『願い』
今もふと思い出す
長いようで一瞬だったあの夏の日を
君はもう生まれ変わったのかな
また会いに来てくれないかな
そんなことを願っていても変わらず花火は上がる
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遙香が僕の前から消えて、ちょうど1年。
お別れは呆気なかったのを覚えている。あの日は友達と花火大会に行くと家族に嘘をついて、浴衣を着ていたらしい。彼氏と行くなんて恥ずかしくて言えないって照れながら言ってた横顔が鮮明によみがえる。
それなのに、花火大会当日は何時間経っても君が待ち合わせ場所に来ることはなかった。既読にならないLINEの画面を毎分確認しながら会場内を走り回った。慣れない下駄のせいで足から血が流れる。噴き出す汗を拭うことも忘れて、無我夢中で君の姿を探した。
”本日の~~花火大会にお越しいただきありがとうございました”
無慈悲に大会終了のアナウンスが流れ始めた。
足の血に気がついたとき、同時に疲労も押し寄せてくる。周りの人たちが幸せそうな顔をしているのにムカついて、下を見ながら帰路につく。一歩ずつ踏み出すたびに親指の付け根が痛んで、焼きそばの屋台の近くにあったベンチに腰掛けた。
「大丈夫ですか?」
同い年くらいの男の子が声をかけてくれた。
足のことだと思い無理矢理口角をあげる。
「顔、真っ青ですけど…」
どうやら心配していたのはどうやらメンタルの方らしい。
「一人にして下さい。」
そう言うと、500ミリのコーラを横に置いてその場から離れてくれた。
未だに既読にならないLINEに嫌気がさして、閉じようと電源ボタンに指を置いた瞬間、
「今どこ?」
と君の親友からのLINEが届く。
「花火大会の会場だけど。てか、遙香がどこにいるか知らない?」
と送り返す。
「~~病院に遙香がいる。今すぐ来て。」
無機質な文字は安易に最悪を想像させる。何があったのかを聞く前に僕は走り出していた。下駄なんてどこで脱げたのかも分らない。
ただ、ただ。遥香がいる場所まで走った。
病院に着くと、外来の入り口で久保さんが待っていた。
彼女は泣いていたのか鼻が赤くなっているのに、
「その足…」
と僕の心配をしてくれる。
『史緒里は私が知っていいる人の中で一番優しい人だから。』
遙香がどや顔で僕に教えてくれたのを思い出す。
付け足して、『二番目は君だよ』ってフォローしてくれたけど、君の1番になりたくてちゃんと嫉妬した。
「病院が汚れるから、まず洗うよ」
ドロドロに汚れた足を見て、久保さんは冷静に一番近いトイレまで案内してくれた。
「これ使って」と渡してくれたハンカチには綺麗な花が刺繍されていて、見覚えのある物だった。約一ヶ月前にショッピングモールで遙香とデートをしたとき、眉を八の字にしながら選んでいた物だ。その思い出を汚すことは出来なくて、トイレットペーパーで足を洗ってゆく。ハンカチと一緒に渡された絆創膏を貼ってトイレを出ると、久保さんがスリッパを渡してくれた。
「わざわざありがとう。」
そう伝えてハンカチを返す。彼女はハンカチをポケットにしまいながら、歩き出した。置いていかれないように僕は何も聞かずにその背中を追う。
乗ったエレベーターが下に向かう。
光のないウォータースライダーに乗った気分。
もう後戻り出来ない。あらがうことも出来ない。ただ流れに身を任せるしかないのに、喉の奥から何かがこみ上げてくる。無慈悲に開いた扉の先は生き物の精気を感じないほど冷たくて、また足の痛みを思い出す。
あぁ、どうしても行かないとダメなのか。
そう思った僕を見透かしたのか
「君は知らなきゃいけないよ。」
久保さんは振り返らずに吐き捨てて、重そうな扉を開いた。
「ずっと探してたんだ。」
「どこにいたんだよ。」
「心配したんだよ。」
「なぁ、遙香。」
「目を覚ましてよ。」
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アラームの代わりに蝉が鳴いた
時計を見ると、時刻は7時半を少し過ぎた辺りを示している。首にまとわりつく寝汗が不快で、二度寝もできず、仕方なくリビングに顔を出す。
「おはよ。」
