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コロナ水際対策:永住者等の再入国制限は何が問題か

現在、日本のコロナ水際対策では、入国拒否対象地域指定後に当該地域に再入国許可をもって出国した永住者の配偶者等、又は定住者の在留資格を有する外国人(以下永住者等という。)の再入国を原則拒否する措置をとっており、日本に生活基盤のある永住者等が再入国できない状態にあります。この水際対策は国内外から批判されていますが、私は、国際人権法を研究する端くれとして、永住者の当事者として、この措置について色々な方と議論し、出入国在留管理庁出入国管理部、及び外務省領事局外国人課の担当者とも意見交換をさせていただきました。こうしたやりとりも踏まえて、端的ではありますが、この水際対策のなにが問題であるのか、特に永住者等の再入国制限について、国際人権法との関係で整理してみたいと思います。

なお、永住者等の再入国ついては、憲法上の保障の問題とも関連し、日本の裁判でも問題になったことがあります。そちらについては、友人のNoteをご覧ください。


1. 現在のコロナ水際対策

4月3日から現在に至るまで、日本政府は146か国・地域を上陸拒否の対象に設定しました。入国拒否対象地域指定後以降に再入国許可により出国した外国人については、永住者等であっても、原則として特段の事情がないものとして上陸拒否の対象なっています。4月2日以前にも、韓国・中国の一部地域、ドイツ・スウェーデン等の全域、計26カ国が上陸拒否の対象になっていました。しかし、4月3日以降は、これまでその在留資格の性質上特段の事情があるとして再入国が認められていた永住者等も、原則は特段の事情がないとして、入国拒否の対象に入ってしまったのです。つまり、4月3日以降に出国した外国人は、家族が日本にいる、仕事や学校が日本にある、などの事情にかかわらず、外国籍であることを根拠に、再入国が拒否されることになったのです。

ただ、法務省に「特段の事情」に相当すると認められた場合のみ、例外的に再入国が認められる場合もあります。「特段の事情」の例示は、すでに既に3回更新されています。このNoteでは入国拒否対象地域指定後に当該地域に再入国許可をもって出国した永住者等を問題としていますが、この方々に関する「特段の事情」は極めて限定的です。家族の分離や仕事・学校へのアクセスなどの事由では、再入国は認められないことになっています(ただし、個別事情によるので、「特段の事情」に相当する場合には認められる可能性もあります。)。

2. 滞在先の国・地域が上陸拒否の対象地域となった後に当該地域に再入国許可(みなし再入国許可を含む。)により出国した外国人(今後、本邦から当該国・地域に出国しようとする場合を含む。)
○ 外国に居住する重篤な状態にある親族を見舞うため又は死亡した親族の葬儀に参列するために出国する必要があった。
○ 外国の医療機関での手術等の治療(その再検査を含む。)や出産のために出国する必要があった。
○ 外国の裁判所から証人等として出頭の要請を受け、出国する必要があった。
○日本で初等中等教育を受けている児童・生徒が,母国等での入学試験の受験等,進学に必要な手続を行うために出国する必要があり、その後卒業に向け引き続き日本の同一の教育機関で初等中等教育を受けるために再入国する必要がある(同伴する保護者を含む。)。

7月31日、在留資格を有する外国人の再入国について緩和が発表されました。対象となるのは、入国拒否対象地域指定前日までに当該地域に再入国許可をもって出国した留学生やビジネスマンの方々です。この緩和によって、8月5日から留学生等は「特段の事情」がなくても再入国できるようになりました。これ自体は、歓迎すべき措置です。

また、永住者等の取り扱いについては、入国拒否対象地域指定前日までに当該地域に再入国許可をもって出国した場合、本来であればその在留資格をもって「特段の事情」があるとして再入国が認められていたのですが、7月31日の方針によると、9月1日から追加的な防疫措置が義務付けられるようになりました。この追加的措置も議論が分かれるところですが、より問題であるのは、入国拒否対象地域指定以降に出国した永住者等については、緩和措置は一切とられていないことです。また、今後緩和されるかどうかも分からない状況にあります。

2. 水際対策によって影響を受けた永住者等

永住者等は、もともと生活のほとんどの基盤を日本においています。そのため、この水際対策は様々な影響を永住者等に及ぼしています。

・家族生活
7月21日の朝日新聞デジタルでは、日本文学を研究する大学院生として20代で来日した、フランス出身で日本の永住権を持つカトリーヌ・アンスローさん(62)が取り上げられていました。
アンスローさんは、「地元」である東京都練馬区に32年住んでおり、同じくフランス国籍で永住権を持つ息子(31)も練馬育ち。フランスを拠点にするピアニストですが、日本との往来ができず、フランスの家族に会いたくても会えない状況が続いています。

