静岡の地で"モダンアメリカ南部料理"が語る歴史 ー アフリカ系アメリカ人に教わる
「おもしろいアフリカ系アメリカ人の料理人の方がいるよ。行ってみる?静岡なんだけど。」
知人がくれたのは、「イエスorはい」な話だった。アメリカで一番おいしい食があるのは、アフリカ系の方が多い南部ルイジアナ州だと聞いたことがある。
久しぶりの新幹線に飛び乗り、静岡へ。駅の改札を出たら、顔のマスクが小さく見える大柄な黒人の方が、両手を体の前に重ねて肩を縮こませるようにして待っていてくれた。
"日本に住むアメリカ人"について
アメリカは日本と経済的結びつきの強い国で、ニュースでも毎日のように目にする。日本人の国別渡航者数がもっとも多いのもアメリカだ(日本政府観光局(JNTO), 2018年)。しかし日本に住むアメリカ人は意外と少なく、国別で見ると第10位。首位の中国の十分の一ほどしかいない(出入国在留管理局, 2020年)。
「よく知っている気がするけれど実はあんまり出会ったことのない」のがアメリカ人と言えるかもしれない。
アメリカから日本に渡り、静岡で念願の店オープン
彼の名は、リチャード。アメリカで生まれ育ち、20年以上料理人として働いた後、5年前に日本にやってきて日本人の奥さんと結婚。昨年、一軒家を改装して小さなレストランを始めた。
駅を出て近くのA-COOPに買い物に行き、台所で料理を始めるまでの1時間半、自分がいかに偉大な料理人たちに師事してきたかと、いかにアメリカで店を持つことが難しかったかを熱く語り続けていた。「どうしてそんなに腕のあるシェフなのにお店を持てないの?」と尋ねると、「投資がつかない。人種、身分.... アメリカは分断された世界だ。」とぼそっと呟き言葉を濁した。
彼のキッチンは、昭和日本家屋の台所を改造したものだ。隣の和室が8席の予約制レストラン。台所の棚にはアメリカから持ち込んだ道具類や英語ラベルの食材が並んでいる。
「小さいけれど、ここは長年夢見ていた『僕のお店』なんだ」とうっとりした表情で言う。ちなみに家の食事も、彼が担当の日はここで作って持ち帰る。お店の予約がない日もここにやってくる。「僕の仕事場だから!」と言うその顔は、もう溢れるくらいうれしそうで子どもみたいなのだ。
「ここはペイストリーのワークスペース。いつかパティシエを雇ったらここに立ってもらうんだ!」と壁と棚の隙間に作った肩幅ほどの作業台を指す。そんな調子でしゃべりながらやっていて、しかし話に熱がこもると手が止まるから、気づいたら5時間ほども台所にいた。
おいしく作るコツは「レシピ通りにやること」
この日は、テイクアウト注文をしたお客さんのための料理を一緒に作った。普段は予約制レストランをしているが、コロナ禍で客足は鈍く、今はテイクアウトもしている。今日のメニューは以下。
・パンプキンスープ
・クラブケーキ(カニクリームコロッケ似のフライ)
・ジャンバラヤ(パエリア似の米料理)
・ビスケット(KFCで売ってるスコーン似のパン)
・ピーカンバナナタルト(デザート)
「デザートが一番時間がかかるんだ」とまずはピーカンバナナタルトから始める。調理師学校時代に教わったレシピファイルを広げ、一つ一つ分量を確かめながら計量していく。
もう何十年も作り続けているビスケットも、毎度必ずレシピを見ながら作る。「ベイキングはサイエンスだから、基本に忠実であればあるほどおいしくなるんだ」。口では自分がいかに有名な料理人たちに師事してきたかを大袈裟に語るのに、手を動かすと急に謙虚で、背中を丸めてレシピに見つめいる様子はなんだかかわいい。
ところで脱線。ピーカンナッツは、日本ではアーモンドの2~3倍もする高価なナッツだが、アメリカでは実に安い。アメリカ南部が原産地とされ、世界の生産量の51%をアメリカが占めるのだ(国際ナッツ・ドライフルーツ評議会, 2017/18)。だからピーカンパイは決して高級スイーツではなく、庶民的な南部料理のひとつ。一説にはネイティブアメリカンが育てていたナッツを入植したフランス人が受容して考案したのが始まりという。
食べ親しんだ味だけど ”ソウルフード” ではない
彼にとって一番大事な料理は、ジャンバラヤ。パエリアのような、肉も野菜もさまざまな具材をトマト味で炊き込んだ米料理だ。
食べ親しんだ味というから、「じゃあソウルフードだね!」と無邪気に言うと、「いや、断じてソウルフードではない。クレオール料理だ」と急に真剣な眼差しで返された。
ここで言葉の確認をしてみる。
まず、彼のようなアフリカ系アメリカ人の多く住むアメリカ南部には、アメリカ南部料理というカテゴリがある。
アメリカ南部料理(Southern food)
アメリカ合衆国南部地域の料理。主にアフリカ系のソウルフード、イングランド料理、スコットランド料理、アイルランド料理、ドイツ料理、フランス料理、ネイティヴ・アメリカ料理の影響を受けている。
アメリカ南部料理は、様々な文化的影響を受けた料理を包含する言葉で、その中の代表的なものとしてクレオール料理とケイジャン料理がある。
クレオール料理
アメリカ南部に最初に入植したフランス人、スペイン人たちの厨房で育まれた食。フランス/スペイン/イタリアの食文化、奴隷貿易によりもたらされたアフリカの食材や調理法、アメリカ原産の食物が基本となって生まれた比較的上流階級の食。