洗濯物を干し終わって録画していたドラマを見ていた母親に挨拶して、冷蔵庫から冷たい麦茶を取り出し、口をつけないように喉に流し込むと、遠くからコップに入れて飲んで!と、お叱りをうける。空腹を感じて食パンにマーガリンを塗っていると「使い過ぎないでね」の釘を刺される。食パンが焼けるのを待っていると、テーブルに置いてあったチラシが目に入った。
「花火大会か。」
ため息交じりの言葉には熱はこもってない。
遙香が死んで一年。気がつけば君の命日を迎えていた。
母は僕と彼女が付き合っていたことを知らない。母だけじゃなく、学校のみんなも知らない。知っていたのは久保さんだけ。
『内緒で付き合うのって、ドキドキするよね。』
そう君が言ったから、卒業まで内緒にすると約束したんだ。だから僕は約束を守るために君の葬式で1人だけ泣くのを堪えた。おかげで、二学期から冷酷なやつだと思われて友達が減った。でも、平気だった。平気と言うより周りの声が聞こえないくらい全てがどうでも良くなっていた。
「花屋さんって、近くだとどこにある?」
トーストを頬張りながら母に尋ねる。
「何?そんな子じゃないでしょ」
驚かれて、柄じゃないのにって軽く馬鹿にされた。
言葉には棘がついているのに、小さなメモに丁寧に地図を書いて教えてくれる。開店時間は9時らしいから、花を買って、その足で墓参り行けば午前中に済みそう。午後はなんとなく外には出たくなかった。
「行ってきます。」
乱雑に開かれた数学のワークも、古典のプリントもそのままに僕は家を出た。照りつける太陽は皮膚を焦がし、泣き叫ぶ蝉はその命を謳歌しているようで泣きたくなる。イヤホンで輝かしい世界を拒絶し、教えてもらった花屋さんへ向かう。店内を物色したのは良いが結局何の花が良いのか分らず、店員さんのおまかせに頼ることにした。
「お花は誰にあげる予定ですか?」
「えっと…彼女に。」
「良いですね!お誕生日プレゼントですか?」
「あ、えっと…お墓参りで…」
「あっ、すみません!私、無神経でしたね。申し訳ございません。」
丁寧に頭を下げる女性は誠実な方で、この人に花を任せて正解だと思った。
「あ、大丈夫です。」
「色のご要望はございますか?」
『オレンジって綺麗だよね、見ると暖かい気持ちになる。』
ふと、君が言っていたことを思い出した。
「……オレンジでお願いします。」
数分後、店員さんが持ってきてくれた花はとても綺麗で心からの感謝を伝え、再び炎天下の外に踏み出す。太陽が思ったよりも眩しくて目を細めると、頬を何かが伝った。
10時頃、太陽が調子を上げてきたのを感じる。
丘の上にある墓場まで粗く舗装された階段を上らなきゃいけなくて、できるだけ花を握りつぶさないように気をつけながら一段一段上る。
綺麗に整列させられた墓石を横目に久保さんから聞いた場所を目指して歩く。
"賀喜家"
そう書かれた墓石を見つける。側面には君の名前が彫られていた。そこに名前が刻まれるのは早すぎるような気もするけど、そんなこと思ったって仕方がない。花を供えようとしたが、既に綺麗な花が供えられていた。持ってきた花を膝に抱え、線香をあげる。香りが僕を包み、手を合わせ、目をつむる。
「遙香がいない夏は寂しいよ」
目を開いたら君がいる。
なんてことは起きなくて、もうすぐ昼を迎える太陽はますます元気になっている。花を持って帰ろうとすると、お寺から人が出てきた。
「お墓参り、ありがとうございます。来てくれて喜んでいると思います。」
「出来れば、会いたいんですけどね…」
思わず口に出てしまった。謝ろうと思ったとき、お坊さんは優しい笑顔で言った。
「大丈夫、会えますよ。」
守護霊とかそういう意味だと思うけれど、その言葉に説得力を感じる。
「ありがとうございます。」
今日は涙腺が緩くなっているみたい。
いまだにスライド式の玄関のドアを開く
「ただいま~」
ちょうどそうめんが茹で上がったみたいで、いつものトーンでキッチンから「食べる~?」と問いかける母の声が響く。
「食べる~、あ、なんか花瓶とかある?」
「物置部屋に何個かあったはず。って、その綺麗なお花どうしたの?」
「別に、何でもないよ」
咄嗟に花束を背中に隠す。
