『ここにいる理由』
"ふらっと消えてどこかに消えてしまいそう"
君の言葉が私の中で生きているかのように渦巻く。
"アンタだってふらっとどこかに行きそう"
私の言葉は流されてしまったのに、
"どこにも行かないよ"
君の言葉はシミになって消えない。
28歳、冬の終わり。
私は5年間付き合っていた男性と別れた。
3年目から結婚を意識していたのは嘘ではない。
でも、今年になって彼の県外転勤が決り、その決心が揺らいだ。
『ごめん、やっぱり今の仕事を辞めたくない。かな。』
彼が引き止めずらい理由を繕っては並べた。
『別れよっか。』
5年の歳月は私の言葉であっさりと終わった。
母にそのことを伝えると凄く非難された。
"仕事なんて変わりはいくらでもある"
"28歳からの出会いなんてない"
本当にその通りだと自分でも思う。
でも、私はこの地を離れたくない。
今年もそろそろ送られて来る頃。
毎年3月の半ば、実家に投函される海外からのポストカード。送り主の所在地は毎年ばらばら。
今まで送られて来たカードを見返しては、今か今かと待ち侘びる。
今はどこをほっつき歩いているのか。
去年はヨーロッパを巡るって書いていたし、今年はアジア圏には戻って来てたりするのかな。
カードが来るタイミングは母がLINEで教えてくれる。
仕事終わりにLINEを開いては来ていない連絡に落胆する日々も今日で終わった。
"いつもの来てるよ"
"分かった"
その事実だけで土砂降りの雨の中を浮ついた気分で歩く。
アイツからのポストカードは今までは煌びやかな海外の景色が描かれていたのに、今回は見たことある日本の風景だった。
裏側には殴り書いたような字で少しのメッセージが書き留められている。
"少し前に帰って来ました。"
何年経っても自分勝手なやつだと、思った。
高校卒業を機に私を置いて地方の大学に行ったと思えば、次に来た連絡は海外の知らない地名が書かれていたポストカード。
やっと帰ってきた。
喜びと怒りでどんな顔をして良いか分からない。
ふと目をやると、今までは書いてなかった送り主の詳細な住所が書いてあった。
その住所に見覚えがあったのは、3回ほど書いた年賀状で送った場所だったから。
取り出しやすい位置に置いてあった卒業アルバムを手にとって間にカードを挟んだ。
ふわふわと宙に浮かんだ気持ちを落ち着かせるために、目的もなく外に出掛ける。家の近く、高校の頃に2人でよく寄った場所。あの頃より値上がりした肉まんを買ってみた。
『あ。』
外に出ると、最後の記憶より日に焼けて黒くなったアイツがいた。
「久しぶり。」
『久しぶり。』
映画のような感動的な再会でもなく、どことなく、気まずい空気が流れる。
『帰って来てたんだ。』
「まぁ、ちょっと前に」
何を話せば良いのか分からない。
「カードって届いてた?」
『あ、うん。お母さんが取ってくれてる』
少しだけ意地を張ってみる。
「そっか…」
『うん。』
まだ冷たい夜風の中、体を温める為に肉まんを千切る。
いつも通りを取り戻す為に、決まったセリフを言ってみた。
『半分、いる?』
「ありがとう、貰うわ。」
同じことを思ったのか、聞いたことのあるセリフが返ってきた。特に何かを話すこともなく、ここに居る口実だった肉まんも無くなってしまった。
『…じゃあ、明日も仕事あるから帰るね。』
「送ろうか?」
『ううん、近くだから。』
「そっか。」
君は少し寂しそうな表情を浮かべる。
そんな顔する資格はアンタにはないでしょ。
私の方がずっと。
『ねぇ。』
遠のく背中を呼び止める。
「ん、何?」
『私、ずっとここに居たよ。』
『同級生の子達が就職して引っ越したり、結婚して旦那さんの転勤について行ったりしてても、ずっとここに居たんだよ。』
浮かんだ涙を拭ってくれる訳でも無いのに君の言葉は私を包み込んだ。
「ありがとう。」
「俺も、もう、どこにも行かないから。」
終