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かわいい、おとうと

割引あり


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Twitterでいただいたお題で三題噺の二回目です。テーマは「シュールストレミング」「油絵」「鏡」です。後半は有料です。


 わたしはいつもは暗い色ばかり重ね暗い絵を描いてしまっているのに今日はなぜだか明るい色が使いたくてしょうがない。モデルの洸太がそれくらいわたしには明るい太陽のような存在だ。

「美大の受験ってデッサンだけじゃないの?」
洸太は不貞腐れた顔で椅子に座っている。わたしはその尖らせた口を無視し口角を上げているように筆を走らせた。

「作品提出があるんだよ、わたしは人物画が得意だから人物にしたいの」
「だからってモデル必要かな?写真じゃダメなの?」
「生身だから見える良さってものがあるんだよ、動かないで。お姉ちゃんの言う事を聞いてなさい」

 上半身を曝け出した弟は椅子の上にちょこんと座っている。もう中学校二年生だというのにその体は貧相で小さく小学生の様だ。ああ愛おしい弟。わたしの人生がかかっている受験の題材に相応しい弟。

「よし、今日はここまで」
「これいつまでやるの?一気に終わらせちゃおうよ」
「油絵っていうのはそういうもんなの」

 これは洸太を繋ぎとめていたいわたしの本音ではなくそういうものなのだ。油絵の具は塗ると乾くまでに時間がかかる。その上から新たな色を塗りたい時にはしばらく置いて色を重ねないと絵の具が混ざってトンデモない色になってしまう。だから一気に進めたくても進められない辛抱のいる作業なのだ。ただ、速乾性の高いアクリル絵の具を使わずにあえて油絵具をつかっているのは洸太を少しでも繋ぎ止めておきたいからだが…

「今日のギャラ、旭丸でいい?」
「やだよ、姉ちゃんまた俺に全部乗せ食べさせるんでしょ」
「だって育ちざかりなんだからいっぱい食べないとでしょ」

 わたしはいつもモデルを終わらせると洸太につけ麺を食べさせるのが好きだった。洸太の様なか細い人間が大盛で全部乗せと言う豪華な魚介昆布〆つけ麺を食べているのをボーッと眺めているのが好きだった。わたしは何も頼まずにただ洸太を眺めている。洸太は文句を言ったり訝しげな顔をしながらすべて平らげる、そういう男の子のようなところも大好きだった。

「その代わりさ、週末にオフ会に参加してよ」
「オフ会?なにそれ」
「Twitterでさ、シュールストレミングって缶詰食べるオフ会があるんだけど大人ばっかみたいでさ。中学生だけ参加させるのは不安でしょ?」
「お姉ちゃんだってまだ未成年ですけど」

 少し眉を顰めるもわたしは洸太の誘いを断るつもりはなかった。オフ会に姉弟で参加するなんて仲良し姉弟みたいで最高じゃないか。

「どうせ浪人生なんて暇なんでしょ。いいじゃん」
「一言余計なのよ。別にいいけど」

 わたしは浪人1年目。去年全力で受けた公立大学も三大私大もそれはもう盛大に落ちて滑り止めで受けていたレベルを下げた私立まで落ちた。これはもう勉強が嫌になってしまって受験勉強に本腰を入れる前に憧れていた美大を受ける事にした。これでも県の賞を取った事があるくらいで絵にはそれなりに自信があった。もちろん親は猛反対をしたがすべての大学を落ちたわたしを半ばあきらめるように願いを聞き入れてくれた。
 ただわたしはもう勉強なんて懲り懲りだったしデッサンと作品提出だけで受けれる美大を選びそれで駄目なら定員割れを起こしている地方美大に入るつもりでいた。ヤケクソのわたしはアーティスト、芸術家になる。そう思っていた。
 今回の作品は本命の大学に送るもので気合を入れないといけないものだから本当はオフ会などにかまけてる暇はない。洸太を描いていない時はデッサンの練習だってしないといけないのに。ただ洸太の願いとなると受け入れざるを得ない、弟は可愛いものだ。

「じゃあ合羽用意しといてね」
「え?」
「汁が飛び散ると大変らしいから」

 正直わたしはシュールストレミングが何かわからずに付き添いを許諾した。洸太の話によるとそれはニシンを発酵させた魚の缶詰で世界一臭い缶詰らしい。くさやの百倍臭いと聞いて声も出なかった。しかも缶の中で発酵しているので缶切りを入れた瞬間その臭い汁を撒き散らして爆発する事があるらしい。
 参加したくない…それがわたしの本心だった。ただかわいい洸太の願いの上もうOKを出してしまった以上、もう引き返せない。わたしは汚れてもいい合羽を用意して週末を待った。

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