花瓶に花を飾ってから、準備してくれたそうめんをすする。
「そういえば、10時頃に女の子が来たよ。」
続けて母が言った。
「○○くんいませんか?って、何?あの子彼女?」
「誰のこと話してんの?」
僕の問に母が答える。
「えーっと、賀喜ですって確か言ってたよ」
「え?」
「同じ学校の賀喜なんですけど○○くん居ますか?って言ってた。」
あり得ないとかの話じゃない。
だって遙香は…
「何言ってんの?」
「もー、何回言わすんよ」
こんなやりとりしているとインターホンが来客を知らせる。
「そういえば、お昼にもう一回来るって言ってたから来たんじゃない?」
母の言葉を聞いた僕は走って玄関に向かった。
磨りガラスの向こうには確かに人影があって、舞い上がったのも一瞬
誰かの悪戯ではないかと自分の心に保険をかけてから恐る恐る玄関を開く。
目がなくなる程に目尻を下げて、白い歯を見せて笑う。
1年前まで見ていた笑顔がそこにあった。
『久しぶり、○○。』
浴衣姿の君が立っている。
あの日に会えていたら、会った瞬間に似合ってるよって言えたのに。
やっぱり今日は涙腺が緩いみたい。
あふれ出す涙が止まらなくて視界が歪む。君の姿を目に収めたいのに、その笑顔を焼き付けなきゃいけないのに止まらない。君のことが好きだと改めて伝えたいのに、嗚咽で何も言えない。
『ごめんね。』
うずくまる僕を抱きしめてくれた。応えるように僕も遙香の背中に手を回す。着ている浴衣の質感も、その皮膚の下に血が通ってる気配もするのに、体温は感じなかった。ゴムの塊を抱きしめた感じがして、遙香なのか不安になったが、首元からほのかに香る香水が君だと証明する。
「会いたかった。」
振り絞って声に出す。
聞き取れるか分からないくらいの、掠れ声。
君の両手が涙でぐちゃぐちゃの僕の顔を包み、そっとキスをくれた。
『生きてる時に出来なかったから、ね。』
自分から大胆な行動をしておいて照れる君が愛おしく、もう一回僕の方から唇を重ね、しばらく二人で照れ合っていると知らないうちに涙もやんでいた。
僕らは再会を喜び、暑さも忘れて他愛ない会話を交わす。
「そう言えば、佐藤さんと町田が付き合ったんだ」
『えー!やっぱり?あそこ付き合うと思ってたんだよね〜』
「ずっと両想いだったみたいだし、今日の花火大会2人で行くってストーリー書いてた」
『そうなんだ〜』
少しの沈黙の後
「『 あのさ! 』」
二人の声が重なる。
言葉にしなくても何を考えているのか想像ができるのは、僕も同じことを考えているから。1年前なら『お先どうぞ』と譲ってくれたのに今日は違う。
『まって!先に言わせて!』
「じゃあ、お先どうぞ」
『花火大会、一緒に行きませんか?』
君は去年、花火大会に誘った僕の言葉をそのまま使った。
だから僕も君の言葉を借りることにしよう。
「りんご飴、食べたいね。」
りんご飴だけじゃ足りないとあれも食べたい、これも食べたい
目を輝かせながら言う君に
「そんなに食べれるの?」
『食べられなくなったら頼むよ』
っていたずらな笑顔を見せながら、僕のお腹をつつく
『あ!でも…』
黙った彼女に「どうしたの?」って聞いてみると、彼女曰く夏祭りに行って同級生と会ってしまったら騒ぎになるからどうしよう。だって。
そういえば、お母さんにも姿が見えていたし、他の人達にも遥香の姿が見えるかもしれない。
「再会したらいいんじゃない?」
何も考えずに言ってみた。
『騒ぎになったら、2人きりじゃなくなるじゃん』
頬を膨らませて、拗ねた様に言う。
花火大会には行きたいけど、人に見つかりたくない。
どうしようかと悩んでいると、会場から少し離れた裏山なら途中の石段から花火が見えることを思い出した。
「良い場所があるよ。」
日が暮れるまでどうしようか。
相談すると、『ごめん、ちょっと行きたいところあるから18時にそこに集合でいい?』と言われて、どこに行くのか聞く前に遥香は背中を向けて行ってしまった。
とりあえず17時には家を出て、食べたいと言っていたものを買ってから集合場所に向かうことに決めた。
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気がつくと時計は16時を回っていて昼寝をしてしまっていたらしい。
