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ヨルダンの食卓にシリア難民がもたらしたもの

ヨルダンには約66万人のシリア難民が住んでいる(2019, UNHCR)。2011年からのシリア内戦で逃れてきた人たちだ。ヨルダンはシリアに隣接していることもありって難民の数は増え続け、今やヨルダン全人口の10%に迫る勢いだ。

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難民・移民と言ったら「厄介なよそ者」扱いされるのが世の常だが、ヨルダン人と話すと「彼らはおいしい食文化を運んでくれたんだ」とにこやかに笑っていたのが印象的だった。諸手を挙げて皆が歓迎というわけではないだろうけれど、あからさまな排斥感情を耳にすることもなかった。

「シリア人がもたらしたおいしい食文化」とは何なのか。なぜ歓迎されるのか。ヨルダンに住むシリア難民一家の台所からのぞいてみたい。

シリア人家庭の朝ごはん

ヨルダンの首都アンマンの郊外、サマルさん家族のお宅。2011年にシリアから「難民」としてこの地にやってきた。
集合住宅の一室に、サマルさん、旦那さん、息子さんの3人で住まう。難民と言ってももはや一市民。劣悪な環境ではなく、慎ましくもゆったりしたお家に住んでいる。

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"リビング 兼 ダイニング 兼 寝室"

食事は「ムシャマ」と呼ばれるビニールシートを居間の床に敷いて並べる。
季節は冬。石造りの家の中は外気以上に寒いけれど、電気代が高いのでエアコンはない。パン焼き兼お茶沸かし用のストーブに身を寄せるようにムシャマを囲む。

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朝食の定番は、オリーブ漬け・オリーブオイル・ザータルというミックスハーブ。それにレバネ(ヨーグルトの一種)やジュブネ(チーズの一種)といった乳製品が加わる。パンをストーブで温めては、ちぎったパンを箸代わりにおかずをつまんで食べる。

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「オリーブ漬けは自家製よ。シリアにいたときはレバネやジュブネも作っていたんだけどね、ヨルダンは生乳が高いから作らなくなってしまったわ」

作れるものは作る。たった”瓶から出すだけ”だけれど手作りの豊かな食卓だ。

自家製オリーブは、市販品とは比べ物にならないくらい生き生きした味がする。「ピクルスもオリーブも、ペットボトルに詰めて漬けると便利なのよ!」と自慢げ。積年の経験から生み出した工夫のようだ。

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「ヨルダン人は買ってくるだけの人も多いけれど、シリア人はまめに作るの」とにっこりささやく。

特別な一品

いつものラインナップに加えて今日は特別な一品が。「先日お客さんが来たから作ったのよ」と出してくれたのはマクドゥースというなすのオイル漬け。小さななすにくるみやパプリカを詰めてオイルで漬けた、細かくて手のかかるシリアの伝統料理だ。

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「マクドゥース作りにかけてはシリア人が一番!ヨルダンの人は自分で作らないで市場で買ってくるのよ」と言う。見様見真似でパンでなすをつぶしながら食べると、パンが香りの移った油を吸って、旨い。

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「わがやの食卓」を超えて

マクドゥースは、シリア人家庭に限らずヨルダン人にも歓迎されている。このことは、サマルさんの家庭教師先で実感した。

作ったマクドゥースを瓶に詰めて、おすそ分けに持っていったら、生徒のお母さんの顔がほころんだ。サマルさんはお金のやり取りなくおすそわけするけれど、町に持っていって売る人もいるという。

なぜシリアの料理はおいしいとされているのか?

誰に聞いても「だっておいしいから」という答えしか返ってこないのでよくわからない。「フランス料理はおいしい」のような刷り込みなのだろうか。しかしそれでも、色々見聞きする中で、主に3つの可能性が見えてきた。

1. 地中海性の気候
砂漠気候のヨルダンに比べて、地中海に面するシリアは植生豊かで、様々な新鮮食材が手に入る。同じ理由でレバノンも、サラダや前菜など、胃に軽くて目にも鮮やかな料理がたくさんある。

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ヨルダンはほぼ全域B気候(乾燥)なのに対し、シリアは西部がCs気候(地中海性)

2. 内食文化?
サマルさんは「シリア人は家で食べることを大事にするからヨルダン人のように外食しない」という。真偽のほどは定かでないが、シリアは内戦前の2007年の統計でもヨルダンより経済水準(一人あたりGNI)が低く、内戦勃発後はさらに低迷した。外食産業が育つ土壌がなければ、必然的に内食文化になる。

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出典: World Bank

3. 実際に食する機会がある
ヨルダンに暮らす難民認定されたシリア人は、市民権を与えられるけれど、労働に関しては制約がある。ヨルダンは失業率が18.4%(2018, ヨルダン政府統計局)と高い。ヨルダン国民の雇用を守るため、シリア難民は労働許可を得ないとフォーマルセクターの仕事に就けないことになっているのだ。
その制約の中で生計を立てるべく、惣菜やお菓子を売って生計を立てている人も少なくない。サマルさんも家庭教師の他に、料理を振る舞って収入を得ることもある。

人々がシリア料理を「おいしいものだ」と知るのも、そういう社会事情の中で、シリア人の作ったシリア料理を口にする機会が身近にあるからなのかもしれない。

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旦那さんが町で買ってきてくれた、シリア人が作るシリア菓子。

難民のおみやげ

冒頭に述べたように、難民・移民と元から住んでいた国民との共生はどの世界でも複雑な問題だ。ヨルダンとてまったく火種がないわけではない。しかし反発や衝突が顕在化していないのは、「シリア人はおいしいものを持ち込んでくれたから」という日頃の親近感があるからなのではないだろうか。ホームパーティーでおいしい手料理を持ってくる人は、ちょっと面倒な人でもやはり呼んでしまうものだ。

複雑な国際関係の中でも、料理でほんの少し仲よくなれる可能性を垣間見た気がする。

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岡根谷実里 | 世界の台所探検家
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