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日本神話と比較神話学 第六回 巨人たちの黄昏 タケミカヅチとフツヌシ、キュクロプスとヘカトンケイル

0 はじめに

 四のオセロトル(ジャガー)の時代 テスカトリポカが太陽(支配)。巨人が住み、ドングリを食べていた。ジャガーに食われ、終末。
 四のエエカトル(風)の時代 ケツァルコアトルが太陽。台風で破壊された。人間は松の実を食べていたが、猿に変えられた。
 四のキアウィトル(雨)の時代 トラロックが太陽。人間は水生植物で生きていたが、火の雨により終末。七面鳥、蝶、犬に変えられた。
 四のアトル(水)の時代 チャルチウトリクェが太陽。大洪水で、魚に変えられた。

アステカ神話「太陽の物語」(『世界神話事典』より。強調は引用者)

 凡そ世界中の神話・伝説に、人類の生まれる以前に世界に繫栄していた巨人の一族が現れる。彼らはあるいは神族として神々に並び、あるいは魔族として神々と対立し、世界の覇権を争ったが、現生人類の時代には衰退し、その体は小さくなったり、山奥に住む人食いの怪物にまで没落しているとされる。
 ギリシア神話に現れる一つ目の巨人キュクロプス族は五十の頭と百の腕の巨人ヘカトンケイル族とともにティターン神族との争いでオリュンポス神族を助け、神々に勝利と三種類の神宝を与えたが、時が過ぎ英雄時代と呼ばれる時代となると、家畜を連れた人食いの怪物同然の存在になり下がった。
 ゲルマン神話に現れるヨトゥンという巨人たちは神々にとっての恐るべき脅威であり、ただ雷の槌を持った戦神トールのみが対抗できる。そして世界の終末の神々との争いでは、悪神ロキと火の巨人スルトに率いられた巨人族は神々と世界を破滅へと追いやる。
 いずれの巨人族も神々とは兄弟・親族関係にあり神々と並び立つ存在であった。新大陸でも北米のエスキモーのセドナ神話、中米のアステカの五つの太陽の神話、南米のインカのチチカカ湖の神話などでも人類よりも古い時代の種族としての巨人の存在を伝えている。


1 日本神話に見る巨人族

 
 日本神話には明示的には巨人族とされる存在は姿を見せない。
 ただ、日本書紀では海の神、海神・綿津見(ワダツミ)は少童(ワダツミ)と表記されている。それについて民俗学者の柳田国男(「桃太郎の誕生」)や人類学者の石田英一郎(「桃太郎の母」)は民話の竜宮童子など比較し、日本の古い信仰では海神が童子(小人族)として表象されていたことを指摘している。ここから、海神と対照的な存在である山の神、山祇・山津見(ヤマツミ)を巨人族であったとみなすことはできないだろうか。
 ギリシア神話に現れるギガースはオリュンポス神族と敵対する巨人族である。彼らはティターン神族の首領・クロノスがアダマスの鎌で天空の神ウラノスの男根を切った時に飛び散った血が大地(女神ガイア)を孕ませたことによって誕生した。これと同様の神話が日本神話にも見られる。
 日本神話では火の神・カグツチが父神イザナギに斬殺されたとき、イザナギの剣から飛んだ血が岩々に飛び散って神々が生まれている。また、斬殺されたカグツチの身体の各部位は八柱(古事記。紀の異伝では五柱など)山神・山津見となった。
 カグツチの斬殺を契機に生まれた神々はそれ自体山であったり、また、岩石(大地)から生じるなど、他の地域の巨人族と類似している。
 日本の民間信仰では山の神は女神とされており、特に巨人族との関わりは見られない。ただ山の神との関連はあいまいだが、「山男」といわれる山に現れる人並外れた巨人、「山姥」といわれる人食いの怪物(民話では山姥の夫が人食いであることが多い)などの伝承は、他の地域の伝承に現れる、衰退した巨人族ともされる怪物と共通する。

