリカの表情に目を向けて、普段見過ごしてしまうような小さな発見を共に楽しむこの時間がなんとも贅沢だ。気づくと3時間経っていた。

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焼いたパプリカは、空の鍋に蓋をして一晩置く。こうして蒸らすことで皮がむきやすくなるからだ。

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やることは多い。喧嘩しながら絆深まる。

二日目はトマトソースづくりから始まる。

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3kgのトマトを切り、フードプロセッサーでピューレにして、鍋で煮詰める。このときほんのちょっとの砂糖を入れると、酸味がまろやかになるそうだ。そんな些細なことでもスヴェトラ母娘は喧嘩する。

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スヴェ「砂糖はコーヒーカップ1杯」
マイコ「そんなに入れていいわけないでしょ、デミタスカップ1杯だよ!」

にんじんはゆでてフードプロセッサーにかける。真新しいフードプロセッサーをうきうきと使う娘に対し、母は「なんでこんなに粗いの!?」と手厳しい。

そして最後に3つの野菜たちと調味料を入れて煮詰める。
スヴェ「煮込み時間は3時間」
マイコ「そんなに長いわけないでしょ、15分だよ!」

本当に些細なことなのに一つ一つ本気で喧嘩して、でも最後には必ず「お母さんのほうが正しかった」とスヴェトラの方が悔しそうに言って折れるからかわいらしい。

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雨降って地固まる。一年に一回、こうして協力しながら本気でぶつかれる機会があることが、家族の絆を一層強めているようにも見える。

リュテニツァ作りは、量も多いし作業も多いし、焼き・皮むき・煮詰め・瓶詰め、どれ一つとっても一人でできるものではなく、協力しないと作れない。一家の結束あってのリュテニツァづくりだ。

「我が家のリュテニツァ」のおいしさの秘密

出来たてのリュテニツァを、我慢できずに鍋から食べた。頬がゆるむ。野菜の甘さがぎゅっと詰まり、それをスパイスがピリッと引き締めて、カレーやとんかつソースを連想させる、みんなだいすきな味。これは毎年作るのも納得だ。パンがほしい。

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しかし市販品があってもなお自家製リュテニツァにこだわる理由とは何なのか。一緒にリュテニツァ作りをする中で見えてきた、「我が家のリュテニツァ」のおいしさの秘密は2つだった。

1. 焼きパプリカの甘みが詰まっている(リュテニツァ自体のおいしさ)
リュテニツァづくりの過程で驚いたことの一つが、焼いたパプリカの甘さだった。つまみ食いしたらびっくりするほど甘くはちみつのようで、思わず追加で焼いてお昼ごはんのおかずにした。


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リュテニツァの瓶にはその甘さが詰まっていて、真冬の時期でも旬の焼きパプリカが楽しめる。パンにのせるだけでおいしいし、スヴェトラさんには変な顔をされたけれど生野菜にも合った。

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白ごはんにも合いそうだし、むずかしい調理なくそのまま使えるのがいい。忙しい日常の食卓が充実しそうだ。

2. 家族の時間が詰まっている(自家製ならではのおいしさ)

散々喧嘩したあと、お母さんを横目にちょっぴり恥ずかしそうな顔でスヴェトラさんが言った。「お母さんも年とって作るのが大変になったから、2年前に作るのをやめていたの。でも今年あなたが来てくれて一緒に作って、来年もリュテニツァを作ろうと決めたわ。リュテニツァ作りは家族をつなぐ。」

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喧嘩した時間や些細なこだわりは、市販品や他所の家の瓶詰には決してない。味だけならば、「あの家のリュテニツァが一番」とみんなの意見が一致するはずだけど、誰もが「我が家のルテニツァが一番!」と主張して譲らないのは、そういった作る間の家族の時間がぎっしり詰まった唯一無二のものだからなのかもしれない。

出来上がったリュテニツァの瓶は、遠くに住む息子娘たちのもとにも送られる。ブルガリアの人たちが実家を大事にするのは、こうして瓶詰を受け取って実家の味を確かめるからなのだろうか。

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人をつなぐひと瓶

家族の形は真似できないし、田舎の家も手に入らない。でもリュテニツァがつなぐのは、田舎の家族だけじゃない。日本で休みの日にみんなで集まってパプリカ焼いたら、皮むきに熱中しながら初めての人同士も打ち解けた。ホットプレートでも、パプリカは鳴いてくれた。

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仲間たちとBBQのようにリュテニツァ作りをするのも楽しそうだ。作った瓶詰をそれぞれの家に持ち帰ったら、一人の食卓もちょっと楽しくなる気がする。忙しく個が生きる都市生活で、「瓶詰を一緒に作る」という文化が新しい形で花開いたりできるのではなかろうかと想像が膨らんだ。

いろんな形があっていい。焼きパプリカの甘さと楽しい時間を詰め込んで、リュテニツァ作り、ぜひやってみてほしい。


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岡根谷実里 | 世界の台所探検家
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