アフリカから持ち込まれたのは、オクラ・米・ナスなどの食材に、揚げる・煮込むなどの調理法と言われる。
ケイジャン料理
フランスからカナダを経由して南部ルイジアナに定住したアカディア人が、現地の食材を用いて育んだ食。1600年代初期にフランスから持ち込んだ知識を活用して調理し、その料理を土着の作物と合うように変えていった。ハーブや香辛料を多用して刺激的な味わいを作る、比較的庶民の食。
(参考:辻調理師専門学校)
両者は似ていて、重複もある。つまりは「ヨーロッパ・アフリカ・アメリカ等の多様な文化が融合して生まれた食」だ。
そして、それらとは別にソウルフードと言うものがある。
ソウルフード
アメリカ合衆国南部で奴隷制を通して生まれた、アフリカ系アメリカ人の伝統料理の総称。支配者側の白人たちの食べ残しや、彼らが食べない肉の部位などを使った料理を指していた。
生きるために野草や野生生物をも食料にしたり、お腹を満たすために揚げ物が多いとも言われる。先の二つとは異なる、下流階級の食事を意味するのだ。
「ソウルフードだね!」と言った私に対して、彼は「僕の家系は、プランテーションに仕える料理人だったんだ。祖母は、ソウルフードよりも高いレベルの料理をしていた。クレオール料理なんだ」と頑なに言った。
ここにきてはじめてわかったのだが、私たちが普段使う「ソウルフード」という言葉は、本来の英語の意味とは異なる和製英語なのだ。私は「食べなれた味、郷愁や記憶と結びついた味」というくらいの一般的な意味でソウルフードと言っていたのが、彼の耳には「豊かでない黒人奴隷の食べる下級な食」というように聞こえていたかもしれないのだ。急に冷や汗が出てきた。
ジャンバラヤがうつす歴史
ジャンバラヤ作りは、野菜を切るところから始まる。玉ねぎ、セロリ、緑パプリカ(日本ではピーマンを使う)の三点セットをみじん切りにして炒める。
「Holy trinity (聖なる三位一体)っていうんだ。フランス料理に欠かせないミオポワのアメリカ版さ。」(※フランスのミルポワは、玉ねぎ、セロリ、にんじんをみじん切りにして炒めたもの。あらゆるスープのベースになる)。
そして、カリブ海のシーフードをたっぷりいれ、カリフォルニア産の米、新大陸原産のトマトとともに煮込み、最後にガンボフィレ(gumbo file)でとろみをつける。
「ジャンバラヤの起源はパエリアだと言われているんだ。奴隷船は西アフリカから出発し、南アフリカ、ブラジル、カリブ海の島を経て、北米へと辿り着いた。それぞれの地点で影響を取り込んで、進化していった。食は、先代のアフリカ移民が持ち込んだ重要なheritage(遺産)でありsecurity(安全保障)なんだ」と彼はいう。
財産も言葉も奪われたアフリカ系移民が、決して失わずに拠り所となったのが、食だったと言えるかもしれない。
「アフリカ系アメリカ人」か「黒人」か
そんな話を聞いていると、「アフリカ系アメリカ人」という呼び方も適切でないような気がしてくる。
奴隷として渡ってきたのは彼のひいひいおばあさん、リチャード自体はアメリカ生まれのアメリカ育ちなのだ。元々「アフリカ系アメリカ人」という呼称は「黒人」に差別的な響きがあるからという配慮によって1980年代公民権運動の中で推進された言葉だが、最近の調査だとむしろ「黒人」と呼ばれたい人の方が多いという結果もある。何代経ってもアメリカ人として認められないよりも、一人のアメリカ人として見た目で呼ばれた方がましというのだ。(参考:News Week Japan)
確かに私も「移民5世さん」なんて言われたら、そろそろ仲間として認めてくれと思う。
日本で生まれる新しいクレオール料理
いよいよ最後の仕上げ。リチャードは常にレシピに忠実だけど、一つだけレシピに書いていないことをする。
アメリカ南部料理のジャンバラヤに、鰹と昆布のあわせ出汁を入れること。唐突に和風なのだ。
「ジャンバラヤは、アメリカ南部で生まれた典型的なクレオール料理。アフリカ・スペイン・フランスなど既にいろんなカルチャーが詰まっている。だから僕が日本で作るからには、日本のカルチャーを入れたかったんだ」。
カリフォルニア産の米が、出汁を気持ちよく吸い込む。
出来上がったジャンバラヤは、スパイシーな異国の風味があるのに、どこか体に馴染むほっとする味わいで、食べ進んでしまう。料理とは、人とともに土地を渡って進化するものなのだろう。この人さらに、リチャードの歴史が詰まっているように感じた。
アメリカ料理はハンバーガーだけじゃない
ナツメグとりんごの香るパンプキンスープの味に感動し、クラブケーキの美しい断面に見惚れる私に、リチャードは言った。
「アメリカ料理って、ハンバーガーだけじゃないんだ。僕が作るのは、モダン南部料理。多様で深くておいしいアメリカ料理を知ってもらいたいんだ」。
アフリカ系だとか、祖先がどこ出身だとかは関係なく、彼はアメリカ人であり、誇り高き料理人なのだ。
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リチャードのお店はこちら。店名は、おばあさんの生まれた年にちなんでいる。静岡県藤枝市にお越しの際は、ぜひ彼に会いに行ってみてほしい。
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