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「15分都市」で再考する街路の役割:パンデミック後の都市計画

街路の役割を再考する

COVID-19と「15分都市」の意義

 COVID-19パンデミックは、私たちの日常生活に深刻な影響を与えただけでなく、都市の空間構造や公共インフラの役割についても問い直す契機となりました。その中で特に注目されるのが、街路(ストリート)の役割と、その空間をどのように利用すべきかという課題です。

 従来、自動車のために優先的に設計されてきた街路が、公共空間としての新たな価値を再発見され、持続可能な都市の一環として再設計されつつあります。特に「15分都市(15-minute city)」という概念は、街路の利用価値を大きく変える可能性を秘めています。



「15分都市」の理念


 「15分都市」は、フランスの都市計画専門家カルロス・モレノ(Carlos Moreno)が提唱した都市モデルであり、住民が徒歩または自転車で15分以内に生活に必要なすべてのサービス(住居、仕事、教育、医療、商業施設、文化活動など)にアクセスできることを目指しています(Moreno et al., 2021)。この概念は、パンデミックが明らかにした課題、すなわち「移動に依存する生活スタイル」からの脱却を促進し、以下の4つの原則に基づいています。

1. 密度(Density)

適切な人口密度を確保し、徒歩や自転車での移動を可能にするコンパクトな都市設計を目指します。


2. 多様性(Diversity)

住居、商業施設、公共サービスを一つのエリアに統合することで、多用途な土地利用を促進します。


3. 近接性(Proximity)

住民が必要なサービスに短時間でアクセスできるように配置を工夫します。


4. デジタル化(Digitalization)

スマート技術やデジタルプラットフォームを活用して、リモートワークや市民参加の強化を図ります。


街路の役割の再定義

 「15分都市」の理念において、街路は単なる交通のための空間ではなく、多様な役割を持つ公共空間として再定義されます。

1. 移動手段の多様化

 従来の都市は自動車中心の設計が多く、街路の大部分が車道に割り当てられていました。しかし、「15分都市」では歩行者と自転車利用者を優先する設計が重視され、環境への影響を低減すると同時に、住民の身体的健康を向上させることが目指されています。たとえば、パリでは仮設自転車レーンが設置され、歩行者と自転車利用者のための空間が大幅に拡大されました(Moreno et al., 2021)。


2. 公共空間としての役割

 街路は、人々が交流し、活動する「生活の場」としての役割を果たすべきです。特にパンデミック中、多くの都市で広場や街路が野外カフェや市民の集いの場として活用され、住民の生活の質を向上させる空間へと変わりました。


3. 緑地との連結

 街路が都市内の緑地や公園と連結されることで、都市全体の居住性が向上します。研究によれば、こうした「グリーンインフラ」は、都市住民のストレス軽減や精神的な健康向上にも寄与することが示されています(Sharifi, 2021)。


街路再設計の具体例


パリの取り組み

 パリでは、市長アン・イダルゴの下、「15分都市」の理念を取り入れた都市改造が進められています。仮設自転車レーンの整備に加え、学校周辺の交通制限や公共スペースの再分配が行われ、住民が安心して徒歩や自転車で移動できる環境が整備されています。


バルセロナの「スーパーアイランド」プロジェクト

 スペインのバルセロナでは、「スーパーアイランド(Superblocks)」という都市計画が導入され、街路を歩行者と住民のために再設計する取り組みが進行中です。このモデルでは、エリア内の自動車交通が制限され、地域住民の交流が促進されています。これにより、空気質の改善や騒音の減少といった環境的な利点も生まれています。


「15分都市」の利点と課題

【利点】

1. 持続可能性の向上
自動車依存を減らし、温室効果ガスの排出を削減します。

2. 健康促進
歩行や自転車利用を促進することで、住民の身体活動が増加し、健康が向上します。

3. 地域経済の活性化
地域内での消費が増え、地元経済が活性化します。

4. 社会的結束の強化
地域コミュニティが活性化し、社会的孤立が緩和されます。



【課題】

1. 既存インフラとの適合性
歴史的都市や低密度地域では、既存のインフラを改修するコストが課題です。

2. 社会的不平等
高所得層が便利なエリアに集中し、不平等が拡大するリスクがあります(Bibri & Krogstie, 2020)。

3. 公共交通機関の充実
地域間移動を支える公共交通インフラの整備が必要です。


結論:未来の街路設計への提言

 パンデミックを契機に、街路の役割と都市空間の使い方についての認識が大きく変化しました。「15分都市」の理念は、住民の生活の質を高め、持続可能で包括的な都市を実現するための有力な指針となります。

 しかし、その実現には、各都市の特性や課題に応じた柔軟で包括的な計画が不可欠です。街路の再設計は、単なる交通の効率化ではなく、都市住民全体の幸福を目指すものでなければなりません。


参考文献

Moreno, C., et al. (2021). Introducing the “15-minute city”: Sustainability, resilience and place identity in future post-pandemic cities. Smart Cities, 4(1), 93-111.

Sharifi, A. (2021). Co-benefits and synergies between urban climate change mitigation and adaptation measures: A literature review. Environmental Science & Policy, 9, 138-145.

Bibri, S. E., & Krogstie, J. (2020). The emerging data-driven smart city and its innovative applied solutions for sustainability: The cases of London and Barcelona. Energy and Buildings, 207, 109582.





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