あの子のラブストーリー

悠子はその恋が不倫だと薄々気づいてた。
でも、気づかないふりをすることで自分の気持ちを慰めていたんだろうね。


私は愛されてる。大丈夫。


彼女より5歳年下の彼と出会った時、悠子は「妹と同じ年だよー(笑)」ってよく話してた。
その頃はまだ恋人ではなかったけれど、会話の音のニュアンスから「もうすぐ恋が始まるんだろうな」って私は思いながら聞いてた。

出会いは業界の集まりで、零細企業でうだつの上がらないポジションに鬱々としていた悠子に対し、彼は仲間と起業をし、若いながらも専務という肩書を持っていた。あとお金もあった(笑)。

悠子から彼の詳細を初めて聞いた時から、私は彼が嘘をついていると直感した。
20代にして既に7歳の男の子を持つ親だった彼は、「離婚して子どもの親権は俺が持ってる。普段の育児は自分の親に任せている」なんて嘯いていた。
それを理由に、10年間、彼女は一度も彼の自宅に上がらせてもらったことはない。
土日に会う約束をしてもほとんどは反故になる。理由はいつも子どもだった。

周りが結婚し始める妙齢に悠子がなった時、彼女もさすがに遅々として進まない彼との関係に不安を持っていた。
私達は「本命じゃないと思うよ」と遠回しに言うんだけど、柔和な見た目に反して頑固な彼女は、結局、最後には自分で答えを出してしまう。


大丈夫。私は愛されてる自覚があるから。


「あなたまともに恋愛したことないじゃない。普通の付き合いをしたことないのに、どうしてわかるの?」なんて思っていたけれど言えるわけない。
ただ、「数年後、彼女は泣くだろうな。その時は『ほら言ったとおりじゃん』なんて言わないように気をつけよう」なんて私は思っていた。

だってね、悠子はきっとあの時点で本当のことに気づいていたと思うんだよね。
だけど、本当のことなんて他人にどうのこうの言われたくないじゃん。
「そんなのわかってるよ!わかってたよ!」って思わない?
私なら、こちらの見栄には気づかないふりをして優しくしてほしいって望むから。

最初は本気じゃなかった悠子は彼にすぐに本気になった。
それはとても真摯な気持ちだと感じる。
来ない連絡を何ヶ月も待ち続けたし、連絡があれば夜中でも会いに行ってた。
唐突な誘いが多いから、彼女はとうとう彼の自宅近くのマンションを買ってしまった(笑)。

彼との恋が複雑を極め、彼女の心も混線しまくっていた冬の夜、水天宮にある渋いバーで私は悠子といた。
いつもよりずっとピッチが早い彼女は、22時ぐらいにはもうヘベレケで。
その時にすごく悠子らしい台詞を言ったのよ。


「藤井フミヤのtrueloveってあるじゃん。
あの曲の内容が彼にとってのtrueloveなんだろうね」。


勉強が好きで、司馬遼太郎を愛読している悠子らしい、愛についての考察だなって感じた。
彼女は愛の意味を知りたくて、愛の存在がうやむやなあの恋をどうしたら良いか迷っていた。
迷いながらも彼との間にあると信じたいtrueloveをみつけようともがいてた。

悠子が不毛な恋を10年続けている間に、私を含めた周りはどんどん結婚をし、子どもを持ち、なかには2度目の結婚をする猛者もいた(笑)。
10年ってそれぐらい長い時間だよね。

悠子が青春を捧げた恋は意外とあっけない終幕を迎える。
ある日突然、彼から「他の子と再婚することになった」の一言で散った。
私の予想では、彼は最初から妻がいて、別居していたのは本当だろうけど別れる気なんてさらさらなかったはずだ。
彼にとって、悠子は自分の見た目やお金に寄ってきているだけの長年の都合の良い女だったんだろうね。

悠子は今、彼女にそっくりな男の子と、見た目はともかく優しい旦那と、葉山で立派な一戸建てを建て、幸せに暮らしている。
毎年、家族で必ずハワイに行ってる。
そこは悠子が例の彼とよく行っていた場所だ。

あの頃と変わらない空の青や少し汚れているワイキキビーチを眺めながら、彼女は何を思うんだろうね。
きっと、今の幸福を心から噛み締めてるんじゃないかなって想像する。
私ならそうだから。
不毛な恋なんてね、今やこれからの幸せを得るためのジャンプ台でしかないのよ!

悠子から来た年賀状には、「今年もハワイで年越しをしましたー!」の文字があり、その横には破顔一笑した家族写真がありましたよ。
いつもね、思うんだよ。
「悠子、良かったね。
結構しんどい遠回りしたけど、悠子の望むtrueloveをみつけたんだね」って。

絶対に私達は幸せになるために生まれてきている。
この世に生を授かった以上、幸せになる権利はあるし義務もある。
そして、誰かを幸せにできたら、もうこの世に生まれてきた意味や生きる意味を模索する必要はない。

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