2 巨人の二種族

 各地域の神話に現れる巨人族を見るにあたり、まず前項で論じたギリシア神話の巨人族についてまとめよう。

 ギリシア神話に現れる単眼の巨人キュクロプス族の三兄弟と多頭多腕の巨人ヘカトンケイル族の三兄弟はともに大地母神ガイアの子供たちで、オリュンポス神族とティターン神族の世界の覇権をめぐる争いにおいては、オリュンポス神族に味方する。
 キュクロプス三兄弟はオリュンポス神族の首魁ゼウスに雷霆を、海の支配者ポセイドンに三叉の矛を、冥界の神ハーデスに身隠しの兜を、つまり三つの神宝を与えた。またヘカトンケイルの三兄弟は敵対者に大岩を投げつけた。彼らの活躍でオリュンポス神族はティターン神族を地下世界タルタロスに追いやり、世界を支配した。

  一方、インド神話でも、異形の二種族を各々の眷属とする神々が現れる。

 鬼神族ヤクシャの長のクベーラは地下の財宝の守護者であるが、Ekaksipingala(黄色い一つ目があるもの)と呼ばれる。それはかつてクベーラがヒンドゥー教の主神三柱の一柱シヴァ神の左ももに腰かけた妻パールヴァティ女神を妬ましげに見たために片目が盲目になり、さらに平静を取り戻したパールヴァティがその目を黄色にしたからだという。
 また十の頭と二十本の腕を持ち、神々と敵対する魔王ラーヴァナはクベーラの異母兄弟である。クベーラをカイラス山に追いやりランカー島をその眷属の人食い族ラクシャーサの島とした。デーヴァ神族に戦いを挑み、叙事詩「ラーマーヤナ」ではラーマ王子と大戦争を起こした。

 インド神話に見られるこの「一つ目」と「多頭」「多腕」の異形の兄弟(一方はヤクシャ、他方はラクシャーサといった怪物の種族を眷属とする)はギリシア神話の巨人族によく似ている。その共通点の指摘は後に行う。
 続いてアイルランド神話を確認しよう。

 アイルランドに次々と来訪した種族の中の第四の種族ダーナ神族(トゥアハ=デ=ダナーン)は四つの神宝を持ち、島に訪れ、先住していた第三の種族フィルボルグと対立して戦争となった。その戦いの結果、片腕を失ったダーナ神族の王ヌアダの退位、悪神(怪物)の種族フォモイレの王の息子ブレスの即位と悪政、そして追放、さらに鍛冶神によって銀の義手を得たヌアダの復権などが生じた。
 次に悪神の種族フォモイレとの戦争が起きた。その時のダーナ神族の王はルー、フォモイレの総大将はルーの祖父バロールだった。敵を麻痺させる魔力を持ったバロールの隻眼を、ルーが投石で潰したことによって、ダーナ神族はフォモイレに勝利した。

 アイルランド神話もまた対立する神々の集団の間に闘争が生じる。インド・ギリシア神話に現れる「一つ目」の巨人に相当するのは悪神バロールである。(フォモイレは巨人ともされる怪物の種族である)だが、「多頭」「多腕」の巨人に相当する神格は見出せない。しかしギリシア神話ではヘカトンケイル三兄弟が敵対者のティターン神族に対し、あわせて三百本の腕で大岩を投げつけて無数の岩石の下敷きとした。同様に万能の英雄神「長腕のルー」の投石はバロールの隻眼を討ち、神々の争いの勝敗を決した。両者は「投石」の神格として共通する。また「一つ目」のバロールは「投石」のルーの祖父である。
 ギリシア・インド・アイルランドの神話に見られる、この二柱の神格の共通点をまとめよう。

  1. 一方の巨人族は「一つ目」で、「雷光(または魔術)」「財宝(または武器)」に関わる。

  2. もう一方の巨人族は「多頭」「多腕」で、敵対者に「投石」を行う。

  3. 双方の巨人族は近しい親族で、両方または一方が神々と敵対者の争いで大きな役割を果たす。

 この巨人族が神々に味方しながらも、悪神・怪物の種族に近い性質を有するという点も指摘しておこう。

3 日本神話に見る巨人の二種族

  火の神カグツチの殺害を契機に生まれた神々は日本神話における巨人族と見なすことができるだろう。(その体が山々となったカグツチ自身が巨人族といえるかもしれない。巨人族はしばしば悪神に近い。カグツチは母神イザナミの死のきっかけとなり、火鎮の祝詞でも黄泉の国のイザナミよりその性質から地上に災いをもたらすことを懸念され、水の神・土の神など派遣されるなど悪神と見なしうる性格を有している。)

