「人の手をかけない」という究極の料理の楽しみ
オーストリアはオーガニック先進国だ。1960年代からオーガニック普及の動きが始まり、今や農地の約20%がオーガニック農法の基準で耕作されている。オーストリア独自のオーガニック認証基準はEU基準より厳しく、スーパーに行ってもBio(ドイツ語でオーガニック)の文字が目立ち、特別なものではなく普通に買物の選択肢に存在する。
そんな食材への意識の高さもあってかなくてか、ウィーン市内各地に立つ毎週土曜日のファーマーズマーケットは買物客で賑わう。
ミヒャエルさんも毎週市場に通う一人だ。彼との出会いは、偶然だった。私がKarmeliter市場でチーズを買っていたら、後ろから話しかけてくれたのだ。彼の食材への眼差しになんだか惹かれ、翌日家を訪れて彼の料理を教えてもらった。
自然界の敬意にあふれる料理
彼の台所に入ってまず驚いたのは、たくさん並んだ発酵の瓶だ。麹に味噌に塩レモン。人の手ではなく自然界の微生物の力で料理が進むのが楽しいそうだ。
自然界への思いは発酵だけに尽きない。「料理は自然への敬意だから、シンプルこそが最高の料理。」そう語る彼の料理は、食材や自然への敬意にあふれている。にんじんもビーツもじゃがいもも、市場で買ってきた野菜は少々の塩と油とハーブだけで仕上げていく。
しかし"シンプル"であって"手抜き"ではない。野菜ごとに丁寧な下ごしらえをし、「強火のち中火」の原則は怠らない。食材の食感を楽しみたいからだ。火を加減し、ちょうどいいだけの味付けをしたら、あとはただじっと食材を見つめてる。
余計なことは一切せず、手を動かすよりも見つめていて、食材と自然への慈しみさえも感じてしまう。究極の料理とは人が料理しないことだと言う。だから発酵も彼にとって料理の一部だ。
出来上がった野菜たちを口にすると、まるで大地を食べているようだった。力強い食材の味と食感と新鮮な風味に、自然とのつながりを感じずにはいられない。それぞれの野菜の食感が残っているのは、ほったらかしに見えて火加減の原則を丁寧に忠実に守っていたから。
ハーブの風味もいい仕事をしている。一体ハーブをどう決めているか尋ねてみると、「強い食材には強いハーブ、弱い食材には弱いハーブ」という感覚的な答えが返ってきた。わかったようなわからぬような。経験で上達した人の言葉は再現しにくくもあるが、しかしそんな細かいこと以上に大事な彼から教わったことは、「自然の力を信じて余計なことをしない」というたった一つの鉄則だった。
市場は「自然とのつながりを感じる場」
彼が市場に買物に行く理由は、新鮮でおいしい食材が安く帰るからだけではない。自然とのつながりが感じられるからだ。たしかに土のついた食材とその作り手を目の前にしたら、自然の偉大さと敬意を感じずにはいられない。彼のシンプルな料理の原点が、そこにはあった。
また自然とのつながりが感じられる場が普通に暮らしの中にあることが、この国のオーガニック志向の土壌をより一層強固にしているのかもしれない。
土のついた野菜と生産者のいる市場には、究極にシンプルで贅沢な料理の第一歩があった。
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