大人になるきみへ①
★★★『大人になるきみへ』というのは、21世紀に大人になる子どもたちに向けて、20世紀の終わりに発行された小さな本です。
奥付けを見ると、帝京大学病院難聴児親の会ひまわり会の発行となっていますが、発案は当時言語室にいらした廣田栄子先生(*現筑波大名誉教授)です。アメリカのグラハムベル協会の100周年記念大会に出席され、帰国された後に、「親から子どもへのメッセージ本を作りませんか?」とお声がけいただきました。
私たち親はすぐさま「いいですねー!」と反応し、この企画がスタートしました。(廣田先生が本のことを思いつかれたお話は、シリーズの中でじっくり伺いたいと思っています。)
このシリーズでは、本の内容をそのまま再現しながら、難聴児の親や、指導にあたられる言語聴覚士(ST)の先生方の思いや考えをお伝えしていけたらと思います★★★
▼若いSTの先生が帝京言語室に入ってきたこと
さて、息子が2歳7か月で難聴となり、帝京大学病院耳鼻科言語室にお世話になって、しばらくたった頃のことです
言語室に、福祉関係の大学を卒業した若いST(言語聴覚士)の先生がやってきました。実地研修を受けた後、子どもたちの指導にあたられるということでした。
私たち親は興味津々です。
「どうしてSTの仕事を選ばれたのですか? なぜ難聴児の療育に取り組まれようと思われたのですか?」
そんな質問を投げかけてみました。(福祉の志のある方を見ると、思わず知らず尊敬の念が湧きます。)
すると、その先生から次のような答えが返ってきて、おどろきました。
「大学で進路を決めるときに、視覚障害のほうに進むか、聴覚障害に取り組むかで迷ったのです。どちらも乗り超えないといけない課題は、それぞれあります。でも勉強をしていて、視覚障害よりも聴覚障害の子どもたちのほうがむしろ大変かもしれないと思いました。
それで、聴覚障害の子どもたちのお役に立ちたいと思い、この仕事を希望したのです」
若い先生はそうおっしゃいました。
「えっ、聴覚障害ってそんなに大変なのですか?」
おどろいたのは、そこです。
それは私ばかりでなく、周りのお母さんたちもびっくりしたことでした。
それまで障害自体を比べることなど、まずありませんでしたし、視覚障害について何の知識も持ち合わせていなかったのですが、それだけに、どちらが大変か聞かれれば、視覚障害ではないかと思ったのです。
▼聴覚障害児の子育てのむずかしいところって?
先生がおっしゃるには、視覚障害児の場合はコミュニケーションの問題はほぼなく、言葉もスムーズに習得されていくそうです。
難聴児の場合は聴覚を活用しづらいために、コミュニケーション障害という二次的な困難が生じます。
視覚障害は目をつぶった時や、停電の時など真っ暗になって右も左もわからなかった体験から、本当に大変な障害だろうなと想像していました。
ところが、聴覚障害については、あれほど言語室の先生方から口を酸っぱくして伝えていただいたにもかかわらず、自分が体験したことがないだけに(「まったく聴こえない」という体験をするのはむずかしいので)、いまひとつその大変さを把握していなかったかもしれない…。
右も左もわからない理解不足の親でしたが、あらためてそう思うとともに、聴覚障害について真剣に、客観的に考えました。
なぜ聴覚障害はむずかしいのでしょう?
その理由として、①聴こえないために、本来ならスムーズに習得していける日本語という言葉の習得がうまくいかない。そして、
②言葉が育たなければ思考も育ちづらい。
③聴こえないことから、圧倒的にコミュニケーションを取ることが困難になる。したがってコミュニケーションの取り方を学べない。
以上のような点が考えられます。
私たち親が超えなければならないのは、思ったよりもずっと大きくて分厚いカベなのかも知れない。
…そう思いました。
▼子どもへのメッセージを本にしよう!
この頃から、コミュニケーション障害という側面からくる、子どもたちの学びにくさを補おうと、私たちはさらに幅広い体験学習を重ねていくようになりました。
指導に当たられていた小林はるよ先生や廣田栄子先生をはじめとする言語室の先生方からヒントと指針をいただきながら、リーダーやサブリーダーなど役割を決めてのグループ活動、合宿に向けての子どもたちの話し合い、成人した難聴者を招いての勉強会、字幕付きプラネタリウムの上映会等々…それはもう、思いつく限りのあらゆることに取り組みました。
そして、子どもたちが大きくなり、思春期を迎えるころ。言語指導から手がはなれ、そろそろ親が手だし口出しできなくなる時期に私たちが取り組んだのが、『大人になるきみへ』という本づくりでした。
コミュニケーションが取りづらいために起きるのではないかと思われる些細な行き違い、誤解、つらい思い、自己確立のしづらさ。
さらに、自分の障害を受け入れられないまま、自信をもてずに学校生活・思春期を送るのではないかという、親の側の不安もありました。
それらについて、親たち自身が通ってきた道を振り返りながら、「こんなことに気をつけて」「そこのところは、じつはこういうことなんだよ」「聴こえなくても、聴こえていても、誰だって同じことで悩むんだよ」というように言葉にして、人生観を交えたメッセージを伝えたい。
そういう思いから、言語室の廣田栄子先生を囲んで、5年間話し合いを重ねて生まれたのがこの本です。
▼人生の冒険に乗り出す子どもたちに示す地図を!
当時の子どもたちが大人になったいま思うと、「ちゃんと大人になるだろうか」という親たちの不安や心配は杞憂だったかもしれません。どのお子さんも、それぞれ課題を抱えながらも良い大人になりました。
それでも、難聴児の親たちの思いと愛が詰まったこの小さな本を、皆さまに改めてご紹介できたらと思います。
私たちは、自分たち自身も未熟ながら、先輩としての知恵を、ぜひとも子どもたちに伝えたいと思いました。子どもたちがこれから、嵐の一つや二つ、必ず襲ってくるに違いない人生という冒険に乗り出すとき、迷ったり落ち込んだりしないように、堂々巡りの煩悶から抜け出せるように、地図の一つになればと思ったのです。
目次は以下の通りです。
☆はじめに(巻頭言)
☆この本を読まれる前に
☆1.自分の障害について考えたことがありますか?
☆2.きみが生れて、きみの周りの人はどんなに喜んだことでしょう
☆3.地球上にはじつにさまざまな人が住んでいます。さて、
そのなかでまったく同じという人がいるでしょうか?
☆4.「出会い」……それは、素敵な予感
☆5.きみが思っているように、人は思っていない
☆6.人の心を開く鍵は「相手を好きになること」
☆7.コペル君たちへ
☆8.大好きなことをする時間が、きみのエネルギーとなる
☆9.きみのなかに、きみを見つめるもう一人のきみがいる
☆10. きみのおかげで、皆が少しずつ幸せになることを知っていますか?
☆11. 大人になることについて
☆あとがき
★次回より、『大人になるきみへ』を目次の項目ごとに順次noteにアップしていきます。
まずは、難聴児の親たちが敬愛してやまない耳鼻科医、田中美郷先生が寄せて下さった巻頭言からのスタートです。
もしよろしければシリーズをフォローしていただき、周りの皆さまにもシェアしていただけたら嬉しいかぎりです。
どうぞよろしくお願いいたします。