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(37)しなやかさへの憧れ

雨雲に覆われた空はどこまでも陰鬱なグレイが広がっている。

パスワードは間違えればロックがかかってしまう。もはや常識だろう。なのに「入力を間違えたからロックがかかった」という事実を受け入れる事ができないとは、どういう心理なのだろう? 五十歳くらいの、一般的な社会人男性らしい落ち着いた話し方だが、〈正しいパスワードを入力した(と思っている)のにロックされた〉時点から一歩も動けないらしい。柔軟性が全く感じられなくて、老化現象の始まりだろうかと暗澹とした気分になる。

不毛な会話をしていると変な疲れ方をする。近くの公園まで歩くと、山百合が花の盛りだった。大きな白い山百合の花は、華奢な細い茎の先についていて、ゆらゆらと風が吹くたびに揺れている。平らな公園に植えられているので支柱に支えられて咲いているが、山の中ならきっと斜面でしな垂れて咲くのだろう。オレンジ色に黒い斑点の鬼百合も咲いている。公園の中に点々と咲く山百合を、ひとつまたひとつと辿って歩く。小雨が降り、重く湿った空気に、甘く濃厚な香りが染みのように漂う。八重咲きの梔子の香りと百合の香りが、空中に甘い蜜を垂らしたように、公園の彼方此方に浮かんでいた。

山百合の美しさは、一際大きな白百合の花の華やかさにあると思っていた。しかし咲く姿を見て、大輪の花の重みと不釣り合いに細い、端正な葉の並んだ茎が支えている故の、憧れとして語られるほどの美しさなのだった。

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