・留学
7月23日の毎日新聞では、中国籍だが日本で生まれ育ち、日々使う言語も日本語である趙燁(ちょう・ひかる)さん(27)が取り上げられていました。米大学院で美術を学んでいた趙さんは、新型コロナの影響で3月中旬に一時帰国。趙さんの大学院は8月に新学期が始まる予定ですが、アメリカに戻れば日本に帰れない可能性もある状態に置かれています。日本で入国拒否となった場合知らない中国の土地に送られてしまうこと、また、日本にいる両親が万が一病気になった際に会うことができないことに不安を感じている、と話しています。

私個人も、もともと今年9月からオランダ留学の予定でしたが、渡航の目処が全く立っていません。日本生まれ・日本育ちで、家族も全員日本にいる中、再入国ができないリスクを伴って出国することは到底選択できません。この措置は再入国に対する制限ですが、事実上出国の制限にもなっているのです。しかし、日本からオンラインで授業自体は参加できますが、留学先のプログラムは対面の授業や活動が通常通り行われていますので、本来プログラムから享受できる大学施設の利用や教授からの指導等がかなり限定的になってしまいます。現地でより良い研究の機会も見つけたかったのですが、今の状況では探すこと自体が困難です。留学にはかなり長い時間をかけて準備してきましたし、これからのキャリアにとって非常に重要なステップでもあるので、このような形で留学の機会が奪われてしまうことは残念に思います。

ここで取り上げているケースはほんの一部にすぎません。永住者等は、日本に生活基盤があり、自己隔離できる住まいがあります。つまり、再入国後に個人が取る防疫対策は、日本人となんら変わりません。にもかかわらず、今回の水際対策における政策判断によって、多くの永住者等は、今後の見通しを立てることができない非常に不安定な状況に置かれ続けています。現在も、海外にいる約5000人の永住者等の再入国の目処が立っていません。

3. コロナ水際対策の必要性・合理性

7月30日、出入国在留管理庁出入国管理部、及び外務省領事局外国人課の担当者と意見交換する機会があり、現在の水際対策の必要性・合理性について以下の三点を回答いただきました:

①日本のPCR検査体制のキャパシティが、永住者等の再入国を許可するには不安定であるため。十分な検査体制を確保・維持するために、水際対策が必要である。
②国内外の感染状況を踏まえて、再入国・入国を許可する優先順位を決めているにすぎない。
③滞在先の国・地域が上陸拒否の対象地域となった後に当該地域に再入国許可により出国した永住者等は、再入国ができないことを承知の上で出国することを選択している。また、外務省でも当該地域は渡航中止勧告が出されている。さらに、空港では、該当者全員から上陸拒否措置に対する同意書に署名してもらっている。

水際対策の直接的な理由は①ですが、国際比較をしてみると、日本以外のG7諸国は「永住者」の再入国を自国民と同様に受け入れており、防疫上の必要性に照らしても、なお国内外から批判されています。
②については、永住者等には十分に自己隔離措置を取れる居住拠点があることを指摘しましたが、永住者等も感染地域から日本に来るという点では旅行者等と同様であるため、日本に住まいがあるという点も重要ではありますが、結局のところ優先順位の問題であるとの回答でした。
③については、デュープロセスに問題がないことから、再入国の拒否は合理的であるという意見になります。
また、水際対策は事実上出国の自由を制限しているにもかかわらず、文言上は出国について何ら制限を課していないため、出国制限の措置となっている認識はされていないとのことでした。

4. 国際人権法上(自由権規約)の問題点

永住者等の再入国を制限する措置は、国際人権法、特に自由権規約との関係で問題となります。自由権規約とは、1966年に国連総会さ採択された市民的、政治的権利に関する国際規約(B規約とも言います)を指します。この条約は締約国を法的に拘束する条約であり、日本にも条約遵守の義務が課されています。それでは、水際措置はどのような点で問題なのでしょうか。
①外国人の「自国へ戻る権利」
「自国へ戻る権利」は第12条4項に規定されています。

