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『真夜中の幻』


深夜2時過ぎ
誰もいなくなったコンビニの床を磨く

一歩出ればあたりは真っ暗
暗い間はこの境界線を越えることはできない

残り、5時間
今日のために見ないでおいた動画やアニメがある
それを見て暇を潰そうか

店内に繰り返し流れる昔のフォークソング
ラジオとかかけてくれると嬉しいんだけど、オーナーは「やり方が分からない」の一点張り

木曜日に変わった今日は坂道アイドルが担当しているANNがある
誰もいないなら、スマホで流していても気付かれないのではないか


バックヤードは節電のため結構薄暗くて、手探りで鞄からスマホを探し出す。イヤホンも見つけたけど、流石に怒られるだろうと思い鞄の中に投げる

手慣れた動作でradikoを起動すると声が響いた

『すいません〜』

「は、はい!すいません!今行きます!!」

自分のロッカーと少しだけ開いていた谷口のロッカーを閉めてレジに向かう

するとレジにはカゴいっぱいに商品を入れた若い女性が立っていた

「お待たせしました」

『いえいえ〜すいませんこんな時間に』

この人めっちゃ話しかけてくるな〜なんて思いながら一つずつスキャンしていく

『すごい食べるなぁって思ってますよね』

「少しだけ」

『めっちゃ恥ずかしいです笑』

おにぎり、カップ麺、スイーツ、アイス、ジュース
全部この人のお腹に収まるのだろうか
不安になる程、女性は華奢な体をしている
まるで乃木坂46のメンバーのよう…な…



そんな訳ない。


こんな所に居るはずがない。


ちっぽけな脳みそがエラーを検出


"真夜中のコンビニに山下美月が来店し、話しかけられている"


僕のスペックでは到底処理できない案件なのに、
そんなのはお構いなしに会話を持ちかけられる


『あれ?ここってラジオつけてたんですね』

自分のポケットのスマホから音が出ていることに気が付いた

「あ、僕の独断です」

『バレたら怒られますか?』

「多分…」

僕の言葉を受け取らないように
のらりくらりしているアイドル

『あーあ。悪い人だ』

「その悪い人に犯罪者も含まれます?」

『犯罪者は極悪人ですね』

「良かったです。僕がそのカテゴリーじゃなくて」

「袋要りますか?」

ホットスナックを覗く山下美月に声をかける

『あ、要ります!お願いします!』

【悪いんだよ山下はね〜笑】

袋に詰めていると、久保史緒里の声が響く

「山下さんも、悪い人ですね」

『あれ?気付いてたの?』

「はい。」

『気付いてるって言ったらもう来ないかもよ?』

悪戯な顔で微笑む

「プライベートでオタクと会いたくないでしょ?」

『君は良い人だね』

『素直なコンビニ君に免じてまた来てあげる』

「はい。ありがとうございます」

『またね、コンビニ君』

肩越しに手を振る山下美月を見送る

空はまだ暗く、朝はまだ遠い

もう一度、夢に浸るのも悪くない