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『割れた皿は元には戻らない』


あれは多分小学五年生の頃の夜だった。

リビングの隣にある和室で布団を敷いて寝ていた私は、父の怒り声で目を覚ました。何に怒っているのか内容は忘れた。でも、隣で姉が寝ていたから怒りの対象は母に向けてなんだろう。襖を1センチほど開き覗くと、見たことの無い剣幕で怒る父と、泣きながら怒っている母の姿が見えた。男性は論理的に、女性は感情的に物事を話すなんてテレビで言っていたっけ。そんなことを思ったのを覚えている。

別に、両親の喧嘩に慣れていた訳ではない。でも、連日母の帰りが遅かったり、父はそんな母をドアロックを使って締め出し、母から私のガラケーに着信が来て、私がドアを開けるなんて前兆的な物はあった。母は喧嘩をする度に家を飛び出して、誰にも行方を告げず、夜が明け、私が再び目を覚ますと何も無かったかのようにキッチンで朝ごはんを作っていた。

「昨日の夜…」
ここまで言って、喉がぎゅっと締め付けられた。この先の言葉が出なくて、見てもない夢の話なんかしたこともあった。

そんな日が月に1回のペースで起こるようになったある日。その日も同じように襖の隙間から覗いていた。何で揉めているのかは知らなかったし、知りたくもなかったのにただ一言、"離婚"という言葉だけはハッキリ聞こえた。

その言葉のせいで、走馬灯のように今までの思い出が脳内に溢れ出した。家族で父の地元の北海道に行ったり、兵庫県でパラセーリングをしたり、運動会でお弁当を食べたり、年明けに御節を囲んだり、あの日、くだらない事で笑い合ったり。特別な思い出から普段の何気ない風景まで脳を駆け巡った。それが終わる。その日々が終わる。そう実感した時、胸が張り裂けそうに痛いのに、涙は溢れて止まらないのに、何故か声だけが出なかった。

苦しいよ。
助けてよ。
逃げたいよ。

声にならない何かを嘆き泣いていたら、隣から聞こえた。

「おいで」
さっきまで寝ていた姉がそっと一緒の布団に入れてくれた。2人分の体温がこもる布団は熱くて、姉の胸元に顔を埋めたせいで息が苦しいのに、さっきよりは随分と楽になった。

「大丈夫。大丈夫やから。」
その言葉を聞いて、私は眠りに落ちたんだと思う。


この夜を境に、両親の喧嘩はパッタリとやんだ。
仲直り、なんてものじゃないのは分かっている。
それでも、穏やかな日々が戻ったことに安堵を感じた。

だから、私は何も知らないフリをして今日も無邪気に笑う。