自由権規約第12条4項
何人も、自国に戻る権利(the right to enter one's own country)を恣意的に奪われない。

ここでポイントとなるのは、「自国」と「恣意的」の言葉の意味です。
「自国」については、一見すると国籍国に限定されるように見えますが、自由権規約委員会は、一般的意見第27号において、国籍国より広い範囲が含まれるとの解釈を示しています。ちなみに、自由権規約委員会は、この条約の締約国の履行状況を確認する条約機関です。また、委員会が作成する一般的意見は、それ自体拘束力はありませんが、権威ある条約機関が示す条文解釈であるため、締約国が一般的意見を無視することは困難です。

人が自国に入国する権利を有するということは、人とその国との間に特別の関係が認められるということである。(…)
第12条4項の用語(「何人も」)は、国民と外国人とを区別していない。従って、この権利を行使し得る人が誰かということは、「自国」という語句の意味を如何に解釈するかにかかっている。「自国」の範囲は、「国籍国」の概念より広い。それは正式な意味での国籍、すなわち出生又は付与により取得した国籍に限られない。それは少なくとも、当該国に対して特別の関係又は請求権を有するが故に、単なる外国人と見なすことはできない個人を含む。(…)一定の状況下では、その他の要素が人と国との間の密接且つ永続的な関係を形成する場合があるので、締約国はその報告書の中に、永住者が在留国に戻る権利に関する情報を含めるべきである。
参照:UN Human Rights Committee (HRC), CCPR General Comment No. 27: Article 12 (Freedom of Movement), 2 November 1999, CCPR/C/21/Rev.1/Add.9, available at: https://www.refworld.org/docid/45139c394.html [accessed 6 August 2020], paras. 19-20. 和訳は日弁連「一般的意見27:12条・移動の自由

つまり、「自国に戻る権利」は、個人の「国籍国」に戻る権利に限らず、永住者等が「定住国」に戻る権利も保障しているのです。

二つ目の問題である「恣意的」の意味ですが、一般的意見第27号では、この点も明らかにしています。

いかなる場合においても、人は自国に入国する権利を恣意的に奪われない。ここでいう恣意性なる概念は、立法、行政又は司法を問わず、すべての国家行為に適用される概念であることを強調したい。たとえ法律に規定された干渉であっても、それは規約の条項、趣旨及び目的に適合し、且つ、いかなる場合においても具体的な状況に照らして合理的なものでなければならない。委員会の見るところでは、自国に入国する権利の剥奪がその状況に照らして合理的である例は殆ど存しない。締約国は、国籍を剥奪したり、第三国へ追放したりすることにより、人が自国に戻る権利を恣意的に阻害してはならな
い。
参照:UN Human Rights Committee (HRC), CCPR General Comment No. 27: Article 12 (Freedom of Movement), 2 November 1999, CCPR/C/21/Rev.1/Add.9, available at: https://www.refworld.org/docid/45139c394.html [accessed 6 August 2020], para. 21. 和訳は日弁連「一般的意見27:12条・移動の自由

つまり、たとえ法律で規定されてる措置であっても、恣意的となり得るのです。このように見ていくと、現在の水際対策は、まさに永住者等の「自国に戻る権利」を恣意的に奪っている状態であることが明らかです。

外国人の「出国の自由」
「出国の自由」は、第12条2項に規定されています。

自由権規約第12条2項
すべての者は、いずれの国(自国を含む。)からも自由に離れることができる。

第12条2項について、一般的意見第27号は以下のように述べています。

国の領域から離れる自由を、個人が国外に滞在する特定の目的または期間にかからしめることは許されない。従って、本項は海外旅行のみならず、永久的移住のために国を離れる場合をも規定するものである。同様に、個人が目的地たる国を決定する権利も、法的に保障されたものの一部である。
参照:UN Human Rights Committee (HRC), CCPR General Comment No. 27: Article 12 (Freedom of Movement), 2 November 1999, CCPR/C/21/Rev.1/Add.9, available at: https://www.refworld.org/docid/45139c394.html [accessed 6 August 2020], para. 8. 和訳は日弁連「一般的意見27:12条・移動の自由

確かに、水際対策は個人の出国を直接的に制限しているものではありません。しかし、既に述べているように、再入国ができない恐れから、出国の制限を選ばざるを得ない状況にある永住者等は存在します。この措置は、事実上の出国制限となっているのです。また、同条3項は、この権利が「いかなる制限も受けない」としつつも、「その制限が、法律で定められ、国の安全、公の秩序、公衆の健康若しくは道徳又は他の者の権利及び自由を保護するために必要であり、かつ、この規約において認められる他の権利と両立するものである場合は、この限りでない」と規定していますが、水際措置がこの例外規定に該当するかは疑問視せざるを得ません。

