(117)楠の運命
空が青く澄んできて秋の空だなあと感じる。この夏はほとんど空を見上げなかった気がする。入道雲もあんなに暑かったのに見ていない。
昨日は朝からオオバベニカシワを刈り取り一日中染めをしていて、合間に本の返却に図書館へ行ったりと動き回っていた。一日中パソコンの前に座るよりよっぽどいい。こういう生活の方が合っているなとつくづく思う。アヤメ染めの糸は乾いて写真を撮らなければと気付くと午後遅い時刻になってしまい、未だ写真がない。おまけに粗い扱い方をしてリネンが絡まってしまって解かなきゃならない。雑な仕事は余計な仕事を生んでしまう、、反省。
先日不動産屋さんに脚立を貸してほしいと頼んだところ持ってきてくれたのは、頼んでいた大きいのではなく三段の脚立で、いる間は使って良いとの事だった。それは助かるけれども楠には届かないのだけど。
「えっあれを一人で切るんですか? 」
「いえ、一人じゃ無理だから二人でしますよ」
「枝下ろしは屋根を傷めないように気をつけないといけないんですよ?」
「は?」
「近くで見てみましょう」
真下まで来て見上げると離れて見るよりずっと大きく育っていた。一昨年始めて大きな枝を切った後、調子が悪くなってしまい昨年は剪定しなかったのが今年の長梅雨でとても伸びてしまった。うーむ。これは中々厳しそうだなあ。
「植木屋さんに来てくれるならそれもいいけど、一本だし、何とか出来るかなと思うんですけど」
「いやでも。持ってきて、やっぱり出来ませんでしたって言われても困るんで」
「はぁー」
こちらが本当に素人だとわかったらしく、相談しますと帰って行かれた。夕方不動産屋から植木屋さんを手配すると連絡があり、翌朝頭痛で寝ていたところを植木屋さんに起こされ、楠を見ながら相談して、ところでどのくらい切るの?と聞いた。
「はい、社長が根元からバッサリ切ってと」
「え。そんなに切らなくていいわよ」
「あ、そうなんですか。それならその方が楽なんで」
可能なら年内と話していたけど多分年明けなんだろうな。でもこれで、仕事がひとつ減ったなと思っていたら、また不動産屋さんから連絡がきた。
「はい?」
「クスノキですけど、根元から切っちゃっていいですよね?」
「えっ⁈ それは困ります!!」
「でもまた伸びるし…」
「ここへ入居した時全部切ってありましたけど、そうすると根元からウワーッと沢山生えてきて手入れ大変だったんです。やっと伸びて他の木の邪魔にならないし木陰にもなるし!」
「…。わかりました。では高さを調整するということで」
しょんぼりと不動産屋さんは了承した。
楠が可哀想、せっかく大きくなったのに!と言いそうになったが喉元で飲み込んだ。そんな事は彼女には通じない。そんな理由なら切りましょうと、言われてしまうだろう。私は楠は家の守り神だと思っているけど、不動産屋はあくまでも住人に不自由が有る無しで判断するから、居住に支障を来さないなら不要だとみなす。なんだかとってもセンス無いなと思うがきっと今の日本の不動産業界はどこもこんな感じなのではないだろうか。木を大切にしない方が余程ナンセンスで寂しいことだ。
今まで頼まなかったのは展開が予想されたからで、楠の伐採を避けるために自分で手入れをしていた。植木屋は毎年仕事がある方がいいのだろうし、不動産屋は経費は減らしたいのだから来年どうなるか分からないけど、きっとうまく行くだろう。