 神々の母イザナミは火の神カグツチを生んだことをきっかけに地上を去った。それに怒った神々の父イザナギはカグツチの首を切り殺した。カグツチを斬った剣の先についた血が岩々に飛び散るとイワサクの神、ネサクの神、イワツツノオの神の三柱が生まれた。次に剣の中ほどについた血が岩々に飛び散るとミカハヤヒの神、ヒハヤヒの神、タケミカヅチの神の三柱が生まれた。さらに剣の握り手から落ちた血からはクラオカミの神、クラミツハの神が生まれた。
 次に殺されたカグツチの身体からは八柱の山の神々(山祇・山津見・ヤマツミ)が生まれた。

「古事記」より

 ギリシア神話のキュクロプス三兄弟はそれぞれブロンテース(雷鳴)、アルゲース(落雷)、ステロペース(電光)という雷の神格を表す名前をしていた。ミカハヤヒ・ヒハヤヒ・タケミカヅチの三兄弟のうち、前二者の名前が含む「ハヤヒ」は「速・火」で閃光を連想させる。タケミカヅチは定説では「雷」の神格であるとされる。「一つ目」という性質はタケミカヅチまたはこの三兄弟には見られない。ただしフツヌシという名の剣を携えることや、神武天皇の東征の際に尾張氏の祖・高倉下を通じて神武天皇にその神剣を授けるなど「武器または神宝」との関わりは強い。また国津神タケミナカタとの闘いでは手を氷の刃に変えるなど魔術を行使している。
 イワサク・ネサクの神々の名義は明らかではない。イワツツノオの神はのちに論じるようにタケミカヅチとともに地上の神々との交渉に携わるフツヌシの祖神である。(フツヌシは古事記では剣の名前だが、日本書紀ではタケミカヅチと並ぶ地上平定の武神として現れる)彼らにギリシア神話のヘカトンケイル三兄弟のような「多頭」「多腕」といった性質は見られないが、その名前や出自は「投石」に関わる、「岩々」と関わりが深い。

 地上の支配権をめぐる国津神(地上の神々)とその王・大国主神との交渉のため派遣された使者は二度までが失敗した。そこで高天原(天上世界)の天津神(天上の神々)は次に武神であるタケミカヅチとフツヌシ(イワツツノオの子孫。イワイヌシともいう)を派遣した。両神は大国主神との地上王権を巡る交渉に成功すると、高天原に従わない荒々しい神々の平定に向かった。地上を治めると二柱は高天原に戻った。

 異説もあるが、おおむね上記のような流れで、タケミカヅチ・フツヌシの二柱は国譲りの交渉および葦原中津国(地上世界)の平定を完了する。
 この二柱の神々の、他の地域の神話で確認できる神々に味方する巨人族としての性格をまとめると下記のようになる。

  1. タケミカヅチは「一つ目」ではないが、「雷光(または魔術)」「財宝(または武器)」に関わる。

  2. フツヌシは「多頭」「多腕」ではなく、「投石」の神話もないが、「岩々」(多くの岩)と関わる出自と名前がある 。

  3. 双方の武神は近しい親族で、天津神と国津神の争いで大きな功績を果たす。

 また、この武神たちは異形でこそないが悪神ともとれるカグツチの殺害を契機として生まれている、悪神と近しい存在である。
 以上で日本神話の武神たちと神々を助ける巨人族たちの比較神話学的な議論を終える。

4 おわりに

 カグツチ(悪神)の身体から生まれた神々は火山の神格化であるともいわれる。そしてギリシア神話に現れる神々と敵対する巨人族ギガースは地下に封じられた後、地震の原因となったともいわれる。つまり火山神的な性格を有する。タケミカヅチとフツヌシが平定した「荒ぶる神々」とはこの類の悪神の種族であったかもしれない。
 ゲルマン神話では巨人たちは神々の世界の終わりである「神々の黄昏」をもたらす。あるいはこの悪なる種族を滅ぼす巨人たちは「巨人たちの黄昏」をもたらすものであるといえる。


参考文献

工事中

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