③家族に対して恣意的に干渉されない権利
永住者等の再入国を認めない措置によって、家族が分離された状態が生じていますが、権規約第17条1項には以下のような規定が置かれています。

第17条1項
何人も、その私生活、家族、住居若しくは通信に対して恣意的に若しくは不法に干渉され又は名誉及び信用を不法に攻撃されない。

ここでは、「恣意的な干渉」の言葉の意味が問題となりますが、自由権規約委員会は一般的意見第16号で以下のように述べています。

"恣意的な干渉” (arbitrary interference) という語句も又第17条により保護される権利に関連するものである。本委員会の見解によると"恣意的干渉" という語句は、 法に規定された干渉をも含むものである。法によって規定された干渉であってさえも、 本規約の規定、 目的及び目標に合致しなければならないし、かつまた、どんな事があろうとも、 特定の状況の下で、 合理的な干渉でなければならないということを保障しようとして、 "恣意的" という概念を導入したものである。
参照:UN Human Rights Committee (HRC), CCPR General Comment No. 16: Article 17 (Right to Privacy), The Right to Respect of Privacy, Family, Home and Correspondence, and Protection of Honour and Reputation, 8 April 1988, available at: https://www.refworld.org/docid/453883f922.html [accessed 6 August 2020],  para. 4. 和訳は日弁連「一般的意見16:17条・私生活、家族、通信等の保護」

さらに、一般的意見第15号では、この権利は特に外国人の権利を保護する上で重要であると述べられています。

規約は、 締約国の領域に入り又はそこで居住する外国人の権利を認めていない。何人に自国への入国を認めるかを決定することは、 原則としてその国の問題である。しかしながら、一定の状況において外国人は、 入国又は居住に関連する場合においてさえ規約の保護を享受することができる。例えば、 無差別、 非人道的な取扱いの禁止又は家族生活の尊重の考慮が生起するときがそうである。
参考:UN Human Rights Committee (HRC), CCPR General Comment No. 15: The Position of Aliens Under the Covenant, 11 April 1986, available at: https://www.refworld.org/docid/45139acfc.html [accessed 6 August 2020], para. 5. 和訳は日弁連「一般的意見15:規約上の外国人の地位

このように、再入国の制限措置そのものが自由権規約上の「自国に戻る権利」との関係で問題となっています。また、この措置によって生じている事実上出国できない問題や、家族が分離された問題は、自由権規約上のその他の規定にも違反している恐れがあるのです。

5. 今後に向けて

現在、日本は国際的な人の往来に向けた段階的措置をとっていますが、永住者等の再入国制限が撤廃・緩和される見通しは立っておりません。そのため永住者等の実生活は大きな影響を受けてしまっており、自由な出入国が見通せない状況の中、相当な問題が法的にも実際にも生じてきています。もちろん、コロナ対策において、防疫措置は必須ですし、非常に重要であることは事実なので、全ての制限が即座に緩和・撤廃されることは現実的ではありません。それでも、現在の水際対策は、この措置の下に置かれている人々への配慮が著しく欠けていると言わざるを得ません。再入国制限の緩和等について、日本政府は一刻も早く見通しを示すべきではないでしょうか。

また、この問題は、そもそも「国籍」という線引きを日本政府が安易に使っていることを露わにしています。永住者等が再入国後に個人が取る防疫措置は日本人となんら変わらないにもかかわらず、今回の「国籍」に基づく線引きは、果たして合理的と言えるのでしょうか。こんなにも容易に永住者等が再入国制限措置の対象に入ってしまうことについて、当事者としては単純に驚いていますし、外国籍を保持していることに対して大きな不安を感じています。今回のような措置は、日本にアイデンティティを感じたり、日本と特別なつながりを持つ多くの「外国人」を排除することにつながりかねません。しかし、このような排除は、人や物の移動が活性化しているグローバル社会に逆行しているのではないでしょうか。また、少子高齢化等の社会問題を抱える日本にとって、このような排除は社会全体の発展に対して有益なのか、疑問を抱かざるを得ません。
「永住者の権利」の著者である神戸大名誉教授・芹田健太郎先生は、同書で次のように述べています。

日本の「国際化」(Internationalization)は決して「ヨーロッパ化」や「アメリカ化」を意味するものではない。われわれの時代に大切なことは「世界化」(Globalization)、すなわち、すべてに対して「開かれていること」である。

永住者等の再入国の自由を認めることは、日本がすべてに対して「開かれていること」になる、重要な一歩になるのではないでしょうか。



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