目が覚めると、昼の出来事は全て夢だったのでは無いかと不安にかられた。
すがるような思いでスマホを見ると、久保さんからLINEの通知が一件あった。「良かったね。」この一言で、現実なんだと安心できた。
「そっちこそ」
返信すると、5分後くらいに「ごめんね、〇〇くんと遥香の時間奪って」
そうだ、彼女はどこまでも優しい人だった。
「久保さんも、遥香にとっても大切な人だから別に気にしないで。僕の方こそ、ごめん」
「このやりとり、キリがないね笑」
なんて返そうか考えていたら追加でLINEが送られてくる。
「花火大会、楽しんでね」
「うん。楽しんでくる。」
ポンっという音を聞いてからすぐに支度に取り掛かる。
君が食べたいと言ってたものは全部買えるようにお金もおろしてきた。
「行ってきまーす」
数学のワークや、古文のプリントは机の端に綺麗に整えて家を出る。傾いた太陽は名前を変えて、鳴いていた蝉も大切な人が見つかったのか、静まり返る。いつも着けるはずのイヤホンも勿体なく感じて、ケースにしまったまま外を歩く。
がやがやと夜店がひしめく会場を1人で歩く。
強がりでもなくて、決して寂しくはなかった。
りんご飴 タコせん フランクフルト
わたあめ ミルク煎餅 ベビーカステラ
その他もろもろ、両手に抱えて石段を昇る。
「遥香。」
10段上に居る君を呼ぶと、はしゃいで5段降りるからバランスを崩した君を支える為に5段昇る。
「危ないよ。」
『ごめん』
結局は自分の足で持ち堪えてくれたおかげで、両手に抱えてる食べ物たちが無駄にならなくて済んだ。
『本当にリクエスト通り』
「あとでお金請求するから笑」
『じゃあ、宝払いで』
このジョークで笑えたのは今日が初めて。
「どれから食べる?」
『じゃあ、たこ焼き!』
「りんご飴じゃないの?」
『楽しみは最後に残しておかないと』
『最後にね』
たこ焼き、焼きそばを2人で分けて食べた。
正直言うと、もうお腹いっぱい。
それは遥香も同じなのか、浴衣の帯を気にしている。
「無理して食べなくて良いよ」
『無理して食べないと、最後だもん』
最後という言葉に締め付けられた心を慰める様に花火が上がった。
『オレンジだ!綺麗〜』
『今のってもしかしてピカチュウ?笑』
『ハートかな?横からだと分からないね』
一つ一つ反応する君はまるで解説者
咲いて、散る。咲いて、散る。
ただそこに咲いていたと、
煙だけを残して見えなくなる。
過ぎた時間と、盛り上がっている花火からもうすぐ終わると直感が言う。
なんとか、りんご飴だけを残して何とか2人で食べ切った。
「食べれそう?」
りんご飴を差し出して聞く。
『一口かじらせて』
小さなかじり跡
『ん。満足。』
「おい。」
「もう、いらないの?」
『うん。満足だよ。本当に』
君の右手が僕の左手を覆う。
咄嗟に指を絡める。
離したくない。
『手、熱いよ笑』
「遥香は、冷たいね…」
触れているはずの指先の感覚が無くなっている。
時を止める方法は知らない。
一輪、また一輪と咲く度に君が離れていく。
『こっちを見ないで聞いて欲しい』
「なんで?」
花火を見ながら尋ねる。
『君の最後の記憶は笑顔がいい。』
君は願った。
でも、僕はその願いを無視して瞳に君を写す。
『何でみるの?』
泣きながら笑って言う。
「だって、付き合う時に君を笑顔にしたいって言ったでしょ?」
『ほんと、律儀なんだから。』
「誠実なんだ。」
花火が重なって咲く。
フィナーレの花火に一瞬だけ目を奪われる。
『絶対…幸せになってね。』
ハッとして振り向く。
さっきまでそこに居たはずの場所に君の姿は無い。
時間差で届いた花火の音に僕の声はかき消された。
一段、一段と階段を降りて少し歩くと、夜店が立ち並ぶ会場に着いた。
同じ人混み。でも、もう探さない。
前を向きながら歩いて帰る。
ふと、振り返ると男と手を繋いで歩く久保さんがいた。
久保さんは僕に気付かずに人混みに消えた。
君のいない世界で僕らは幸せになるよ。
さよなら。
ありがとう。
大好きだった君へ。
小さなかじり跡を上書きする様にりんご飴をかじった。
「こんなに甘いの、1人じゃ食べれないや。」
終