大人になるきみへ③ この本を読まれる前に
★★★『大人になるきみへ』というのは、帝京大学病院難聴児親の会のメンバーが、5年間話しあい、知恵を出し合って執筆し制作した小さな本です。自分たちで印刷会社に原稿とレイアウトを持ち込み発注した自費出版本。
幼児期の言語指導を終了し、これから思春期を迎えようという難聴の子どもたちに向けて書いたメッセージ集で、後に会に参加された親御さん方や子どもたちに読み継がれました。
帝京大学病院耳鼻科言語室の廣田栄子先生や他の先生方には、企画・予算の相談にのっていただき、ご指導いただきました。
先生方はいつも難聴児たちの先行きを考え、模索しながら、面白いことは何でも一緒にという姿勢でいてくださいました。また、親の会が思い切り活動できるよう、各方面への根回しも欠かさないでいてくださったのだと思います。感謝しても感謝しきれません。
廣田先生は国際医療福祉大学へ転出された後も、『大人になるきみへ』の話し合いと編纂にそのままお付き合いくださり、監修というお立場から「この本を読まれる前に」というメッセージを難聴の子どもたちに寄せてくださっています。★★★
この本を読まれる前に
21世紀に、日本は人口の25%がお年寄りという「高齢化社会」を迎えようとしています。そこで、身のまわりを見渡すと、自宅のお風呂場、ろうか、階段、それに駅、郵便局は滑りやすく、足の上げ下ろしが必要ですし、書いてある文字が見えにくく、呼びかけの言葉が聞きにくいことに気がつきます。
お年寄りが安全に、しかも快適に生活する環境には、ほど遠いと言えます。
では、どうしてお年寄りに不自由にできているのでしょうか?
それは、街や家の生活環境や設備は、社会の大多数の人、つまり「健康な成人」の使いやすさをイメージして作られてきたからです。
そのように見てみると、社会の少数派の人が困ることはたくさんあります。
耳の不自由な人は、病院の呼び出しがわからない。テレビの音声情報が楽しめない、公営交通での事故や災害のアナウンス情報が手に入らない。
また、目の不自由な人は、シャンプーなどのラベル表示がわからないことに気づきます。
ですから21世紀は、お年寄りも子どもも、耳の不自由な人も、目の不自由な人も、一人一人が尊重され、安全で快適な生活を送るために必要な環境作りとはどのようなことなのか、答えを出すことが大きな課題です。
問題の解決には、「バリヤー・フリーの(障壁による拘束のない)社会」を創りだす努力が欠かせない時代になるでしょう。
ところで、人間が生活を営むときにバリヤー(障壁)があるとしたら、それは建物や設備などハードな面のせいばかりではありません。
ともに生活している相手がどんなことを考えているかがわからずに、「心と心の結びつきの障壁」が生じている場合もあります。
人と人の「コミュニケーション」は、その問題を解きほぐす重要な役目を持っています。
ですから、言葉の入口にあたる耳が不自由であれば、日常のコミュニケーションで、とくに「心と心の結びつきの障壁」に遭遇することが多いかもしれません。
友達や、家族、身の回りの人の会話に気楽に加われなかったり、会話のすべてを理解できなかったり、コミュニケーションのちょっとした行き違いなどがあれば、どんな人もきっと腹が立ち、また気持ちがふさいで、何もかも嫌になってしまうこともあるかもしれません。
あるいは、スポーツや好きなことを思いっきりやって気持ちを発散させ、あまり気にしないようにすることもあるでしょう。
しかしときにはじっくりと、真正面から悩みの中身について考えてみる時間と勇気を持つことも、大切だと思います。
この本は、そんなときに、あなたと同じようなことについて考えている他人を発見し、立ち止まってあなた自身について考える時間を与えてくれる良い本であると思います。
この本は、「ひまわり会」のお母さん方が5年間もの間話し合いを続けて書かれたものです。
あなた方がご両親のもとに生まれたときからそれまでの人生を振り返り、いくつか心に残った場面と、そのときに至った考え方の一部を記したものです。
あなたより20数年、人生を先に歩んでいる人からのメッセージとしても受け取ってもらいたいと思います。
人間であれば、人生のうちには楽しいこともたくさんあるでしょうし、また悩んだり、迷ったりすることにも、実は多くの時間を費やしているものです。
青年であれば「学校で困ること」や「孤独」、「自分の能力」と「可能性」について悩んでいる人もいるかもしれません。
人間の顔が皆違うように、その人の心の内に去来するものは様々です。
それだからこそ、あなたにあなたらしさがあり、この広い世界に唯一のかけがえのない人間なのです。悩みや迷いの答えを求めて思索し、これからさらに多くの人と出会い、生き方を学び、多くの本を読み、自分なりに考えを深めていってもらいたいと思います。
その中で重要なことは、「自分自身は一体どんな人間なのか」「なぜ生きていくのか」という問いかけに、あなた自身が答えていく意思であろうと思います。
様々な悩みは、これらの問いかけに答えていくことで解きほぐされる側面を持っているように思います。背骨をしっかり伸ばして、自分と仲間たち、そして21世紀の世界の行方を見つめてください。
この本を上梓するにあたり、本の次章はあなた方自身が納得のいくように書き足し、書き上げていってもらいたいと心から願っているところであります。
1999年4月 国際医療福祉大学教授※ 廣田栄子
(※肩書については、刊行当時のままになっています。現・筑波大学名誉教授、東京都難聴児相談支援センター運営委員)