「iF DESIGN AWARD」最優秀受賞の社会起業家が見た、無意識に社会課題に加担する商業デザインを産む潮流とは?
2022年10月29日、東京ミッドタウンで開催されていた「DESIGN TOUCH 2022」の中の企画、「DESIGN TOUCH Conference」にて数々の著名なデザイナーの方々の中で、なんと、デザイナーではない私が登壇する機会をいただきました。
そしてその登壇時のタイトルが、このnoteのタイトルになります。(厳かすぎ〜!
そして当日は無料イベントだったので、このnoteに登壇内容の概要を公開します。
受賞確率1%未満のデザインアワードでGOLD受賞
タイトルにあるように、私(私たち)は世界三大デザインアワードと称される「iF DESIGN AWARD」に、グローバル企業が受賞することが多い中、 初応募、さらにソーシャルセクター/スタートアップが GOLIDを受賞するということは至極稀である中、GOLDを受賞しました。
1万以上のエントリーの中から、受賞確率1%未満であるこのグローバルアワードでGOLDを受賞するということはとても大変なことだということを当時はあまり実感をしていなかったのですが、ドイツ・ベルリンで開催された授賞式に参加する中で、GoogleやApple, サムスンなどのデザイナーたちと同じ賞を受賞できているのだと気づいた時に、ようやく緊張し始めることができたのを覚えています😇
受賞したデザインプロダクトはこちら👇
SOLITは「人のためだけでなく、人とともにデザインする」というマントラを体現している
iF DESIGN AWARDの審査員からの評価では、SOLITは「人のためだけでなく、人とともにデザインする」というマントラを体現しているというコメントがありました。
これはまさしく私たちが「デザイン」をどのように捉え、「デザイン」がこれから多くの社会課題を解決するツールになるのだと信じてやまない、私たちの真髄となるものを評価していただいたのだと感じています。
ここまではなすと、すでにデザインを学ばれている方なら「プルリバースデザイン」「インクルーシブデザイン」「ヒューマンセンタードデザイン」「リジェネレーション」など多くの言葉が脳裏をよぎるとおもいます。
全てを包括せずとも、たしかにこれらを、わたしたちは実践を通して最善の選択を積み重ねた時に結果としてこのような形になっていたのだと思いました。
みなさんがこれまで発信してきたもの、つくったものは誰も傷つけていないですか?
今や世界が繋がり、繋がったからこそ、多くの人と出会い、多くのことを知ることができ、直接手を下さずとも、時間をかけ、国境を超えて、人の苦しみや悲しみを生むことができるようになりました。もちろん、直接手に触れなくとも、時間をかけ、国境を超えて、人を幸せに、人を豊かにできるようにもなっています。
私は、多発し続ける多くの課題を見て見ぬ振りをするデザイナーではなく、デザインを大好きでいつづけたいからこそ、デザインを「罪を犯す武器」にするのではなく、「人を豊かにする解決ツール」に変えたいです。
では、いきなりですが、みなさんがこれまでSNSに投稿した言葉、誰かに伝えたこと、デザインを通しアウトプットしたもの...それらはほんとうに、誰も傷つけてないですか?
納品したデザインは、もうデザイナーの責任はないの?
ブロックチェーン、3Dプリンティング、アート、グラフィックなどデザインそのものが悪いのではなく、それを扱う人間次第で問題にも解決策にもなり得るのが「デザイン」そのもの。
例えば、「より簡単に、素早く打つことのできる拳銃」「より安価に楽に飲み物を保持できるペットボトル」はどうでしょうか?
全てのものが誰かの手によってデザインされてきました。さて、デザイナーの手を離れた時、はたしてその生み出したデザインはデザイナーに責任はないのでしょうか?
アウトプットまでの意思決定フローそのものから変える
いろんな物事の進め方はあると思いますが、とーってもざっくり書くと、依頼主と制作会社(デザインをする人)という縦軸に対して、左から右にむけて時間が経過していく図が上記です。
依頼内容をヒアリングし、納品をして効果測定し、完全納品をして契約の終了という一連の意思決定フローの中にあるオレンジ色に塗られた枠の部分は、最終的なアウトプットにたどり着くまでの「ストッパー」となり得るはずの部分です。
依頼内容の時点で依頼主が、それをヒアリングする時点で制作会社がもっとその内容が人や地球環境に影響がないかチェックしたり、はたまた何度も途中段階で制作に携わる人や依頼主の担当者が気付く瞬間が複数回あったはず。そして、効果測定の段階でも本来あるべき成果に対して短期的な利益やメリットばかりで評価してしまうなど、それぞれのステップで抜け落ちてしまった意思決定/チェックがあります。
それらが起きてしまうのは3つの課題が潜んでいるからなのだと思います。
無意識・社会課題をそもそも知らない
チームとしてのチェック体制がない
自分の責任範囲とKPIだけを捉えている
この至極あたりまえのことですが、これができていないことが多いのではないでしょうか。
最近では椎名林檎のグッズがヘルプマークに酷似したなど
当日の登壇では、違和感の残る悲しいデザインの事例と、社会課題を解決しようとするデザインの事例を約10点紹介しました。その中の一つ、登壇した10月上旬におきた実際の事例です。
椎名林檎のグッズが「ヘルプマーク」に酷似しているということに対して、ヘルプマークの意味合いを軽視されてしまうということや、そもそも赤十字マークの使用については赤十字社と法律等に基づいて認められている組織に限られているということを関わる人が誰も知らなかったのだろうか..という違和感が生まれます。
ロゴの縦横比率を変えちゃいけないことは学ぶのに、こういう基本的知識はまなばないのでしょうか...?
悲劇的なデザインをうまないために、私の提案したいこと
デザイナーまたはデザインに携わる人が、社会課題に加担してしまうのではなく、社会課題解決を加速させる存在であるために、わたしはこの4つを提案します。
それぞれの意思決定フローの中で、大きくわけて3つの課題が存在する。そしてそれらを解決するためにできることの中で、私が提案する4つが上記です。
意思決定フローの前に、デザイン産業の構造そのものも変えなくては
ここまで、個々人のデザイナーや、デザインに携わる人ができることを中心に唱えてきたものの、残念ながらそれ以前の問題も山積みなのです..。
以下は、 Design Council が出したレポートに添えられた図です。デザインが生み出される意思決定フローに至る以前に、業界全体の構造にも課題があるのではないかと考えずにはいられません。
デザイナーの77%が男性、役職のある人の88%が白人という偏り。どんなに理解をしようとする「白人/男性」でもやはり本質的な理解はできないとすると、業界を牽引する「評価」も「アウトプット」も依然偏り続けてしまうのでは?そしてこういう時に毎回出る「それは女性や少数民族出身者の実力がないだけでしょ?」という構造への理解不足...。
この構造への理解不足については、少し別のテーマですが、こちらのnoteをご覧ください。
最後に
Design for ではなく、Design withへ 。
そしてこれまでの文脈をいかにして超えていくのか。
何度も使いたくなるパッケージってどんなのだろう?人の命を救うデザインって実現するのかな?3世代先にも繋げたくなるコミュニケーションデザインは?誰かの希望になる広告やPRってどんなのだろう?環る(めぐる)デザインってなんだろう?
もっともっとデザインやデザイナーは、倫理観と正義感をもち、多くの人の命を救い、希望を実現とすることができるはず。
何か一緒に研究をしたり、チャレンジしたい方がいたら、ぜひお声がけください!